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世界統一編

第五十九話 三部会選挙③

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「ミサ様! 起きてください! 朝ですよ!」
「ふみゃー」

 もう、何よー辛気臭い教会から、自宅でぐっすり寝てたのに。と思って外を見ると、もう朝だ、びっくり。顔を上げるとレオが心配そうに、私の方を見つめていた。

 何よ何なのよ、何か私の顔についてるかのなのよ。彼の手をよく見ると新聞が握られていた。最近出版社がこぞって、啓蒙活動だと言わんばかりに、新聞を売りつけている。特に三部会選挙の真っ最中では売り上げの伸びが大きいだろう。

 私が目をこすっている間、レオは言った。

「ミサ様、この新聞を見てください!」
「あ、何よー」

 寝巻のドレスのまま、寝ぼけまなこで読むと、例のグリースがさっそく教会の批判をし始めたかと思って読んでみると、内容は予想をはるかに超えていた。いわく、

『人民につぐ』

 重々しい題名に、気を引き締めて読んでみた。

『人民につぐ。

 汝、世界を疑え。

 人民につぐ。

 この世界は嘘で包まれている。

 人民たちよ、ふと疑問に思ったことはないだろうか、自分たちが、いつの間にか、苦しい人生を歩んでいると。しかし、ある神父はこう言うだろう、それは貴方のために神が定めた思し召しだと。これが神の試練だと。

 だが、さらに疑問に思ったことはないだろうか? その神のしもべである司祭が金に彩られた装飾品を着飾り、白いパンを食べているのは何故だろうか?

 実はこの真実は今の教会が作り上げた詐欺の手口なのだ。

 諸君らは神父らにあるいは地主に言われたことはないだろうか、働いた結果、十分の一は神に納めなければならないと。それが天国に行くために必要だと。これが、いわゆる十分の一税だ。

 だが、人民たちよ、もっと考えて欲しい、神ははたして、金品を、硬貨を、作物を必要としているだろうか。神は強制的に君たちを働かしているのだろうか。君たちの物を奪うのが神の思し召しだろうか? 実はこれは真っ赤な嘘から始まった税なのだ。

 それを言うと、神父たちはこう言うだろう、十分の一税は聖書に書かれていると。実はこれが嘘の始まりだ。これはもともと、信徒が自発的に働いたものの十分の一を神に収めることとすべきとしたのが、聖書の真実の意味である。それは、天国へ行く階段は急なため、少しなだらかにすべしと、神はおっしゃったのだ。

 しかし、それは強制的ではないし、ましては、税金などではない。君たちを貧しくするために神に収めるのではないのだ。聖書にはこう書かれている。富める者にとって、天国の扉は狭く、貧しき者にとっては、天国への扉は大きく開かれていると。

 つまり、これは聖書を読めない諸君らをだましていたのだ。もともと貧しい人間には、天国の扉が開かれているから、清く正しく生きていくのが本当の教えで、教会に税を納めなければならないなんてものは聖書のどこにも書いていない。

 もともと富める者が、おのれの罪悪を悔いて、神に収めるのが、富の十分の一ということだ。何度も言うがこれは教会が勝手に決めた、そう、教会法で何となく司祭たちに有利に定められているのが現状だ。

 諸君らが汗水たらして稼いだものは諸君らのものだ、神のものでも、領主のものでもない。ましてや教会のものではない。諸君らが稼いだものは諸君らのために使われるべきなのだ。

 君たちは不当に権利を侵害されている。この世界に決まっていることなど一つもないのだ。社会は、君たち人民との契約で成り立っている。それは本来君たちを豊かにするためであり、その税を、不当に誰かが奪っているのだ。

 これは権利の侵害である。人民には財産権がある、人権がある。自由がある。諸君よ、声を上げろ!

 君たちはこれまで誰かに不当に奪われた結果、貧しい生活を強いられていたんだ! それは決して神の思し召しなんかではない。

 それを、この三部会選挙で明らかにすべきだ。聖職者、貴族、平民、すべてが、世界に騙されている。自分たちの権利は自分たちで守るべきだ。

 声なき者に権利は返ってこない、皆が一丸となって、税制改正を成し遂げるのだ。ミサ宰相は解放者だ。君たちの権利を君たちの手に戻そうとしている。

 さあ、君たちが何をすべきかは自らの心にきけ! 今、このとき、心から叫べ! 我々には自由があると!』

 私はこの長文を見て血の気が引いた。やりすぎだ! グリースの奴! これでは国王の権利すら否定しかねない。共和派の思うつぼよ。私は急いでレオに告げた。

「王宮に行くわよ、レオ、準備を整えて!」
「はい! わかりました、ミサ様!」

 そうして急いで王宮内府に馬車を走らせた。

 私は王宮内府に久しぶりに戻って、選挙情勢をジャスミンにきいた。

「今、選挙はどうなっているの?」
「予想外の方向に行きました。誰でしたかね、どこかの神父が新聞で広げた、社会自由論が思わぬ状況に動きそうです。平民では共和派が勢いづき、聖職者では、半々に分かれて、教会法の改革派と、反対派に分かれております。

 貴族は我々に味方していた者も、新聞を見て青ざめてしまったようで、態度を鮮明にせず、様子見が増えてまいりました」

「これは、選挙が思わしくないわね。聖職者の団結を崩したのは成功だけど、共和派の台頭は避けなければならないし、貴族たちをこっちの味方にしないと。これでは、選挙のふたを開けてみないとわからなくなってきた」
「そうですね、不安定な状況は社会不安につながる。このままだと、宰相閣下の思惑が裏目に出てしまう可能性があります」

「ねえ、ジャスミン。新聞に書かれていた、グリース神父をここに呼んできて。彼の本心を確かめたい」
「かしこまりました」

 翌日、私は王宮の客室でグリース神父と再び会った。彼は上機嫌に言った。

「自分で、見てみなきゃ納得がいかなかったが、本当にこの国は幼女が政治を握っているんだな、王宮からのあんたへのふるまいを見て、納得せざるを得なかったよ」
「ええ、そうよ。これが私の仕事。さて、暴れん坊の神父さん。とくときかせてくれないかしら、この新聞に書かれた、あなたの本心を」

 そうしてテーブルに新聞を放り投げる。グリースは苦々しい顔で言った。

「別に俺は、真実を言ったまでよ。何も妙な事企んじゃいねえよ」
「じゃあ、何でこの新聞の記事の最後は体制批判になっているのよ。これは明らかにやりすぎだわ。これでは貴族が不安がるのも当然だし、国王すら否定されかねない。貴方は期待以上の働きをしたわ、悪い方にね」

「おいおい、怒るなよ。こういうものはちょっとばかし工夫が必要でな。自分の周りのものを批判されても、人はそいつを恐れて違うと言いたがるものだ。

 だがな、これを社会や世界と名がつくと、不思議と、みんな立ち上がってくれる。現に聖職者は教会法に反対の立場を大っぴらに言い始めた。

 これが正義という、人が無敵になるための魔法さ」
「それがやりすぎだというの。おかげで私もいらぬ仕事が増えてしまったわ」

「それはあんたの怠慢だ。本来なら当事者のあんたが正面から、この改革の意図を明らかにすべきだ。それを裏で、ふんずり返ってワインを転がしてるようじゃ、本当に世界を変えることが出来ないんじゃねえか?」

「一理あるわ。しかたない、私も動きましょう。ただし、貴方はこんなことをやらかした以上は私の要求を聞いてもらう」
「なんだい? あんたと結婚する以外なら考えてもいいぜ」

「ええ、とびっきりの条件。私の派閥と貴方たちは連携してもらうわ、嫌とは言わせないわよ」
「そう来ると思ったよ、改革は聖職者だけじゃ心もとねえ、あんた貴族の裏側にいるんだろ? 何事も今後のことを考えて、ゆっくりとあんたと話した方がよさそうだ」

「物分かりがいいわね、記事とは大違いね」
「言ったろ、俺はそんなに危険な男じゃないと。特に女にはな」

「ええ、そうでしょうとも。そうしてもらうわ」

 そう言って私は彼の手を固く握る。力いっぱい握ったつもりだけど、男にとっては蚊に刺されたようなものだろう、不敵に笑みを浮かべたグリースだった。この男、優秀だわ。私が考えていたよりずっと。

 私は首都レスターのブルーリリィ広場において演説を行うことにした。ここは、建国史に残る騎士たちが良く集まり、国の大事を語り合った場所らしい。由緒正しいこの場所を選んで、私は集まった民衆と、記者たちに演説を始めた。

「諸君、よく集まってくれた。ネーザン国宰相ミサ・エチゴである。今この場において諸君らに告げたいことがある。ある約束をしてもらいたい。それは自分たちの権利を守ることだ。

 君たちが何気ない暮らしに疑問を持つことはないだろうか。なぜそうなっているのか、そもそも、なぜ我々は王家に従っているのか。領主に従っているのか。

 よくよく考えればおかしな話だろう、しかし根本にある権利とは誰かに保証してもらわなければ、容易く失ってしまう。諸君らで喧騒がおきたとき、いったい誰が解決できるか? 諸君らが魔族に襲われたとき誰が守ってくれるのか?

 自分で戦えると堂々と言えるものは少ないだろう。我々一人一人は弱く、決して神話の大戦に出てくる騎士ではない。我々は非力なのだ。自分の権利を守れるほど強くなく、誰かに守ってもらわなければならない。

 そのため必要な物は一体何だろうか? それは国家であり、王家であり、領主である。もちろん、権力の横暴を許してはならない。だが一方で現実問題として、我々は国家に頼らなければならない。なるべく、皆、傷を深めないようにしなければ、現実的に争いは起こる。

 その時必要なのが法だ。君たちの権利が侵害されているなら、法にのっとって、権利を守るべきだ。だが、権利とは無制限に与えられるものではない。誰かが、それを仲裁しなければならない。そのために、国家、王家が必要なのだ。何も君たちを虐げるために王家があるのではない。君たちを守るために王家はあるのだ。

 君たちが今侵害されている権利、重い税は重要な問題だ。私はそれを変えるために税制改革を成し遂げようとしている。君たちは忘れないで欲しい。君たちの生活を守っているのはいったい誰か、君たちを正しく導こうとしているのは誰か。

 すべてを自由にすることは終わりのない争いの始まりだ。君たちの自由と権利を守るために国が必要だ。権力が必要だ。どうか、君たちは甘い言葉に騙されて、王家を潰すなど、領主を血祭りにあげろなど、戯言に聞く耳を貸さないで欲しい。

 君たちを守るものがいなくては、一体君たちの権利を誰が保証するのか? また、何もかも失って、火の海に町々がさらされた結果、いったい誰が得をするのか? よく考えればわかるはずだ。

 何もない。──そう、何もないのだ。国家を失い、国王を失った結果、待っているのは自由ではない。戦争だ。どうか、君たちの心の中にある忠誠心を思い出して欲しい! 現国王、ウェリントン陛下は反大陸大同盟から君たちを守ったではないか!

 なら、嘘やでまかせに惑わされてはならない。君たちの権利を守るため、三部会選挙で正しい選択をしてほしい! 私が望むものはそのたった一つだ。そのたった一つでこの国は良い方向に変わるのだ!」

「おお──!」
「ザ・カウンテス・オブ・リーガン! ザ・カウンテス・オブ・リーガン! ザ・カウンテス・オブ・リーガン!」

 民衆たちの声が響き渡る。これで貴族たちへの不安感を幾分かは払しょくできただろう。記者たちも必死に書き留めている。明日の新聞が楽しみだ。あとは選挙の結果を待つだけ。私は、国民の反応に十分な手ごたえを感じていた。
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