上 下
67 / 211
スナイパー同士の戦い

第六十七話 青春時代④

しおりを挟む
「日向さん……」

 これが現実なのかと、にわかには信じがたかった。

 目の前にいたのは中学生の頃、僕の初恋の人だった日向直子その人だった。

 僕が恋した、中学生そのままの姿で現れた日向さん。僕は急に淡い恋心を引き起こされた。彼女を眺めていると急に中学生に戻った気分がしたのだ。彼女は笑顔で話しかけてくる。

「池田くんがここにいるってことは、私と同じように死んだってことだよね。どう元気にしてた? まあ、今になっては変な言い方だけど。なんか連絡取れなくて、私、心配してたんだよ」

 本当は僕のせいなのにそれをなじる素振りはなく、ただ心配そうに日向さんは明るく言った。それがたまらなく心を痛ませた。

「ごめん、無精で、本当はみんなと会いたかったんだけど」

 嘘だ。同級生のみんなと会いたくなかった。社会に適応できず、日本人の底辺の生活をしていた僕は、みんなと会ってその差を見せつけられてみじめな思いをしたくなかった。

 特に日向さんに合わせる顔がなかった、落ちぶれた情けない姿を見せたくなかった。ちっぽけなプライドが彼女との距離を開かせたのだ。
 
「池田くんかあ、思いだすなあ。そうそう、あれ! 私、弁当作ってあげようかって言ったでしょ! そうしたら、池田くんいらないって言うから、私、ショックだったんだよ。そこまで私の料理の腕を疑っているのかって。言っときますけど、家事全般できますからね!」

「ええ? 本当かなあ。信じられないなあ」
「ちょっと! きみ失礼ね! もうっ!」
「ははっ……」

 嘘だ。僕がいつも昼食の時間、パンを買って食べているので、彼女は気を利かせて僕に「弁当ぐらい作ってあげてもいいよ」って、言ってくれた。

 涙が出そうなほど嬉しかった、僕は貧乏で母から弁当を持たされることもまれだった、貧しい家庭で、農家でもない限り、肉を買うより野菜を用意することが難しい、本当に天にも昇る心地だった、彼女の手料理が食べたい。きっと口に運んだら目を潤ませながら喜んだだろう。

 でも、僕は内気で恥ずかしくて断ってしまった、本当のところ食べたかった。でも、子どもだった僕は、そういう恋愛的なことに持っていかれるのは苦手だった。もし、クラスメイトにからかわれたらどうしようとか、僕は考えてしまった。あまりにも愚かで救いようのない自分が嫌になってしまった。

 あの時素直になっていればと何度も何度も後悔していた。

「他にはそうそう、ウェイトリフティングのとき。私が陸上部で体を鍛えるために50キロのバーベルを持ち上げていたときだよ。思い出すなあ池田くんのズボンのチャックが開いてて。私、びっくりして、バーベルを池田くんの足に落としてしまったんだよね。あの時本当にゴメン! 足とか大丈夫だよね」

「あの痛みは、終生忘れないと誓ったよ」
「もう、ごめんってば──」

 嘘だ。僕の足にバーベルを落としてしまった後、病院に運ばれた、そのあとすぐに母が飛んできた。ねちっこい母だ日向さんをなじってやろうと息巻いていた。

 そんな空気の中静かに、彼女が入ってきて、「このたびは大事な御子様を傷つけてしまって申し訳ありません。この責任は絶対とりますのでお許しください!」と丁寧な言葉で、全力で頭を下げた。

 あの人気があって美人の日向さんが僕のために頭を下げている、かえってこちらが申し訳ない気分になってしまった。

 母はあまりの迫力で日向さんがあやまるので何も言えずにいたのだ、僕は彼女の清廉潔白な純粋さと生真面目な誠実さを感じて、ますます好きになった。

「池田くん、卒業の日わりとあっさり別れたよね。私、ショックだったなあ。もう二度と会えないかもしれないのに、君と結構仲良かったんだけど、おいおいそれだけかよっ! って」

「そんなもんじゃない? クラスメイトって」

 嘘だ。
 
 実は何度も告白の言葉を考えた、日向さんと別れると思うと心臓が張り裂けそうで、何度も男になろうと、自分を変えようとした。

 そして、卒業の日の一ヶ月前から、何度も練習した告白シーン。好きだ。その一言が言えればそれでよかった、断られてもかまわない、好きだ、僕の心の叫びを聞いて欲しい。好きだ、その一言が言いたかった。
 
 そしてその日がやってきた。これが最後になるかもしれない、永遠に会えないかもしれない、そう思うとあがってしまった。

 口を開こうとする。でも言葉が出ない。何度も練習したのに何故開かない! なんで! そう思っているうちに別れのシーンがやってくる。にこやかに別れを言う彼女、愛しい人に贈る言葉、震えてくる唇から辛うじて言えた言葉それは──

「さよなら日向さん」

 家に帰ったあと僕は泣き続けた、なんで言えなかったんだ! 自問自答の日々、それでも彼女から電話が来た。しかし、僕は電話を取らなかった、もし、彼氏ができたと言われたら……それが怖かったんだ。怖くて怖くてたまらなかった、そして結局放置しているうちに連絡は来なくなった。

 そのあと僕は何度も彼女の顔を思い出していた。彼女の瞳、彼女の口、頬、まつげ、はな、まゆげ、髪型。何度も何度も写真のように頭の映像に植え付けていた。彼女の写真は押入れの段ボールの中にしまっている、あまりにも好きすぎて見ることができなかったからだ。

 それからというもの、つらいときや苦しいときは、頭に植え付けられた彼女の写真を思い出していた。彼女がどう笑うか、どう怒るか、どう哀しむのかすべて映像となって頭で再現していた、その彼女が、日向さんがここにいる。

「……なんで中学生の頃の姿をしてるんだい、確か結婚したって手紙来たけど」

 本当は今すぐにでも抱きしめたかった、でも僕はそれができない理由があった。

「ああこの姿ね、どうやら魂の姿って精神年齢が関係するみたいで、私、中学生のまま成長しなかったみたいね、我ながら自己嫌悪、結婚のことは……」

 急に彼女が口ごもった。何かあったのだろうか、興味半分、怖さ半分だった。

「どうしたの?」

 僕が静かに尋ねると、重そうな口を開いた。
 
「……彼とは別れたわ、どうやら私と結婚したときに別に好きな女がいて付き合っていたみたいなの、私、許せなかった。私の肌に触れずにほかの女の肌に触れていたなんて。

 君には隠していたけど、私の両親、離婚しててね、原因が浮気。それから私はお母さんと二人っきりで貧しい生活しててね。もう苦しいのなんの。浮気なんて聞くのも嫌。だから別れた。

 彼のことはもう別にどうでもいいわ。私を愛してくれなかった人なんてどうでもいい」

「……そうか」

 僕の心臓の音が山彦となって周りに響いていないか気になった。これを聞かれてはならない、そのはずだ。

「それで、気晴らしに海外旅行に行ったら飛行機がテロリストに占拠されて自爆テロ。私ってなんでついてないんだろうねー。池田くんは?」

「僕も日向さんと同じ感じ」
「なによそれ、自分だけごまかすなよー、このっ、私だけ話して恥ずかしいじゃない!」

「はは……」

 僕が乾いた笑いをすると、少し日向さんは考え込み、真正面からうるんだ瞳で僕にうったえてきた。

「……ねえ、運命って信じる?」
「えっ」

「私は信じてるよ、こんな異世界で、仲の良かったクラスメイトの二人が、大人となって出会う。たぶん、必然。──ねえっ、こうなったら私と付き合ってみない?」

 まるで天使のように微笑む日向さん。僕は何も言えなかった、言葉に詰まってしまった。だって、仕方ないじゃないか! 今の僕にはメリッサが……!

「何かこの世界って孤独じゃない。私寂しかったんだ。そしたら池田くんと出会っちゃって、昔のこと思い出してね。いいでしょ、私はかまわないよ、佑月くんのこと気に入ってたし、今の佑月くん、とってもダンディーでカッコいいし。だまされたと思ってほら! 私つくすよー」

「僕は………………」

 それ以上何も言えなかった。もうすでに僕には彼女がいること、将来を誓い合った人がいること。そんなことを言えるわけないじゃないか、あの日向さんに!

 そうやって迷っているうちに、叫び声と足音が聞こえてきた。運命……、そうこれは運命なのだ。神というものがいるのなら、僕は首を絞めてしまっただろう。

「おーい! 佑月! 大丈夫か!?」

 そう、それはメリッサの声だった……!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

処理中です...