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神の名のもとに

第百十二話 対決②

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 黒い球体から液体が流れ飛んでいく。街の人々を襲い、どんどん溶かしていき、街中に響く阿鼻叫喚あびきょうかん。充満するむせかえるような肉が焦げる匂い。どんどん人の命が失われていく──!

「ギャアァァ────!」
「イヤァアアア────!」
「グァァアア─────!」

 聞こえてく悲鳴、狂気の叫び。容赦ない黒い悪夢の再現。この世の地獄がまた生まれて、人々は焼き焦げて溶けていく。数万と集まっていた人の残骸、どす黒い狂気の世界で人間が壊れていく。

 それをただ何事もなかったかのように冷徹に眺めていたアウティス、まるで感情も浮かばないように蔑んだ目で見つめている。

「アウティス! お前何をしたのかわかっているのか!?」

 余りものの事態で僕は叫ぶ。リリィも同じことをしたが、感情的に虐殺するよりなお、確信犯で虐殺する神父にひどく嫌悪感を抱いた。

「神をないがしろにする愚か者を罰しただけだ」
「何も知らない民衆を虐殺したんだぞ!」

「知っていようと知らずにいようと変わりは無い。むしろ無知こそが罪。神の慈悲を知らず自らの欲望にかられた罪人には裁きが必要だ」
「お前……!」

 くっ、こいつに何を話しても無駄だ。何をやるにしてもためらいがない。神のためならどんな犠牲もいとわない、これが神に仕える者のやることか……!

 リリィといいキャラディスといいコイツといい人の命をなんだと思っている。確かに僕は善人ではない、自分が生き延びるために他人を犠牲にしてきた。でも、一度たりとも無関係な人間を虐殺しようなどとしたことはないし、考えたくもない。

 どんな理由があろうとも許されない行為だ。正義という名が付こうとそれは変わりない。そこまでして成し遂げたものに果たして価値があるのか、何万という犠牲によって築き上げられる幸福なんて受け入れたくない。
 
 ──これは宗教的に言えばそれは本来人間の持つ原罪そのものではないのか。

 幸福とは一人でかなえられるものではない。必ず他者の犠牲によって成り立っている。美味しいものを食べることは、その裏で動物や植物の命を奪って手に入れられる幸せである。

 富を得ることは、自分以外の誰かの労働時間そして生命や金を奪って手に入れられる幸せである。

 名声を得ることは、その分誰かをおとしめて得る幸せである。誰かを愛することは、そのほかの誰かを犠牲にしてでも守らなければならない幸せだ。
 
 全員が幸福になることなどあり得ない。誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。

 自分たちだけが幸せになろうと、その他大勢の人々を犠牲にする。歴史上何度も行われてきた、人間が本来持つ社会的原罪だ。しかしあるものはそれを正義という。

 僕はそれを憎む。それによって犠牲になっていたのは弱い人間である僕たちだからだ。それは、断じて受け入れられない。僕は愛するもののために誰かを犠牲にしている罪は認める。

 だからといって、大多数の人間を犠牲にしてさらに幸福であろうなどと望まない。それは間違いなく人間の醜悪そのものだ。

 終末が近いこの世界で、僕は人間であり続けたい。だから言っていることはアウティスは受け入れられない。正義のために人間をやめることなんて出来るかよ。

「アウティス、お前は僕の敵だとはっきり認識出来たよ……!」
「何の思想も持たず正義でもないお前に何がわかる」

「正義じゃなくても、人が人としてあるために戦うことだって出来る」
戯れ言ざれごとを」

「来い! 決着をつけるぞ」

 僕は階段を上り、教会の鐘がある場所へと達する。狭い空間。五歩ほどしかない狭隘きょうあいな場所。高くそびえ立つ鐘楼塔しょうろうとうの頂上であり、壁はなく、落ちたら即死だろう。

 僕はエインヘリャルのため、落ちただけでは死んでも消滅しないのだけれども、必ずアウティスがとどめを刺すだろう。

 だが、この狭い場所なら前のように奴の時間変革能力の使いどころが難しくなる。

 僕はMP7A1を構える。アウティスも素手で僕を切り刻もうと構えた。風が吹く、冷たい風だ、僕の前髪をゆっくりと揺らす。外は狂気の怨嗟えんさの声が渦巻いている。

 天国に近い場所から見える地獄。僕の未来は天国か地獄か、一瞬で決まる。仕掛けたのは僕からだった……!

 MP7A1が火を噴いた! アウティスはそれをかわし、銃を構えている僕の右手をごうとしている。右手を挙げアウティスの攻撃をかわす。

 奴の右足が上がり僕の頭を蹴り倒そうと襲ってくる。僕は距離をとり銃で制圧射撃を行う。傲慢ごうまんな神父の左上半身が跳ね飛び、左肩を撃ち抜く。

「無駄だ……!」

 だが、みるみる傷がふさがっていく。何事もなかったかのように構えるアウティス。時間変革能力の代わりに自己治癒に戦術を変えたようだ。

──わかっているさ。

 アウティスは右足を上げ、前蹴りで襲う。僕は銃を構える。奴は体を回し左足で僕の左足を蹴る。ヘタに抵抗せず僕は相手の攻撃に身を任す。

 右に僕は倒れ込む。左足にひびが入ったのか足に感覚が無い。残酷な神父の足が僕の頭を蹴り潰そうとする。

 僕は転がってそれをかわす。

 アウティスの足は悠々と塔の手すりを砕く。飛び散る石の残骸、周りくねって襲いかかる奴の右足。だが、それに先んじて、左足を僕が撃ち抜く。

 うずくまったアウティス、よし……! 奴にとどめを刺すため銃を構え狙い定めた、しかし撃ち抜かれたままの左足を振り上げアウティスは僕が銃を持つ右手を払った。
 
 僕は構えをとき距離をとる。だが容赦なくアウティスは立ち上がりの右手が襲いかかる、僕は左足を引きずりながら円形状に距離をとっていった。

 鐘を中心に距離をとる二人。一進一退の攻防。いや違うな、僕のほうが不利だ。アウティスは当然、左足を治していく。

 だが時間変革能力を封じるには近距離で連続して撃つしかない、僕は意を決して銃を構えた。──その刹那せつなあたりはしんと静まっていった。
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