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世界統一編

第六十九話 法とは何か

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 私は昼食を自分の屋敷でとって、食後のティーに酔いしれていた。

「ふう、今日もおいしいものが食べられて嬉しい。最近いろんな料理がウチのシェフも作るようになって、いやあ、ありがたやありがたや」
「そうですね、今のシェフやコックたちは、みんな志を持ってミサ様の所で働きたいとおっしゃってましたからね。ミサ様が有名になられて、自分の料理を食べて欲しいと、日々研鑽に励んでいるようですから」

 レオはティーポットをもってにこやかに言った。私は満足げにうなずく。

「毎日が楽しいと仕事もつらくなくなる、おいしいものを食べて、お酒飲んで、私はこの世界で学んだことがいっぱいあるわ。それは日常の大切さ。

 何気ない日々の暮らしが、自分の世界を変えることになるって、この年になってようやく理解できたわ」
「ようやくってミサ様、5、6歳ですよね?」

「5歳にもなれば幼稚園に行けるし一人前よ」
「幼稚園って何です?」

「何でもない」

 私は少し微笑みながらティーで体を温めた。だがレオは私の表情を見ながら、そわそわしてる、気になって尋ねてみた。

「どうしたの? レオ」
「あのですね、またまた質問していいですか?」

「どうぞどうぞ、それが貴方のためになるなら」
「はい! ミサ様は今、普通法を作っているんですよね?」

「そうよ」
「なんでそんなことする必要があるんです。僕、法律とかよくわからないので、詳しく聞きたいです」

「いいわ、教えてあげる。私の世界には大きく分けて二種類の近代法体系があるの。それが普通法と大陸法。

 普通法は実際の裁判の記録によって、つまり判例に基づいて法を規定するわ。あらかじめ権力者が決めたものではなく、裁判所の専門家たちの討論によって導き出される結果が法。

 言い換えると、誰かの権力者によって決められたものではなく、自分たちの裁判の過程の結果、法を発見して、法とするのが原理。

 発祥地である私の世界のイギリスという国は、人間によって法は決められるものではなく、神聖な裁判によって神に導き出された、その法の発見こそが法であるという考え方ね。

 特徴は法が実態に適しているか厳しく見られ、また、本国イギリスにおいて普通法は成文化されていない。建前上はね。判例を基に法が決まるから、判例文を積み重ねたのが法ということ。まあ、判例文は記録されるから、実質、成文化されているけどね。

 他の国での普通法は必要に応じてきちんと成文化されることもあるわ。だってそっちの方が便利だもん。法の研究につながるしね。

 またもう一つの特徴として、討論によって法が決まる以上、弁護士の能力が裁判を大きく左右する。優れた弁護士はめっちゃ報酬として金をもらうわ。

 優秀な弁護士を雇うには金が要るから、金持ち有利ってデメリットもあるわね。あとは陪審員制で、裁判が妥当かどうか、専門家以外の目からもチェックされる。

 対し大陸法はローマ法が大本。古代ローマ帝国という国において、市民たちの生活で必要な法律を制定したものをまとめたのが基礎となる。そして、ローマ帝国が分裂して、東ローマ帝国で編纂され発展していったわ。

 その後カトリック教会によって持ち込まれて、教会法の元として、西ヨーロッパってところの市民たちの生活を裁判できるように法が発展していき、そして、近代ドイツで研究されてどんどん法が整理されて発展していく。

 特徴は権力者が法を決めるということ。つまりやり方によっては、国民の意思を無視して法律として成り立ってしまえば、法は執行される。悪法も法なりってやつ。

 普通法はおおもとのイギリスから始まって、植民地であった、アメリカやカナダ、オーストラリアで変化していく。

 大陸法は主にドイツとフランスで発展するわ、フランスは革命のあとナポレオン法典によって整備され近代法となる。

 それに対し、ナポレオン法典に影響を受けつつも、もともとあったドイツ法を発展させてドイツ帝国によってビスマルク憲法が規定され発展する。

 私の住んでいた日本って国は、ドイツ法が大本となってるわ。明治維新時、その時は、フランスよりドイツの方が強大で、留学生や、専門家を呼び寄せて、ビスマルク憲法を参考にして大日本帝国憲法を制定。戦後、敗戦により、アメリカのGHQという占領組織から、普通法体系が輸入されつつも、大日本帝国憲法を基に、日本国憲法を制定。

 つまり、私が前の世界で住んでいた国の法は大陸法ね、ほとんど。

 デメリットとしてはほとんど厳格に成文化された法の元で判決が決まるから、裁判する前から裁判の結果が見えている場合が多々あり、弁護士は淡々と手続きをするだけなのが多い。あとさっき言ったように、国民にとって害悪でも法だから、法として執行される。

 いかに馬鹿らしい判決でもね。まあ、こういったところ」
「何か頭がこんがらがってきました。ネーザンはどっちなんでしたか?」

「ネーザン、この世界ヴェスペリアは統一王アレキサンダーのもと、150年ほど統一王国が出来ていたけど、あまり法が整理されなかったみたいね。ローマ法のような発展はなかった。しかし、その統一王国法がもとに教会法ができており、その一方で慣習法が各地方で散らばっている。

 明確な共通法体系がないのなら、普通法のように慣習法の判例を基礎として、法の発展をうながすべきということで、私たちは普通法の導入をする。また法律家の人材が足りないから、それらを編纂して、成文化して、より法律を学びやすく普通法を浸透させるの。

 難しい話だけど、法治国家としてやらなきゃいけない、私がいなくなって国が立ちいかなくなったら意味がないもの。誰かが死んだら終わりって、それって国として弱いってことだから。

 ちなみにこれを法の支配というわ」
「ふへー勉強になりました。法の支配ですか、なるほど。みんなが法の下にくらせば、争いが少なくなりますね」

「そうよ、国の安定のため必要なのよ」

 そうしてカップを飲み干し、カーディフ侯爵の屋敷に駆け付ける。そこには各党の代表たちを集めていた。これから始まる、普通法と憲法の制定に彼らの力が必要だ。代表議員に私は挨拶をした。

「選挙おめでとう、王宮より、あなた方、議員たちに未来への祝福を寿ことほぐわ。皆様のおかげで税制改革がなりました。ネーザンに光ある未来が訪れたことに感謝申し上げます」
「ネーザン万歳! ネーザンに栄光あれ!」

 集まった議員たちが、乾杯の杯を掲げる。そして拍手が行われる。といってもおなじみのカーディフ侯爵と、ジェラードと、グリース、そしてオリヴィアが主な面々だった。続けて、私は憲法について述べた。

「また今回集まっていただいたのは、先日資料をお送りした普通法ならびに憲法に制定に向けて、皆様のご意見をいただきたく、憲法審議会を三院の代表の皆様方に、参加していただきたく存じます。

 皆さま、それぞれの立場があり、有識者です。ぜひ活発な意見の交換をして、この国全体で、国の象徴である、法と憲法を、定めさせていただきたく存じます。

 忌憚きたんのない貴重な意見を陛下はお望みであり、ぜひこの国民の代表である貴方がたを通じて、国民全体で、新しいネーザン国を作りましょう!」

「宰相閣下万歳! ネーザンに光ある未来を!」

 挨拶が済んだ後、私は親密に話したいと思い、代表たちのもとに向かった。カーディフ侯爵は私に言った。

「しかし、憲法ですか、私は法の専門家でないのに、関わっていいのでしょうか? 宰相閣下」
「それについてはご心配に及びません。憲法審議会の日程はまず慣習法の大全である普通法の編纂での意見を頂戴したいと思います。

 様々な慣習の判例を通じて、本当にこの国で、必要のある法とすべきか皆さんに審議していただきたいと思います。その上で共通概念である憲法を審議したいと思います」

「んー確かに、我々は何となくで法というものの中で暮らしているが、よく考えるとおかしな決まり事も多い気がする、私の意見が必要というのなら、よろこんで、参加させてもらうぞミサ」

 とジェラードが言ってくれた。私は彼の方に向き直す。

「ええ、それが重要なの、身分ごとに習慣があるから、この際三院議員で、みんなに確かめてもらって、それで必要な法と不必要な法に、取捨選択する気よ、ジェラード」

「それって俺も必要かい? 俺は聖職者だぜ、教会法があるし、あまり、辛気臭い坊主どもの意見は参考にならなそうだが」

 今度はグリースが話しかけてきた。私はにこやかにそうではないと告げる。

「聖職者はもともと、貴族やインテリのあつまりがなることが多いわ。この世界の法に深くかかわっているし、民衆の生活感覚に及ぼしている。

 だからもちろん聖職者である、貴方の意見が必要なの。そういえばおめでとう、グリース。貴方、神学自由党の代表になったそうね。

 ついでで申し訳ないけど、お祝いさせてもらうわ」
「ああ、政治に興味ない上の司祭たちが選挙に出なかったら、知名度があって、政治意欲のある俺が務めることとなった。まあ、色々お前さんに迷惑かけると思うが、お手柔らかに頼むぜ、ミサ」

「ええ、みっちり政治家としての道を叩き込んであげるわ」
「ははっは……」

 辺りに笑いが立ち込める。その中オリヴィアが私に言った。

「いやあ、お偉いさん方がいっぱい集まっていて、私緊張です。憲法ですか、よくわかりませんが、平民の感覚で良いんですよね、ミサ様?」
「そうよ、オリヴィア。それが一番大事なの、平民にとって不利な法律も多いから。ところで、自由党の代表に会ったことがないんだけど、たしかコナー・ラーディッシュって方だっけ? 紹介してくれない?」

「ああ、それ、必要ないですよ」
「はい?」

「だってあの人、大金持ちだから選ばれただけで、政治に興味ありませんから、私が党内を仕切ってます。一応憲法審議会に参加だけはしてくださいって言っておきましたけど、やる気ないですね」
「何のために議員になったのかしら……」

「まあ、平民なんで、政治とかよくわかんない人が多いんですよね、有力者だから議員になっただけの人が多数ですから、ははは」

 実は私はこのことに頭を抱えている。平民院議員に国王民主党として議員になったはいいものの、ずぶのド素人で、頓珍漢なことばっかり言ってて、まともな政治家がいない。オリヴィアや、ウェル・グリードが珍しいのだ。

 そういえばと思ってオリヴィアにきいてみた。

「グリードがこのパーティーに参加してないけど、貴女何か知らない? オリヴィア」
「ああ、ウェル君ですか、彼、選挙戦で、私に後ろからナイフで刺されたとか、裏切り者―とか言っちゃって、すねちゃったみたいです。

 いやあ、男の人ってホント子どもですよねー」

「いや、流石に選挙資金強奪した、貴女が悪いでしょうに」
「選挙だからですよー、ウチの党員がいっぱい当選するように、私頑張っただけです」

「いやいや、仁義ってものがあるでしょ。大人なんだし」
「もうーミサ様までそんなことを、人生いろいろですよー。まあとりあえず、彼抜きで、憲法審議会やりましょ、色々かき回しそうだし。大丈夫、共和党抜きで平民院は圧倒的多数で可決できますから」

「まって、それはまずい。彼は平民の中でもエリートの弁護士出身の法の専門家よ。彼の意見は非常に重要だし、後々のことを考えて、憲法制定に国民の総意を反映させないと、あとでもめるから、彼には参加してもらわないといけない」

「とは言いましてもねー、彼自身が連絡断ってるんだからどうしようもないですよ」

 ああ、じゃあ、仕方ないわね。わかった。

「そう、なら、私自身が、彼を説得するわ。これは政治的に重要なことだから」
「ええ、ミサ様が!? うわー、やっぱりミサ様、ウェル君にラヴいんですねー」

「違うわよ」

 もう、私の仕事増やして。パーティーの後、私は彼の自宅に手紙を送ったのち、彼の家に行くことにした。なんか、彼の前の家は王党派に襲撃されて、焼かれたらしく、あるそこそこ金のある役人の家に居候させてもらっているらしい。

 家すらないのか、グリード。ことごとく不憫な奴。私は彼に会って言った。

「……と、以上の通り、様々な立場から、この国を新しく伝統の上に建てるのに意見が必要なの。ぜひ、共和党や貴方も憲法審議会に参加してくれないかしら?」
「……まず普通法の編纂ですか。非常によろしいと思います。私は弁護士でしたが、色々苦学生でしてね、平民ではそこそこの生まれでしたが、金がなく、法学校で奨学金をもらって、勉強をしておりました。

 そこで問題だったのが、その法学校、いや、平民での法学校全体かもしれませんが、法廷議事録や、判決文の欠損が非常に多いんですよ、資料には。何せ今みたいに印刷がなかった時代ですし、紙は傷みやすい。

 これでは実戦の法廷の場ではかなり不足と思い、私はいろんな裁判で傍聴していって判例を書き留めたり、議事録をメモしていました。大変でしたよ、参考となる資料がないということは。

 判例集は歴史が長くなれば多くなる。これから法曹界に入る若者たちのことを考えると、普通法の編纂は素晴らしい。流石は理性の女神。貴女の着眼点は見事です。共和党も、普通法制定に賛成しましょう。

 ただし……、憲法審議会に参加するのは遠慮させてもらいます」
「何故!? 貴方の意見が必要な時だと自分でわかっているはず。理由を教えてもらえない?」

「まず一点、貴女の考えからして、王権を憲法に明記する気でしょう。私は共和制を理念として掲げております。それからすると相いれないのは貴女もわかると思います。

 それと……、あのオリヴィア! あの女のせいで、折角の選挙戦略がぶち壊しでした! 候補を立てることもできず、選挙に必要な広告費もありませんでしたから、私が候補に応援演説して回ったんですよ!

 しかも、地方に出向くには、いい馬車にも乗れず、荷馬車に乗って、がたがた揺れながら、酩酊状態になり、吐いて……失礼。とにかく、あの女のおかげで散々でした。私が参加することは党員も賛成しないでしょう。これが理由です」

 うわーつくづく不幸だなこの人、何としても彼には参加してもらわなければならないので、説得を続ける。

「まず、オリヴィア嬢の一件は、かなり、私たち内府として、不適切と考えているわ。だから抗議を申し立てて、貴方たち共和党に謝罪するよう要請する。これはこれで手打ちにしてもらえないかしら?」
「……内府からのお達しですか、そこまでおっしゃるなら、その件はそれで引っ込めましょう。ですが……」

「王権についてですね、貴方には伝えておきたい機密情報があります。実は半年後から、この大陸の未来を決める統一王選挙が行われます。これは魔族に対する、ヴェスペリア諸国との連携を深めるためです。

 その際に王がいないと外交上、非常に不利であり、また、ご存じだと思うけど、我がネーザン王は統一王の有力候補だわ。統一王選挙のことを考えると、この国が王国であるということを憲法で明記することはこの国の安定性を諸外国に知らせることができる。わかるかしら?」

「統一王選挙が……! 古い神話の話だと思っていましたが、……ふむ。たしかに。少しお待ちください、頭の中を整理させていただきますので」
「どうぞ」

 彼はコーヒーを飲んで落ち着いた後、静かに言った。

「そうですね……、私は共和制が一番の理想国家と思いますが、現状を見る限り、王を打倒するとか民衆は望んでいませんし、まして統一王になる可能性がある国王を引きずり下ろすなんて現実的ではないですね。

 これから政治家としてやっていく以上この国の未来のことを考えなければなりません。現状は王政であるのが望ましいのは確かに私も感じております。先の未来や、諸外国での実情は違いますが。

 その際憲法を変更することが許されるというのなら、私も参加いたしましょう」
「よく決心をしてくれました! 憲法改正の手続きに関しては内府より書類として残しておきましょう、宰相として礼を申します」

「いえ、よくぞ統一王選挙のことを知らせてくださいました。内密に党員に言っておきましょう。彼らは私のほうで説得しておきます。それでは宰相閣下、微力ですが政治家として、憲法制定に汗を流しましょう」

「期待しているわ、グリード」

 そうして私は彼と力強く握手する。これで準備が整った。これから憲法を定めるべく、私は一歩前進した。
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