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第五話・ニケは怖がっている
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キミカゲはにこっと笑う。
「子ども扱いじゃなくて、甥っ子扱いしているんだよ?」
「……はあ。もうよい」
全てを諦めたようなため息をつき、その手をペイッ! と払いのける。
「というか、オキンが護衛についてくれないの? それならなにも心配はないのに」
本当に心配無くなって良いのに。
魔獣どころか、魔物でさえくしゃみで吹き飛んでいくだろう。
そんなのんきな伯父の提案に、オキンは仕方なさそうにニケに目を向けてやる。
「ワシが側にいては、落ち着かんようだが?」
「え?」
言われて振り向くと、ニケは白衣の中に潜り込んで丸くなっていた。白衣の上からでもわずかに震えているのを見て、キミカゲは眉を八の字にする。
「そっか……ちょっと怖いよね」
オキンは街のヒトが怖がらないよう、また溶け込めるように力を削りに削ってはいるが、他の種族からすればそれでも圧倒的な力を持っていることに変わりない。同じ空間にいると、ライオンのいる檻に閉じ込められたような息苦しさを覚える者も出てくる。「ちょっと怖い」どころではなく、気が弱い者なら狂ってもおかしくない。
オキン自身、なるべく邸宅内に閉じこもり威圧しないよう気を遣っているとはいえ、種族の差という壁はどうしようもない。なので、他のヒトと長時間一緒にいないようにしている。
そのための配慮(子分)だったのだが、キミカゲはすっかり忘れていたようだ。
優しくニケの背中を撫でる。
「ごめんごめん。こんなむさ苦しさの化身のような筋肉達磨と一緒に居ろだなんて。暑苦しいし嫌だし怖いよね? 私としたことが。小さな子の気持ちになって考えてあげられなかったとは。なんたる不覚」
「伯父貴? そろそろ怒るぞ?」
比較的温厚というだけで、本来なら近づくだけで勇者扱いされるような凶悪な生物なのだ。ここまで好き放題言われてこの辺が更地になっていないのは、彼が「母の身内」だからに他ならない。
オキンは白衣の首根っこを掴むと、キミカゲを膝の上に引きずり寄せた。細い身体は、すっぽりと腕の中に収まってしまう。
両腕で閉じ込めるように抱きしめ、無慈悲な銀の瞳で見下ろす。子分共あたりなら生きた心地しないだろうに、おじいちゃんは嬉しそうにもたれてくる。
「まだこんな風にくっついてきてくれるなんて……。甘えん坊だねぇ~。おじいちゃん、嬉しいよぉ~」
なんか涙がこぼれそうになったが、上を向いて堪える。
キミカゲという壁がなくなったニケは、おろおろした後、地震時のように座布団を頭に乗せた。
青筋を浮かべつつ、キミカゲの形の良い顎を撫でる。
「うん。でな? 話を戻すぞ?」
「なんで怒っているの?」
「ご自身の胸に手を当ててどうぞ」
声が二段階ぐらい低くなった竜に対し、キミカゲは不思議そうに首を傾げるだけだった。
オキンは「もうええわ」と言わんばかしに無視し、入り口に向かって吠える。
「おい! 貴様ら。いいぞ。入ってくるがいい」
つられてニケまで入り口に目を向けると、涙目の男性二名が飛び込んできた。
「やっと呼んでくれたっすねぇ!」
「忘れられているのかと思いましたよー」
ニケはビクッと座布団から顔を出す。
見た目はどちらも二十代後半くらいで、フリーより年上に見えた。おそろいの黒い羽織を身につけており、オキンに一礼する。
竜はため息をつく。
「さっき言った子分共だ。背の高い方がホクトで黒髪の方がミナミ。本当はリラという娘をつけるはずだったが、伯父貴の名前を聞くなり泡を吹いて倒れたから、急遽ミナミを呼ぶ羽目になった」
リラに何をしたんだと腕の中のキミカゲを睨むが、ジジイはそっぽを向いた。
「で、お前たち。その手に持っているのはなんだ?」
子分ふたりの手元に目をやれば、零れ落ちそうなほどのお菓子を抱えている。出発時は手ぶらだったので、天から降ってきたのだろうか。
「え、ええと。その」
なんと言おうか目を泳がせる長身の男。それを尻目に答えたのは黒髪の方だった。
「待機していたらお婆様方がくれたんですよ」
へらへらといかにも軽薄そうな口調、と笑み。長身の男がそれを咎めるように睨んだが、黒髪は隣を見もしない。
自分もよくお菓子をいただくので予想できていたニケは、なんとも言えない顔をする。
室内をぐるりと見回し、長身の方の子分A――ホクトがそろそろと片手を挙げる。
「ところで、ボスの言っていた、ボスの伯父という方はどこっすか?」
黒髪の子分B――浮き立った様子のミナミも頷く。
「挨拶しておきたいんですけど。留守ですかねー?」
きょろきょろとくすりばこ内を見回すふたりに、オキンは「まあ、こいつら入ったばかりだし、ぱっと見ではわからんよな」と目線を下げる。
「ここにおられるだろう?」
キミカゲの両肩に手を乗せる。「孫がお友達連れてきた」と言うようにおじいちゃんは微笑むと、小さく手を振る。
ホクトとミナミは互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
「え? そちらのお嬢様……は?」
口をぽかんと開けるホクトの横で、ミナミは口元をにやけさせる。
「ははーん。ボスの新しい女ですね? モテますねぇーボスったら。でもいつも派手目な女性ばかり侍らせているのに。清楚系がお好きだったんですかー? 好み、変わりました?」
オキンは吐き気を堪えるような顔になった。
「気色の悪いことを言うな。こちらはキミカゲ殿。ワシの母の兄にあたるお方だ」
そう教えてやると、子分ふたりは悲鳴を上げて激しく後退った。
「ヒィッ! 竜界屈指のマザコ……いやいやいや! 母親想いのボスの母御の」
「あ、あに、兄上様でいらっしゃりゅ……る?」
なんか失礼なことを言いかけた長身と、噛みまくっている黒髪を同時に睨みつける。
「その通りだ」
大仰に頷いてみせると、ふたりはさっきのオキンのようにたたきで跪いた。
「失礼いたしましたっす」
「ボスと同等の敬意を払いまーす」
騎士のように膝をつく二人を見て、キミカゲはオキンの膝から下りると、背筋を伸ばす。
「はじめまして。キミカゲです。いやあ。よくきてくれたね。ホクト君とミナミ……君? ちょっとこの子を見てくれるかな?」
そろって顔を上げるふたり。キミカゲはニケに手招きした。
ニケは座布団を抱いたまま、おずおずと翁の隣に移動する。
「この子はニケ君。私の友人のお孫さん。で、ちょっと面倒なヒトに目をつけられていてね。この子の護衛を頼みたいんだ」
「は、はじめま、まして。に、ニケ……です!」
冷や汗をかき、ガッチガチになっているニケ。別に自己紹介に緊張しているのではなく、威圧発生器(竜)から発せられる恐怖に、腰が抜けかけているのだ。キミカゲや目の前の青年たちがどうして平然としていられるのかが、まったく理解できない。手に抱いた座布団がぎゅううと締め付けられていく。
「おっと……」
キミカゲは竜を蹴りだそうかと考えたが、実行する前にオキンの方が部屋の隅へ移動し、極限まで気配を殺してくれた。
軋んでいた空気が緩み、ほっと胸に溜まった酸素を吐き出す。
そんな幼子に、ホクトとミナミは安心させるように気のいい兄ちゃん面で笑ってみせる。
「子ども扱いじゃなくて、甥っ子扱いしているんだよ?」
「……はあ。もうよい」
全てを諦めたようなため息をつき、その手をペイッ! と払いのける。
「というか、オキンが護衛についてくれないの? それならなにも心配はないのに」
本当に心配無くなって良いのに。
魔獣どころか、魔物でさえくしゃみで吹き飛んでいくだろう。
そんなのんきな伯父の提案に、オキンは仕方なさそうにニケに目を向けてやる。
「ワシが側にいては、落ち着かんようだが?」
「え?」
言われて振り向くと、ニケは白衣の中に潜り込んで丸くなっていた。白衣の上からでもわずかに震えているのを見て、キミカゲは眉を八の字にする。
「そっか……ちょっと怖いよね」
オキンは街のヒトが怖がらないよう、また溶け込めるように力を削りに削ってはいるが、他の種族からすればそれでも圧倒的な力を持っていることに変わりない。同じ空間にいると、ライオンのいる檻に閉じ込められたような息苦しさを覚える者も出てくる。「ちょっと怖い」どころではなく、気が弱い者なら狂ってもおかしくない。
オキン自身、なるべく邸宅内に閉じこもり威圧しないよう気を遣っているとはいえ、種族の差という壁はどうしようもない。なので、他のヒトと長時間一緒にいないようにしている。
そのための配慮(子分)だったのだが、キミカゲはすっかり忘れていたようだ。
優しくニケの背中を撫でる。
「ごめんごめん。こんなむさ苦しさの化身のような筋肉達磨と一緒に居ろだなんて。暑苦しいし嫌だし怖いよね? 私としたことが。小さな子の気持ちになって考えてあげられなかったとは。なんたる不覚」
「伯父貴? そろそろ怒るぞ?」
比較的温厚というだけで、本来なら近づくだけで勇者扱いされるような凶悪な生物なのだ。ここまで好き放題言われてこの辺が更地になっていないのは、彼が「母の身内」だからに他ならない。
オキンは白衣の首根っこを掴むと、キミカゲを膝の上に引きずり寄せた。細い身体は、すっぽりと腕の中に収まってしまう。
両腕で閉じ込めるように抱きしめ、無慈悲な銀の瞳で見下ろす。子分共あたりなら生きた心地しないだろうに、おじいちゃんは嬉しそうにもたれてくる。
「まだこんな風にくっついてきてくれるなんて……。甘えん坊だねぇ~。おじいちゃん、嬉しいよぉ~」
なんか涙がこぼれそうになったが、上を向いて堪える。
キミカゲという壁がなくなったニケは、おろおろした後、地震時のように座布団を頭に乗せた。
青筋を浮かべつつ、キミカゲの形の良い顎を撫でる。
「うん。でな? 話を戻すぞ?」
「なんで怒っているの?」
「ご自身の胸に手を当ててどうぞ」
声が二段階ぐらい低くなった竜に対し、キミカゲは不思議そうに首を傾げるだけだった。
オキンは「もうええわ」と言わんばかしに無視し、入り口に向かって吠える。
「おい! 貴様ら。いいぞ。入ってくるがいい」
つられてニケまで入り口に目を向けると、涙目の男性二名が飛び込んできた。
「やっと呼んでくれたっすねぇ!」
「忘れられているのかと思いましたよー」
ニケはビクッと座布団から顔を出す。
見た目はどちらも二十代後半くらいで、フリーより年上に見えた。おそろいの黒い羽織を身につけており、オキンに一礼する。
竜はため息をつく。
「さっき言った子分共だ。背の高い方がホクトで黒髪の方がミナミ。本当はリラという娘をつけるはずだったが、伯父貴の名前を聞くなり泡を吹いて倒れたから、急遽ミナミを呼ぶ羽目になった」
リラに何をしたんだと腕の中のキミカゲを睨むが、ジジイはそっぽを向いた。
「で、お前たち。その手に持っているのはなんだ?」
子分ふたりの手元に目をやれば、零れ落ちそうなほどのお菓子を抱えている。出発時は手ぶらだったので、天から降ってきたのだろうか。
「え、ええと。その」
なんと言おうか目を泳がせる長身の男。それを尻目に答えたのは黒髪の方だった。
「待機していたらお婆様方がくれたんですよ」
へらへらといかにも軽薄そうな口調、と笑み。長身の男がそれを咎めるように睨んだが、黒髪は隣を見もしない。
自分もよくお菓子をいただくので予想できていたニケは、なんとも言えない顔をする。
室内をぐるりと見回し、長身の方の子分A――ホクトがそろそろと片手を挙げる。
「ところで、ボスの言っていた、ボスの伯父という方はどこっすか?」
黒髪の子分B――浮き立った様子のミナミも頷く。
「挨拶しておきたいんですけど。留守ですかねー?」
きょろきょろとくすりばこ内を見回すふたりに、オキンは「まあ、こいつら入ったばかりだし、ぱっと見ではわからんよな」と目線を下げる。
「ここにおられるだろう?」
キミカゲの両肩に手を乗せる。「孫がお友達連れてきた」と言うようにおじいちゃんは微笑むと、小さく手を振る。
ホクトとミナミは互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
「え? そちらのお嬢様……は?」
口をぽかんと開けるホクトの横で、ミナミは口元をにやけさせる。
「ははーん。ボスの新しい女ですね? モテますねぇーボスったら。でもいつも派手目な女性ばかり侍らせているのに。清楚系がお好きだったんですかー? 好み、変わりました?」
オキンは吐き気を堪えるような顔になった。
「気色の悪いことを言うな。こちらはキミカゲ殿。ワシの母の兄にあたるお方だ」
そう教えてやると、子分ふたりは悲鳴を上げて激しく後退った。
「ヒィッ! 竜界屈指のマザコ……いやいやいや! 母親想いのボスの母御の」
「あ、あに、兄上様でいらっしゃりゅ……る?」
なんか失礼なことを言いかけた長身と、噛みまくっている黒髪を同時に睨みつける。
「その通りだ」
大仰に頷いてみせると、ふたりはさっきのオキンのようにたたきで跪いた。
「失礼いたしましたっす」
「ボスと同等の敬意を払いまーす」
騎士のように膝をつく二人を見て、キミカゲはオキンの膝から下りると、背筋を伸ばす。
「はじめまして。キミカゲです。いやあ。よくきてくれたね。ホクト君とミナミ……君? ちょっとこの子を見てくれるかな?」
そろって顔を上げるふたり。キミカゲはニケに手招きした。
ニケは座布団を抱いたまま、おずおずと翁の隣に移動する。
「この子はニケ君。私の友人のお孫さん。で、ちょっと面倒なヒトに目をつけられていてね。この子の護衛を頼みたいんだ」
「は、はじめま、まして。に、ニケ……です!」
冷や汗をかき、ガッチガチになっているニケ。別に自己紹介に緊張しているのではなく、威圧発生器(竜)から発せられる恐怖に、腰が抜けかけているのだ。キミカゲや目の前の青年たちがどうして平然としていられるのかが、まったく理解できない。手に抱いた座布団がぎゅううと締め付けられていく。
「おっと……」
キミカゲは竜を蹴りだそうかと考えたが、実行する前にオキンの方が部屋の隅へ移動し、極限まで気配を殺してくれた。
軋んでいた空気が緩み、ほっと胸に溜まった酸素を吐き出す。
そんな幼子に、ホクトとミナミは安心させるように気のいい兄ちゃん面で笑ってみせる。
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