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第十五話・大兄貴とライム
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アジトに戻ると、蛇乳族の三つ編みの方――ライムが駆け寄ってくる。
「大兄貴!」
「やっほー。ライムちゃん。お出迎えしてくれるなんていい子だねー」
黒髪をなでなでしてあげる。
しかしライムは喜ぶでもなく着物を掴む。
「あの……。兄貴を許してあげてください。私を助けようとしただけなんです……」
ヴァンリの笑顔に青筋が浮かぶ。
「いやいや。大兄貴の背中刺しといて、お咎めなしなわけないよね? 痛かったんだよ、アレ」
「うう……」
やっぱり駄目か、みたいな顔でうつむく。
ヴァンリは髪が乱れるのも構わず頭部を掻く。
「ったく~。君はいつも兄貴一筋だよね。普通、刺されたヒトに『許せ』なんて言わないよ?」
「大兄貴死なないし、大したことないんだと思いまして……」
育て方間違えたかな? とヴァンリは仕舞ってある徳利(とっくり)を引っ張り出す。
「非風」のアジトは首都で一番大きな酒屋。それと同じ敷地内にある。これが「非風」の表の顔だ。
外や客からは見えない庭。その庭を一望できる縁側に腰を下ろし、酒を呷る。お猪口に注ぐなんてことはしない。
ヴァンリの周りをうろちょろするライム。のんびり酒なんて飲んでないで兄貴のところに行ってと、顔に書いてある。自信なさげな雰囲気のせいで幼く見られがちだが、そこそこいい年なのに。まだこんな子どもみたいなことをする。
ヴァンリはきっぱりと告げる。
「駄目です。あと数時間は浸けておくの。放置プレイってやつ?」
ライムはすぐ隣に膝をついてくる。
「そ、そこをなんとか……」
「ふーん。まあ、そこまで言うなら。俺も鬼じゃない。ライムが俺のお願いを聞いてくれるなら、いいかな?」
「!」
ぱあっと、表情が明るくなる。
「は、はい! 潜入でも暗殺でも。私にお任せくださ……」
言葉の途中で、ヴァンリは徳利を突きつける。
たぷんと、中の液体が揺れる。
「これを飲んだら許してあげよう」
「へ?」
ヴァンリが飲む酒は辛いものばかりだが、ライムが飲めないほどではない。なんだ酒を一緒に飲むヒトが欲しかっただけかと、安堵した表情を絶望で塗りつぶす。
「お尻から直接飲んで」
「………………」
こんなに表情が抜け落ちたライムは初めて見たかもしれない。
凍りついたライムを肴に飲んでいると、先ほどの牢番二人がやってきた。手には箒とチリトリを持っている。
「ヴァンリ様」
「店前の掃除、終わりました」
いい笑顔で二人揃って敬礼をしてくる。ヴァンリもふざけた敬礼を返してやる。
「はい。ご苦労さま」
牢番の一人が停止している蛇に気づく。
「どうした? ライム」
「………………」
悪戯っぽい笑みで答えたのはヴァンリだった。
「一緒に飲もうと思ってね。君たちもどう? ……あ、ケツからね?」
最後の言葉を聞くなり牢番ズは走り去った。迷いのない転身だった。尻に飲み物を流し込んでいる光景、すげー好きなんだけど。同じ趣味のヒトがいないって、寂しいね。
おもちゃが減ったので彫像に顔を近づける。
「う~ん? ライムちゃん。沈黙しちゃってどうしたの? 君の、兄貴への想いはそんなものかね?」
うりうりと胸板を肘でつつく。
ライムはわなわなと震え出し、さっと立ち上がると覚悟を決めたように拳を握った。
「あ……ああ、兄貴はあと数時間くらい楽勝だと思います!」
ぐるぐる渦を巻いた目でそう言うと走り去った。見事な見捨てっぷりについ固まってしまった。引き止める間もなかった。
「……ライムちゃんのそういうとこ好きだわ~」
やはり自分の育て方は間違ってなかったと、ヴァンリはひとり満足げに頷く。
アジトに戻ると、蛇乳族の三つ編みの方――ライムが駆け寄ってくる。
「大兄貴!」
「やっほー。ライムちゃん。お出迎えしてくれるなんていい子だねー」
黒髪をなでなでしてあげる。
しかしライムは喜ぶでもなく着物を掴む。
「あの……。兄貴を許してあげてください。私を助けようとしただけなんです……」
ヴァンリの笑顔に青筋が浮かぶ。
「いやいや。大兄貴の背中刺しといて、お咎めなしなわけないよね? 痛かったんだよ、アレ」
「うう……」
やっぱり駄目か、みたいな顔でうつむく。
ヴァンリは髪が乱れるのも構わず頭部を掻く。
「ったく~。君はいつも兄貴一筋だよね。普通、刺されたヒトに『許せ』なんて言わないよ?」
「大兄貴死なないし、大したことないんだと思いまして……」
育て方間違えたかな? とヴァンリは仕舞ってある徳利(とっくり)を引っ張り出す。
「非風」のアジトは首都で一番大きな酒屋。それと同じ敷地内にある。これが「非風」の表の顔だ。
外や客からは見えない庭。その庭を一望できる縁側に腰を下ろし、酒を呷る。お猪口に注ぐなんてことはしない。
ヴァンリの周りをうろちょろするライム。のんびり酒なんて飲んでないで兄貴のところに行ってと、顔に書いてある。自信なさげな雰囲気のせいで幼く見られがちだが、そこそこいい年なのに。まだこんな子どもみたいなことをする。
ヴァンリはきっぱりと告げる。
「駄目です。あと数時間は浸けておくの。放置プレイってやつ?」
ライムはすぐ隣に膝をついてくる。
「そ、そこをなんとか……」
「ふーん。まあ、そこまで言うなら。俺も鬼じゃない。ライムが俺のお願いを聞いてくれるなら、いいかな?」
「!」
ぱあっと、表情が明るくなる。
「は、はい! 潜入でも暗殺でも。私にお任せくださ……」
言葉の途中で、ヴァンリは徳利を突きつける。
たぷんと、中の液体が揺れる。
「これを飲んだら許してあげよう」
「へ?」
ヴァンリが飲む酒は辛いものばかりだが、ライムが飲めないほどではない。なんだ酒を一緒に飲むヒトが欲しかっただけかと、安堵した表情を絶望で塗りつぶす。
「お尻から直接飲んで」
「………………」
こんなに表情が抜け落ちたライムは初めて見たかもしれない。
凍りついたライムを肴に飲んでいると、先ほどの牢番二人がやってきた。手には箒とチリトリを持っている。
「ヴァンリ様」
「店前の掃除、終わりました」
いい笑顔で二人揃って敬礼をしてくる。ヴァンリもふざけた敬礼を返してやる。
「はい。ご苦労さま」
牢番の一人が停止している蛇に気づく。
「どうした? ライム」
「………………」
悪戯っぽい笑みで答えたのはヴァンリだった。
「一緒に飲もうと思ってね。君たちもどう? ……あ、ケツからね?」
最後の言葉を聞くなり牢番ズは走り去った。迷いのない転身だった。尻に飲み物を流し込んでいる光景、すげー好きなんだけど。同じ趣味のヒトがいないって、寂しいね。
おもちゃが減ったので彫像に顔を近づける。
「う~ん? ライムちゃん。沈黙しちゃってどうしたの? 君の、兄貴への想いはそんなものかね?」
うりうりと胸板を肘でつつく。
ライムはわなわなと震え出し、さっと立ち上がると覚悟を決めたように拳を握った。
「あ……ああ、兄貴はあと数時間くらい楽勝だと思います!」
ぐるぐる渦を巻いた目でそう言うと走り去った。見事な見捨てっぷりについ固まってしまった。引き止める間もなかった。
「……ライムちゃんのそういうとこ好きだわ~」
やはり自分の育て方は間違ってなかったと、ヴァンリはひとり満足げに頷く。
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