植物使い2

水無月

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大雨の日の自炊

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 黒ランクに昇格して数日。
 時間、朝。天候、信じられないほどの大雨。

「自炊したい」

 街水没しないかなと不安になりながら窓から空を眺めていると、伸びてきた前髪を鬱陶しそうに指で流している美少年がぼやく。

「偉いじゃないか。自炊したいなんて。俺は食べなくて死なないのなら厨房に立ちたくないぞ。家を買う時に台所と言うスペースが無い家をくださいと言いたい」
「……私はお前の手料理好きだよ」

 晶利が自分のことを話してくれる頻度が増えた。少しずつだが晶利のことを知れるのは嬉しいし、知れば知るほどこいつ駄目人間だなと思えてくる。
 木の椅子を引っ張ってきて詩蓮と対面する形で腰掛ける。

「どうした? この宿の飯は口に合わないか?」

 宿の一室を荒らしたせいで宿を変えた(追い出された)。
 不便だがギルドから離れた「杏珠(あんじゅ)宿」の一室を借りている。宿主のおやじさんが娘好きすぎて娘の名前を宿名にしたら怒った娘さんと大喧嘩した挙句娘さん出て行っちゃった曰く付きの宿だ。三日に一回はこの話をしてくる。

「いや。飯はうまいが……。自炊したい。注文すれば飯が出てくる状況って、良くないと思うんだ私はな? 定食屋に喧嘩売っているわけではないぞ?」
「ふむ? 金さえ払えば飯が出てくる環境最高だと思うんだが」

 そんなところも愛しているぞ。

「堕落するんだ。人って。楽を覚えると。私はそれが嫌だ。自分のことは自分でしたい。そうじゃないと鏡見て素直に「うわ私かっこいい」って思えないからな」
「お、おお」

 この十五歳。かっこいいな。俺より人間が出来ている。本当に十五歳か? 俺が十五のときどんなガキだったっけな……。覚えてないな。ピ―――年前のことなんて。

「かっこいいな。詩蓮のそういう姿勢? 考え方と言うのか……」
「ん? 惚れた?」
「…………」
「黙るな。とにかく今日は自炊しようと考えていたわけだ。市場に行って材料を、な」

 どぅああああぁぁぁ。
 雨の音じゃない。滝?

「くそっ。計画がおじゃんだ。今すぐ部屋に土を撒いて野菜育てたい」
「やめてくれ。また追い出される」

 どういうストレスの発散法だ。植物使いあるあるなのか? 室内で杖を振り回さないでくれよ。

「では、宿の厨房借りてきて食材も借りて、飯作ってきたらどうだ? 俺は絶対に嫌だけど」
「……それ、いいな」

 ぽんと手を打つ。なんてことない仕草なのにかわいく思える。外見が良いというのは厄介だな。可愛い行動をとるな。

「善は急げだ! さっそく厨房を借りてこよう。断られたらこの宿ツリーハウスにしてやる」
「強盗はやめろ」

 杖は部屋に置いておくように説得した。不安なのでついていく。
 階段を下り、一階へ。一階が酒場になっている宿なので、雨で同じくギルドに行けない冒険者数名が酒を飲んでいる。朝から元気なことだ。
 一人だけ酒を飲まず、武器の手入れをしている女性が手を振ってくる。

「あら。おはよう。すっごい雨ね」
「おはようございます。眠冷(みんれい)さん。雨音で目が覚めましたよ」
「ははっ。私もさ」

 同席したかったが同席すると奇数になるので(晶利が一切喋らなくなるので)隣のテーブルに着く。座ってから目的を思い出し、すぐに立って厨房へ行く。

「?」

 短剣を仕舞いながら眠冷が不思議そうな顔で見送る。
 宿の厨房。

「おはようございます。おじさん」
「おおう。詩蓮君か。おはよう」

 客の朝食の準備で忙しそうだ。分身でもしているのかと思うほどの手際。朝なのでそりゃそうか。おじさん一人だもんな。

「どうしたのかね? ご飯ならもう少しかかるが……?」
「ああ、いえ。忙しそうなので出直します」
「? おう」

 テーブルに戻ると、眠冷が晶利に話しかけている。ただ晶利は銅像と化して目も合わせないでいるので、お姉さん一人がずっと喋っている。それでも気にしないあたり、会話したいんじゃなくて話したいだけかもしれない。

「相槌くらい打てよ」
「いいんだよ。私が勝手に話してるだけさ」

 あまりに話さないので宿ではすごく無口な人と思われている。ギルドでは具合の悪い人と思われている。冷静に面白いなこいつ。

「詩蓮。忘れ物か?」
「あなたってさ、詩蓮には話しかけるよね」
「……」

 返事をする機能が壊れたように黙り込む男の隣に座る。

「厨房が戦場だった。忙しい時間帯が過ぎてからにしよう」
「それまで飯食べないつもりか?」
「人間、三日くらい食べなくても死なないぞ。お前は私が飯を食べていないと不安になるのか?」
「ああ」

 即答をやめろ。村長の奥さんを思い出すな。遊びに行くたびにお誕生日会のような飯をご馳走してくれた。栄養過多だった。おかげで金髪が誰よりも美しかったじゃないか困るな美しいって罪だな。

「じゃあ、俺もお前に合わせる」
「食べてていいぞ?」
「子どもの前で食えるか」

 はあとため息をつく。食べないのなら部屋に戻りたい。
 そんな思いに気づくことなく、売店で買った安物の手鏡を眺めている。いや、鏡に映った自分を眺めている。金が入り衣服が揃えられるようになってくるとますます輝きを帯びる少年。身支度をいつも楽しそうにしているので言いづらいが、そんなことをしているとまた変態が湧くぞ。お前は泥被っているくらいがちょうどいいと思う。言い過ぎか、野宿していたあの頃くらいがいいかな。

「なあ、晶利。完璧とは私のためにあるくらい、今日も私は完璧に美しいわけだが」
「ウ、ウン」
「お前は、髪は長い方が好みか?」

 そういう質問も人前でしないでほしい。眠冷が動きを止めてこちらを見てくる。

「俺は、見た目は気にしない主義だ」

 見た目を愛してもどうせ皆、老いていく。
 詩蓮は半眼になる。

「それは見た目を整える努力をしている私に失礼ではないか?」
「お前を否定したんじゃない。お前の外見に文句はない」

 嘘。ある。フード被って顔を隠してくれ。
 晶利は頬杖をつく。眠冷が聞き耳を立てているので、隣にのみ聞こえる声量で話す。

「長く生きていると、見た目とか本当にどうでも良くなる。俺だけかもしれんが。それに美人を見たくなったら黒槌の家に行けばいいだけだしな」
「私の方が美しいだろうが!」
「脊髄反射で張り合うな」

 よく通る少年の声に数名の冒険者までこちらをちらちら見てくる。ああもう。

「私はこの外見のせいで色々あったが、黒槌様も苦労なされていたのか? あのお方、どの角度から見ても女性だし」
「本人に言うなよ絶対。成人した途端顎砕かれるぞ」
「……」

 きゅっと口を閉じる。

「黒槌もまあ、そこそこ苦労していたな。強さが正義な時代だったから。強いのに見た目で損をしていたな」
「ちょっと聞いて良いか?」
「ん?」
「ツッキーさんと黒槌様。どちらが強そうだった?」

 頑なに彼(水木月)の名前を呼ばないのは、あだ名しか覚えていないのか?

「さあ……? 俺は「青月」とやらの戦っている姿を、見たことがないからな」
「ふうん?」

 つまらなさそうに口を曲げる。
 そうしていると良い香りが漂ってくる。

「はい。お待ちかねの朝食だよ! いっぱい食べてね!」
「よっしゃあ!」「待ってたぜ」「おい。押すなよ」

 男たちが群がる。酒場なのにここはいつも、朝はバイキング形式なのだ。

「おじさん! 厨房貸して!」
「おう? いいけど」

 走ってきた少年にあっさり貸している。美形って得だな……。晶利もついでにお邪魔する。
 入った厨房は洗い物が山積みだった。詩蓮がさっそく洗っている。

「お、おいおい。お客さんがそんなことしなくていいって」
「お金払うので食材使ってもいいですか?」
「え? おじさんのご飯、口に合わない?」

 しょぼんとするおじさん。詩蓮は倉庫を漁っている。

「いえ。一人で作れるようになりたいんです」
「へえ。感心だね。あ、よかったら教えようか?」

 おじさんの背中を押して追い出す(※おじさんの厨房)。

「いや、教えてもらえばいいじゃないか」
「黙れ。飯くらい作れるわ。馬鹿にすんな」
「ええー……」

 たまにこいつが分からん。
 洗い物の山を片付け(晶利も手伝う)、詩蓮はフライパンや調味料を持ってくる。勝手に場所を変えたらおじさん困るぞ。
 いいものないかと棚の中も探す。

「おっ。金星唐辛子があるな。良いじゃないか、ピリ辛卵豆腐でも作るか。作るか! そんなもん」

 バンッと棚を閉める。

「二重人格?」

 ピリ辛卵豆腐好きなのに。
 作るのかと期待したのに。木箱の中を掘り返している。

「パンケーキの材料が無いな? 世紀末か?」
「酒場だぞここ……」

 兼宿屋。
 水を火にかけ卵を二つ放り込んでおく。その間に薄切り肉を炒め、甘辛たれで味付け。ご飯の上に盛り、ごまをふって頂点に半熟卵を落とせば完成だ。手際が良いな。家を買って二人暮らしを始めたら飯当番交代するか。

「俺の分も作ってくれたのか?」
「当然だろ? あ、ネギ入れるの忘れた」

 素早くネギを刻み、卵が隠れるほど乗せる。いい香りだ。

「さあ、食べに行こう」

 盆に乗せ、お腹が空いているのかテーブルに走って行く。元気だな、転ぶなよ。
 晶利は箸を二人分拝借すると席に着いた。

「いただきます!」
「いただきます……」

 肉を食えと言ったせいか、朝から肉か。若いってすごいな。がふがふと気持ち良く食べている。

「どうだ? 晶利。私の完璧肉丼は」

 そんな名前だったのか。

「うん。うまいよ」

 食い切れるかな。

「惚れた?」
「……」

 自炊できて満足なのか、怒ってこなかった。
 米一粒残さず空になった丼。

「ごちそうさま!」
「……食いすぎた。苦しい」

 ちょっと足りないなと思っている食べ盛りと死を感じている御老公。食器を盆に乗せると、また厨房へ向かう。

「ごちそうさまでした」
「詩蓮君。洗い物してくれたんだね。ありがとう」
「いえ。こちらこそ」

 少年に良い笑顔を向けるおじさん。

「なにかデザートでも作ってあげようか?」
「相方が腹いっぱいなので私の分だけ作ってください。果物多めにしてくださいね!」

 断らない少年。

「うんうん。構わないよ」

 父親のような目をするおじさんが旬の果物を選ぶ。
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