相模にくだりて

季徒川 魚影

文字の大きさ
3 / 7

相模下向の長歌「あずまくだりは」

しおりを挟む
 それは長く険しい道のりでありました。
 ただ、大和の都から、駿河の国にたどりくだけでも、安穏あんのんな道では決してないのであります。
 まさに、日本武尊やまとたけるのみこと東征とうせいした、その道を、わたくしは参ったのでございます。
 都に、老齢の父と、母を残して。
 父は、気丈にも笑顔で見送ってくれました。
 その御姿は目に焼き付いております。
 母は、珍しく気弱な娘に、子を授かる良い機会、と励ましてくださいました。
 そして、あの方とも疎遠になってしまうことでしょう。
 
 別れてはふたとせみとせ逢はざらん
   箱根の山のほどのはるけさ
           (『定頼集』に選歌)

 愛しいあの方(藤原定頼)がお別れの歌を贈って下さいました。
 この歌を口にして、本当に遠いところに行ってしまうのだな、という気持が胸に迫って参りました。
 この贈答の歌へのお返しは、だいぶ後にはなってしまいましたが、ついに走湯権現への参詣が叶った折、詠じたものを文にお付けしてお贈りいたしました。

 明け暮れの心にかけて箱根山
   ふたとせみとせいでて立ちぬる
 (堂々と参詣したいと思っていた走湯権現に箱根の山坂を越え、二、三年来の念願が叶って出かけてまいりました)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]雑「箱根山」として選歌】
 
 それにしましても、足柄坂あしがらのさかに行くまでも大変な道のりだったのですが、ようやくたどり着いたのは、まさに伝説の足柄坂(足柄峠)にございました。
 ヤマトタケルが出会ったような白い鹿は最早おりませんが、山賊の類が現われては、旅人を襲うということにござりまして、夜の明けるや明けぬ、薄暗いうちに出立し、日暮れ前には越え切らぬといけませぬ。
 それでも、万が一に備えまして、かては十分に持参しての坂越えにございました。
 ほんとうに、あの坂越えのときに覚えた体を覆い尽くすような恐ろしさは、生涯忘れることは無いでしょう。

 くやしさも忘られやせむ足柄の
   関の辛さをいつになりなむ
 (夫に強引に東の国につれてこられた悔しさも、足柄の関のつらい坂道も、何時になったら忘れられるでしょうか)
 【のちに、『走湯ふたたび奉納百首』 [歌題]雑「伊豆」として選歌】

 そういう旅路でございますから、無事に足柄平野が目に入ってきた時には、日本武尊の「吾妻はや(わが妻よ)」と詠んだように、また万葉の防人のように、愛しき人の名を叫びたいと思ったくらいでございます。
 しかし、そのような安堵もつかの間のことにございました。
 この足柄平野は、実に、何も無き所にございます。
 あらためて、遠く都を離れてしまったことを感じずには居られませんでした。
 相模の国は、東国あずまのくにでは最も早くに栄えた地にござります。
 海老名の国分寺、国分尼寺をはじめ、壮大荘厳な寺院が多ございます。
 しかし、先ごろの戦乱、飢饉などが故に、廃れ、また焼かれるなどして、荒れ果ててしまいました。
 この頃は、師長国(相模国西部)の鞠子(酒匂)河の河口にほど近い、千代の観音様も同じように廃れてしまいました。
 それを横目に見ながら、東海道に入り、やがて時折、海原を右に見ながらの道にございます。
 大磯を越え、波の穏やかな浜にて、足を休めたものです。
 その折にも、遠くに島影をうっすら浮かべるだけで、ただただ彼方に広がる海を眺めながら、郷愁に誘われるばかりで、風情を感じる余裕もないわたくしでした。
 歩みを再開して、再び街道を進み、やがて相模の河、河口の港が見えてきました。
 そこから一路、相模河を遡るように河沿いの道をしばらく西に歩き、ようやく大住おおすみ(現、平塚市)の国府にたどり着いたのでございます。
 寛仁かんにん五年(一〇二一年)の三月やよいの夕暮れのことにございました。
 それは、並々ならぬ出迎えの人でありました。
 思えば、それも無理からぬ事。
 都にては、下級の貴族ですが、この相模にては、夫も国のあるじにござります。
 わたくしも、ここでは受領じゅりょうの妻、すなわち、国の主人の妻。
 それまでは、「乙侍従」と呼ばれ、宮様のお側に仕え、お世話をしてまいりましたが、相模国にては、反対に女房たちに世話をされる立場となったのです。
 はじめは、戸惑うことばかりにございました。
 それに受領と言いましても、実務は郡司こおりのつかさが執り行いますので、夫とて、忙しくすることもございません。
 いわんや、その妻をや、なのでござります。
 母が、子作りを、と言った訳がようやく分かった気がいたしました。
 そして、夫があの方(定頼)からわたくしを引き離すには、相模国に同伴させることが最も功を奏すと考えたわけも思い知らされました。
 そして、思い知ったのは、それに留まることではございませんでした。
 夫は、私領を増やすことに心を燃やし、連日のように遠出する日々を送ることに成るのです。
 そして、その頃です。
 ついに一番恐れていた知らせが都から参ったのでございます。
 父の死は遠からずのことと、分かっておりましたが、それでも、信じることを拒みました。
 血の繋がりはなくとも、わたくしを大切に育ててくださいました。
 最期に、いま一度、お会いしとうござりました。
 
 憂き世ぞと思ひすつれど命こそ
   流石に惜しきものにはありけれ
 (辛いこの世で、生きていても仕方がないと、自らのことは心の内に見捨てるけれど、命はやはり惜しいものなのですねえ)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]命を申す「憂き世」として選歌】

 悲しみは長く続きましたが、そう悲しんでばかりはいられない、と考え始めた時に、今度は残された母のことが気がかりで仕方ありません。
 
 都なる親を恋しと思ふには
   いきてのみこそ見まくほしけれ
 (都に住んでいる親を恋しく思うにつけては、ただ無事に命あって都へ帰り、もう一度会いたいものです)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]命を申す「都」として選歌】

 わたくしは、居ても立っても居られず、神にすがるしか無かったのでござります。
 しばらくしまして、相模の国にて由緒ある、社、寺院に足を運ぶようになりました。
 
 仏とも神とも頼むしるしには
   永らへ思ふ事を叶へよ
 (そこかしこの寺院や社を、神仏の区別なく、あがめて、お祈りしているのですから、どうか私の願いをお叶えください)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]思ひ「神仏」として選歌】

 そうした中で、御前ごぜん様、御前様と女房たちが何かと気遣いが絶えません。
 相模国の女の優しさに触れ、女房たちとも絆を深めたことにござります。
 そうして暮らす内に、わたくしも徐々に相模の地に愛着を持つようになっていったのでござります。
 
 雲かかる山の桜はおしなべて
   おもしろくこそ中に見えけれ
 (雲のかかっている山に咲く桜は、雲の中に桜色にかすんで、山全体がなんてすてきに見えるのでしょう)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]季春「桜」として選歌】

 我がせこがくばるひき苗おくながら
   白きや田子の裳裾もすそなるらむ
 (農夫が分け配る引き苗を、妻たちが田に植えおいていながらも、汚れないで白く見えるのは、田子の裳裾なのでしょうか)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]初夏「苗」として選歌】

 叔母さま(和泉式部)が、相模下向げこうに際して、わたくしに叱咤した訳がようやく分かったのは、その頃にござります。
 「おとや、歌人として名を挙げたいのであれば、したたかに成らぬといけませぬ。とくにおなごはのう」
 はじめ、若きわたくしは、その訳が分かりませんでした。
 叔母は確かに、こう続けました。
 「相模に下れば、それは、たいそう時があまりましょう。歌業には好機この上ないのですよ」
 このよわい(三十七歳)になった今こそ、そのお言葉が懐かしく、有り難く思われます。
 その言葉の御蔭で、今のわたくしがあると言っても良いくらいなのです。
 夫、子には恵まれない定めではございましたが、誰に打ち明けたこともございませんが、わたくしが、一番に願ったことは、「歌業を極めること」にございました。
 わたくしが歌業に勤しむ中、夫は相も変わらず出世のために勢力を使われておりました。
 もともと、世渡りに長けた御方なのです。
 日を待たずして、早河のあたりを早河牧(現、小田原市一帯)と名付け、私領としてしまわれたのです。
 この私領は、のちに、高貴なお方に寄進されました。
 それも、出世のため。
 そういう才にはとにかく秀でたお方なのです。
 ですから、母の言うように、早くお子を設けて、妻としての地位を盤石にすることを、わたくしも願うことにしました。
 それも歌業を続ける糧となりましょうから。
 
 うじを継ぎかどをひろめて今年より
   富の入りくる宿といはせよ
 (家名を継承し、一族を繁栄させて、今年から財産の入ってくる家、と言わせてください)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]さひはひ「氏」として選歌】

 たらちめの親の生きたる時にこそ
   このこかひあるものとしらせめ
 (親が生きているうちにこそ子を産んで、親に孫の顔を見せて生きている甲斐があったと、喜んでもらいたいものです)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]子を願ふ「子・かひ」として選歌】

 ところが、そのような願いは、日に日に失望へと変わっていったのです。
 夫は、領地だけではなく、新しい通い妻を手にしたのでござりました。
 
 若草のこめてしめたる春の野に
   我よりほかのすみれ摘ますな
 (私をとじこめて自分のものとしている春の野で、すみれを摘むような気持で、夫にほかの女性に手を出すことをさせないでください)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]中春「すみれ」として選歌】

 わたくしは、広い居館やかたに一人、夫を待つ身となりました。
 愛しき人から遠ざけられ、夫は帰らない日々を、わたくしは思いもしませんでした。
 何ということでしょう。
 悔しくも、つらい日々が続いたのでございます。

 引きながらうきめのあやめと思ふかな
   かけたる宿のつましわかねば
 (あやめ草を抜きながら、泥沼のようなつらい道理だと思うことです。五月五日の節句のあやめを掛けてあるのに、その家の夫が私の所に寄りつかず、夫とはわからない状態なので)
 【のちに、『走湯奉納百首』 [歌題]中夏「菖蒲」として選歌】

 わたくしは、そういう日々の中で、走湯(伊豆山)権現への参詣を心より望むようになっていったのでございます。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

処理中です...