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世界統一編
第三十二話 大会後夜祭
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次の日、トーナメント大会の団体戦が行われた。各地方の騎士たちが集まり、わちゃわちゃとみんな馬に乗って突撃していき、槍で突き倒して、馬から落とされた騎士は徒歩で戦い、審判が致命傷の打撃として、有効だと判断すれば、捕虜にしたりして、相手から馬を奪ったり、身代金を取ったりする。
ウェリントンはそれを見て楽しんでいる。私の心はそれどころじゃなかった。キス……、彼とキスしたのだ。私は彼の大切な女だと分かったとき、胸が熱くなり、熱病にうなされるように、恋で頭がいっぱいだった。
ウェリントン、ウェリントン……。彼が私に好意を寄せているのはわかっていた、でも私は幼女で、宰相だ。一人の女性ではなく、親しみのある兄妹みたいなものだと思っていた。でも、彼の本当の気持ちを知ってしまった以上、私はもう、彼しか見えなかった。
笑っているウェリントン、怒っているウェリントン、すねているウェリントン、悲しそうにしているウェリントン。ウェリントン、ウェリントン……。
私の中は彼のことでいっぱいで、大会に観客として参加しても、彼以外何も目に入らなかった。それを見た、メアリーは変に思って、私に様子をうかがう。
「どうしたの? ミサ」
「ええ……」
「あっ、ホワイトベリー騎士団が勝ったよ」
「ええ……」
「退屈なの……?」
「ええ……」
「あっ、でも観ているってことは、興味はあるんでしょ?」
「ええ……」
「なーにそれ」
「ええ……」
メアリーは私の視線をたどったようで、王の席に目を向けた。そして、
「ウェリントンと何かあったなこりゃ……」
と言ったので、私は、
「ええ……」
と思わず返事した。彼とキスをした後、少し軽く私も酒を飲んで、彼の夢の話を聞いた。この国をどうしたいかという、恋の物語ではなかった。でもそれでもよかった、彼の言葉が聞けるだけで楽しかった、嬉しかった。お互いの気持ちが通じ合っているのだから……。
大会が終わり、私は祝辞を読んだが、それはあらかじめ作成された文章を読み上げただけで、何を読んだかは頭に入っていない。私の頭の中は彼でいっぱいだった。
そして後夜祭、晩餐会が始まった。
その準備のとき、私はじっと鏡の中の自分を見ていた。磨かれた鏡に映るのは幼女の姿の私。女とは程遠い姿に、彼の前に顔を出すのが恥ずかしくなってしまった。彼は大人の男だ、彼にふさわしい女じゃないと、嫌われちゃう……。
私は前、この世界で取り寄せた、化粧品を持ってくる。少しでも彼に見合うようにきれいでいなくちゃ……。
死ぬ前、年老いた私は化粧すらまともにしなくなっていた。誰も私を見てくれなかったからだ。でもこの世界には私を見てくれる人がいる、そう、ウェリントンが……。私は紅を差し、似合わない姿に苦笑しながらも、少しでも綺麗になれたことに喜びを感じた。
こんな時間は久しぶりだ、中学生のころ、好きな野球部の先輩に私を見てもらいたくて、友達に聞いたり、雑誌で読んだりして、下手くそな化粧をしていた。でも結局彼は私を見てくれなかった。
年齢を重ねるごとに、化粧はうまくなったけど、逆に誰も私を見なくなっていった。
今度は失敗しないように、丁寧におしろいをぬって、香水をつけたり、髪に潤いをもたらすために植物油を軽くつける。よし、あまり似合っていないけど彼にふさわしい顔が整った。彼はどんな顔をするだろうか、喜んでくれるかな、きっとそう、気持ちは通じ合っているんだから……。
会場に私が入るとみんな驚いた様子で、私の顔を見ていた。その様子は何か微妙だったけど、それでも別に構わない、私が見て欲しい相手はウェリントンだけだから……。
会場にいたメアリーが私に気づいたようで、こっちに話しかけてきた。
「はろー。ずいぶん可愛くなってるじゃない、どうしたのかしら?」
「……うん、ちょっと……」
「ふふ、それはレディーに失礼だったね、綺麗だよ、ミサ」
「ありがとう、メアリー」
彼女の言葉に照れながらも、お互い笑いあった。褒められて嬉しい、でももっと嬉しいことがこれから待っているのだ。私は彼の言葉を楽しみで焦がれていた。それを察したのか気を利かせて、メアリーは笑顔で言った。
「ほら、あそこにウェリントンがいるよ。行ってきなさい、私が付いていってあげるから」
「ありがとう、大好きだよ、メアリー」
私はウェリントンの方に向かった。彼は他の貴族と話をしていて、貴族がこちらを向いてちょっと驚いたようなので、彼も気づいてこっちに向いた。どんな反応をするだろうか……。胸が張り裂けそうだった、高鳴る鼓動、でも彼は少し変な表情をしただけだった。
ど、どうしたんだろう……。もしかして化粧に失敗したのかな……。途端、怖くなった。会場から逃げ出したい気分になった。と、とりあえず彼に挨拶しないと。
「……宰相、ミサです、ご機嫌麗しゅう」
「ん! 昨日のトーナメントはどうだった? 面白かったな!」
「え、え……と」
「ん、どうした?」
「い、いえ、大層盛り上がりましたね……」
「ん、そうであろう、そうであろう。お前もよくこの大会の準備に精を出してくれた。王として嬉しく思う」
「はっ……、ありがたき幸せ……」
え? え? どういうこと、どういうこと。彼、焦らしているのかな……? そうだきっと、そう!
私が何を言っていいかわからず、どぎまぎしていると、メアリーが助け船を出してくれた。
「あら、ウェリントン、ミサにかける言葉はそれだけかしら?」
「姉上、何を言ってるんだ?」
「ほら、よーく見なさい、ミサの顔を」
「ん? ん、よく見ると化粧しているな」
えっ……、それだけ!? それだけなの! ま、まあ、あんまそういうことに興味なさそうなウェリントンだけど、流石にその反応はがっかりだった。私がショックを受けていると、メアリーが逆にいらだってきたようで、彼を少しずつ追い詰めるよう言い始めた。
「そういえばさあ、ジャウストの試合が終わった後、ミサがどっか消えたけど、貴方知らない?」
「ん? 私の部屋にいたぞ」
ちょ、ちょっと、そんなはっきり言わないでよウェリントン! 照れるじゃない、馬鹿……。それを聞いたメアリーは嬉しそうに彼に尋問する。
「でさあ、そのあと、ミサの様子が変だったんだけど、あんた知らない?」
「知らん」
は? え? キス……したんだけど、え? 照れてるのかな、彼。そうだ! きっとそうだよ! そうじゃなきゃ、変だよ! 私の気持ちに反して、メアリーは半ギレぎみにウェリントンに問い正す。
「知らないわけないでしょ、男の責任ってものがあるし、王家のことに関わるからきっちりいいなさいよ」
「と言われてもなあ、姉上。私はあの時酒に酔っていたからな、記憶がないのだ──」
え? えええええええぇ────! ちょっと待って、ちょっと待って! 記憶にない! 私のファーストキスなんだけど! て、それじゃあ、私が勝手に舞い上がっていただけってこと!? うわ──っ!
それ、きつい! きついよ! ウェリントン、ああ……もう! なんだか、自分が恥ずかしくなってきた。ばっちり化粧までして、これって私の一人芝居ってこと!? もう、やだ、この天然王……。
私がざっくり胸を切り刻まれて、涙が出てきそうになってしまい、逃げだしたくなっていたのに、それをウェリントンはけろっとした顔でこう言い放った。
「どうしたのだ、ミサ?」
「……う! うわあああああああん、ウェリントンのバカ────!」
そう言ってメアリーの制止も振り切り、泣きながらこの場から逃げ出した。うああああ、もうやだ──!
途中ジェラードが私の異変に気付いて話しかけてきた。
「どうしたのだ、ミサ! 化粧までして、泣いているではないか!」
「うわああああぁ──ん! もとはと言えばジェラードの悪ノリのせいだよ! ジェラードのバカ、おたんこナス────!」
「はあ?」
彼は不思議な顔をして驚いていたけど、私の心はそれどころじゃない、早く控室で泣きじゃくりたかった。
私は控室に戻り、ひたすら泣いていた。私のファーストキス……! ひどいよ! ひどいよ! ウェリントン!
大声で泣いていると、ドアを叩く音がする、私が反応しないのを感じると、どうやらメアリーのようで、強引に控室に、メアリーは入ってきた。
「ミサ! 大丈夫!」
「──メ、メアリー! うわああぁあん!」
私はメアリーの柔らかい胸で泣いた。彼女は優しく、「よしよし、辛かったね、悔しいね」と言って私の頭をなでてくれる。こんな時の女の友情ほど温かいものはない。私は彼女に慰めてもらった後、少し落ち着いた。
そしてメアリーは優しく言った。
「よかったらミサ、私に全部話してみない。誰かに言ってみるとすっきりするよ?」
「うう、メアリー、ありがとう……。実はね……」
そしてウェリントンとの触れ合いと、ジャウストの後のことを全部洗いざらい吐いた。それを聞いてメアリーは笑い出した。
「ははは、ウェリントンってバカねえ、あの童貞、アホだわ! あははは」
「笑い事じゃないし、彼の悪口言わないでよ、もう!」
「ごめんごめん、お詫びに、ウェリントンの秘密を教えてあげる」
「え……、な、なに……?」
「ウェリントンのファーストキス、誰だと思う?」
「ええええ、誰、誰なの!」
「わ・た・し」
「ええ──!?」
ええっ、そうなの!? 意外、あ、でもこの世界、家族では割とキスするし当然かな……。
「実はね、ウェリントンがね、好きな娘いたの。で、キスの仕方がわからないとか言い出してね、じゃあ、私が相手してあげるって、言ったんだよ。で、したの」
「ええ、そうなんだ、でも、結構、素敵な話」
「もっと素敵な話があって、私のファーストキスもウェリントン。うふふ」
「ええ──! 嘘──! そうなんだ!」
「でもそれに比べたら、貴女のファーストキスはロマンチックじゃない、大人の男と少女の夢物語。あいつが覚えていなかったけど、ドキドキ出来たでしょ。いい思い出になったでしょ。
王様とワインを転がしながら良いムードの中でファーストキス。素敵じゃない?」
「た、確かにそうかも……」
メアリーの言う通り、ドキドキできたのは楽しかったし、今はそんな気分にはなれないけど、後で思い返すと、いい思い出になったかも。変なキスではなかったし……。私、異世界に来てよかった……。
イケメンの若い王様とファーストキス、絶対日本にいては味わえないからね。こんなこと。私が納得して落ち着くと、メアリーは優しく声をかける。
「だからね、許してあげなさい、あいつバカだから。これも恋の一つ、恋の第一歩、ね?」
「……うん、わかった、そうする……」
そうしてメアリーは私を抱きしめる。そして頭をなでてくれた。
「よしよし、えらい娘」
優しくしてくれた後、メアリーは立ち上がった。
「でもね、私はこれだけじゃ気が済まないからね、びしって言ってあげる、ウェリントンに! あいつには言わなきゃいけないことがたくさんあるんだから」
「や、やめてよ、そんなこと……」
「大丈夫、だいじょーぶ。うまくやるから。じゃあ、結果楽しみにしててねー。シーユー」
そう言ってメアリーは部屋から出ていった。メアリーは本当にいい子だなあ、ウェリントンやジェラードに会えたのも嬉しいけど、メアリーに出会えたのも嬉しかった。あんないい娘、初めてだよ生きていた中で。
そのあと彼との想い出にひたりながらちびちびとワインを飲んでいた。するとノックの音がした。私が「はーい」と答えると「私だ」とウェリントンの声だ。だから、急いでドアを開けて彼を迎えた。
「へ、陛下……」
「ああ、良かった、もう、泣いておらぬのだな。安心した」
どうやら心配してきてくれたらしい。私はそれが素直に嬉しかった。
「あ、あの……申し訳ありません、陛下に失礼なことを申し上げて、顔の上げようもございません」
「いや、謝るのは私の方だ、メアリー姉上から聞いた、詳しくは話してはくれなかったが、どうやら酔った勢いでお前に失礼なことをしてしまったらしい。心から謝らせてもらう。すまない……!」
そう言って軽く頭を下げて、私に許しを請う。
「そ、そんなもったいない。私が勝手に思い込んだだけで……」
「こういうけじめは必要だ。私はお前に嫌われたくない、お前があって私があるのだ。許してくれ、ミサ……」
「陛下……」
そしてほんのちょっと彼にかける言葉を考えた後、私は口を開く。
「陛下、私は嬉しいです。陛下がそんなにも私を必要としてくれているなんて。謝るとかそういうことより、貴方の気持ちが心から嬉しいです……」
「ミサ……」
彼は顔を上げて私を抱きしめてくれた。嬉しい……。この世界に来てよかった……。二人の時間が長く続くように、私は彼を部屋に招き入れる。
「私、陛下のことがもっと知りたいです。この国への考えとか、生い立ちとか、友達の話とか、お酒を飲みながら……」
「わかった、だがしかし、酒は控えよう、またお前に嫌われたくないからな」
彼がそう言った後、私たちは笑いあった。そして夢のような彼との時間をすごした。
今回はきちんとしたキスじゃなかったけど、次は貴方の本気の気持ちを込めて、私の唇を奪ってくださいね。愛しの我が王、ウェリントン……。
ウェリントンはそれを見て楽しんでいる。私の心はそれどころじゃなかった。キス……、彼とキスしたのだ。私は彼の大切な女だと分かったとき、胸が熱くなり、熱病にうなされるように、恋で頭がいっぱいだった。
ウェリントン、ウェリントン……。彼が私に好意を寄せているのはわかっていた、でも私は幼女で、宰相だ。一人の女性ではなく、親しみのある兄妹みたいなものだと思っていた。でも、彼の本当の気持ちを知ってしまった以上、私はもう、彼しか見えなかった。
笑っているウェリントン、怒っているウェリントン、すねているウェリントン、悲しそうにしているウェリントン。ウェリントン、ウェリントン……。
私の中は彼のことでいっぱいで、大会に観客として参加しても、彼以外何も目に入らなかった。それを見た、メアリーは変に思って、私に様子をうかがう。
「どうしたの? ミサ」
「ええ……」
「あっ、ホワイトベリー騎士団が勝ったよ」
「ええ……」
「退屈なの……?」
「ええ……」
「あっ、でも観ているってことは、興味はあるんでしょ?」
「ええ……」
「なーにそれ」
「ええ……」
メアリーは私の視線をたどったようで、王の席に目を向けた。そして、
「ウェリントンと何かあったなこりゃ……」
と言ったので、私は、
「ええ……」
と思わず返事した。彼とキスをした後、少し軽く私も酒を飲んで、彼の夢の話を聞いた。この国をどうしたいかという、恋の物語ではなかった。でもそれでもよかった、彼の言葉が聞けるだけで楽しかった、嬉しかった。お互いの気持ちが通じ合っているのだから……。
大会が終わり、私は祝辞を読んだが、それはあらかじめ作成された文章を読み上げただけで、何を読んだかは頭に入っていない。私の頭の中は彼でいっぱいだった。
そして後夜祭、晩餐会が始まった。
その準備のとき、私はじっと鏡の中の自分を見ていた。磨かれた鏡に映るのは幼女の姿の私。女とは程遠い姿に、彼の前に顔を出すのが恥ずかしくなってしまった。彼は大人の男だ、彼にふさわしい女じゃないと、嫌われちゃう……。
私は前、この世界で取り寄せた、化粧品を持ってくる。少しでも彼に見合うようにきれいでいなくちゃ……。
死ぬ前、年老いた私は化粧すらまともにしなくなっていた。誰も私を見てくれなかったからだ。でもこの世界には私を見てくれる人がいる、そう、ウェリントンが……。私は紅を差し、似合わない姿に苦笑しながらも、少しでも綺麗になれたことに喜びを感じた。
こんな時間は久しぶりだ、中学生のころ、好きな野球部の先輩に私を見てもらいたくて、友達に聞いたり、雑誌で読んだりして、下手くそな化粧をしていた。でも結局彼は私を見てくれなかった。
年齢を重ねるごとに、化粧はうまくなったけど、逆に誰も私を見なくなっていった。
今度は失敗しないように、丁寧におしろいをぬって、香水をつけたり、髪に潤いをもたらすために植物油を軽くつける。よし、あまり似合っていないけど彼にふさわしい顔が整った。彼はどんな顔をするだろうか、喜んでくれるかな、きっとそう、気持ちは通じ合っているんだから……。
会場に私が入るとみんな驚いた様子で、私の顔を見ていた。その様子は何か微妙だったけど、それでも別に構わない、私が見て欲しい相手はウェリントンだけだから……。
会場にいたメアリーが私に気づいたようで、こっちに話しかけてきた。
「はろー。ずいぶん可愛くなってるじゃない、どうしたのかしら?」
「……うん、ちょっと……」
「ふふ、それはレディーに失礼だったね、綺麗だよ、ミサ」
「ありがとう、メアリー」
彼女の言葉に照れながらも、お互い笑いあった。褒められて嬉しい、でももっと嬉しいことがこれから待っているのだ。私は彼の言葉を楽しみで焦がれていた。それを察したのか気を利かせて、メアリーは笑顔で言った。
「ほら、あそこにウェリントンがいるよ。行ってきなさい、私が付いていってあげるから」
「ありがとう、大好きだよ、メアリー」
私はウェリントンの方に向かった。彼は他の貴族と話をしていて、貴族がこちらを向いてちょっと驚いたようなので、彼も気づいてこっちに向いた。どんな反応をするだろうか……。胸が張り裂けそうだった、高鳴る鼓動、でも彼は少し変な表情をしただけだった。
ど、どうしたんだろう……。もしかして化粧に失敗したのかな……。途端、怖くなった。会場から逃げ出したい気分になった。と、とりあえず彼に挨拶しないと。
「……宰相、ミサです、ご機嫌麗しゅう」
「ん! 昨日のトーナメントはどうだった? 面白かったな!」
「え、え……と」
「ん、どうした?」
「い、いえ、大層盛り上がりましたね……」
「ん、そうであろう、そうであろう。お前もよくこの大会の準備に精を出してくれた。王として嬉しく思う」
「はっ……、ありがたき幸せ……」
え? え? どういうこと、どういうこと。彼、焦らしているのかな……? そうだきっと、そう!
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「あら、ウェリントン、ミサにかける言葉はそれだけかしら?」
「姉上、何を言ってるんだ?」
「ほら、よーく見なさい、ミサの顔を」
「ん? ん、よく見ると化粧しているな」
えっ……、それだけ!? それだけなの! ま、まあ、あんまそういうことに興味なさそうなウェリントンだけど、流石にその反応はがっかりだった。私がショックを受けていると、メアリーが逆にいらだってきたようで、彼を少しずつ追い詰めるよう言い始めた。
「そういえばさあ、ジャウストの試合が終わった後、ミサがどっか消えたけど、貴方知らない?」
「ん? 私の部屋にいたぞ」
ちょ、ちょっと、そんなはっきり言わないでよウェリントン! 照れるじゃない、馬鹿……。それを聞いたメアリーは嬉しそうに彼に尋問する。
「でさあ、そのあと、ミサの様子が変だったんだけど、あんた知らない?」
「知らん」
は? え? キス……したんだけど、え? 照れてるのかな、彼。そうだ! きっとそうだよ! そうじゃなきゃ、変だよ! 私の気持ちに反して、メアリーは半ギレぎみにウェリントンに問い正す。
「知らないわけないでしょ、男の責任ってものがあるし、王家のことに関わるからきっちりいいなさいよ」
「と言われてもなあ、姉上。私はあの時酒に酔っていたからな、記憶がないのだ──」
え? えええええええぇ────! ちょっと待って、ちょっと待って! 記憶にない! 私のファーストキスなんだけど! て、それじゃあ、私が勝手に舞い上がっていただけってこと!? うわ──っ!
それ、きつい! きついよ! ウェリントン、ああ……もう! なんだか、自分が恥ずかしくなってきた。ばっちり化粧までして、これって私の一人芝居ってこと!? もう、やだ、この天然王……。
私がざっくり胸を切り刻まれて、涙が出てきそうになってしまい、逃げだしたくなっていたのに、それをウェリントンはけろっとした顔でこう言い放った。
「どうしたのだ、ミサ?」
「……う! うわあああああああん、ウェリントンのバカ────!」
そう言ってメアリーの制止も振り切り、泣きながらこの場から逃げ出した。うああああ、もうやだ──!
途中ジェラードが私の異変に気付いて話しかけてきた。
「どうしたのだ、ミサ! 化粧までして、泣いているではないか!」
「うわああああぁ──ん! もとはと言えばジェラードの悪ノリのせいだよ! ジェラードのバカ、おたんこナス────!」
「はあ?」
彼は不思議な顔をして驚いていたけど、私の心はそれどころじゃない、早く控室で泣きじゃくりたかった。
私は控室に戻り、ひたすら泣いていた。私のファーストキス……! ひどいよ! ひどいよ! ウェリントン!
大声で泣いていると、ドアを叩く音がする、私が反応しないのを感じると、どうやらメアリーのようで、強引に控室に、メアリーは入ってきた。
「ミサ! 大丈夫!」
「──メ、メアリー! うわああぁあん!」
私はメアリーの柔らかい胸で泣いた。彼女は優しく、「よしよし、辛かったね、悔しいね」と言って私の頭をなでてくれる。こんな時の女の友情ほど温かいものはない。私は彼女に慰めてもらった後、少し落ち着いた。
そしてメアリーは優しく言った。
「よかったらミサ、私に全部話してみない。誰かに言ってみるとすっきりするよ?」
「うう、メアリー、ありがとう……。実はね……」
そしてウェリントンとの触れ合いと、ジャウストの後のことを全部洗いざらい吐いた。それを聞いてメアリーは笑い出した。
「ははは、ウェリントンってバカねえ、あの童貞、アホだわ! あははは」
「笑い事じゃないし、彼の悪口言わないでよ、もう!」
「ごめんごめん、お詫びに、ウェリントンの秘密を教えてあげる」
「え……、な、なに……?」
「ウェリントンのファーストキス、誰だと思う?」
「ええええ、誰、誰なの!」
「わ・た・し」
「ええ──!?」
ええっ、そうなの!? 意外、あ、でもこの世界、家族では割とキスするし当然かな……。
「実はね、ウェリントンがね、好きな娘いたの。で、キスの仕方がわからないとか言い出してね、じゃあ、私が相手してあげるって、言ったんだよ。で、したの」
「ええ、そうなんだ、でも、結構、素敵な話」
「もっと素敵な話があって、私のファーストキスもウェリントン。うふふ」
「ええ──! 嘘──! そうなんだ!」
「でもそれに比べたら、貴女のファーストキスはロマンチックじゃない、大人の男と少女の夢物語。あいつが覚えていなかったけど、ドキドキ出来たでしょ。いい思い出になったでしょ。
王様とワインを転がしながら良いムードの中でファーストキス。素敵じゃない?」
「た、確かにそうかも……」
メアリーの言う通り、ドキドキできたのは楽しかったし、今はそんな気分にはなれないけど、後で思い返すと、いい思い出になったかも。変なキスではなかったし……。私、異世界に来てよかった……。
イケメンの若い王様とファーストキス、絶対日本にいては味わえないからね。こんなこと。私が納得して落ち着くと、メアリーは優しく声をかける。
「だからね、許してあげなさい、あいつバカだから。これも恋の一つ、恋の第一歩、ね?」
「……うん、わかった、そうする……」
そうしてメアリーは私を抱きしめる。そして頭をなでてくれた。
「よしよし、えらい娘」
優しくしてくれた後、メアリーは立ち上がった。
「でもね、私はこれだけじゃ気が済まないからね、びしって言ってあげる、ウェリントンに! あいつには言わなきゃいけないことがたくさんあるんだから」
「や、やめてよ、そんなこと……」
「大丈夫、だいじょーぶ。うまくやるから。じゃあ、結果楽しみにしててねー。シーユー」
そう言ってメアリーは部屋から出ていった。メアリーは本当にいい子だなあ、ウェリントンやジェラードに会えたのも嬉しいけど、メアリーに出会えたのも嬉しかった。あんないい娘、初めてだよ生きていた中で。
そのあと彼との想い出にひたりながらちびちびとワインを飲んでいた。するとノックの音がした。私が「はーい」と答えると「私だ」とウェリントンの声だ。だから、急いでドアを開けて彼を迎えた。
「へ、陛下……」
「ああ、良かった、もう、泣いておらぬのだな。安心した」
どうやら心配してきてくれたらしい。私はそれが素直に嬉しかった。
「あ、あの……申し訳ありません、陛下に失礼なことを申し上げて、顔の上げようもございません」
「いや、謝るのは私の方だ、メアリー姉上から聞いた、詳しくは話してはくれなかったが、どうやら酔った勢いでお前に失礼なことをしてしまったらしい。心から謝らせてもらう。すまない……!」
そう言って軽く頭を下げて、私に許しを請う。
「そ、そんなもったいない。私が勝手に思い込んだだけで……」
「こういうけじめは必要だ。私はお前に嫌われたくない、お前があって私があるのだ。許してくれ、ミサ……」
「陛下……」
そしてほんのちょっと彼にかける言葉を考えた後、私は口を開く。
「陛下、私は嬉しいです。陛下がそんなにも私を必要としてくれているなんて。謝るとかそういうことより、貴方の気持ちが心から嬉しいです……」
「ミサ……」
彼は顔を上げて私を抱きしめてくれた。嬉しい……。この世界に来てよかった……。二人の時間が長く続くように、私は彼を部屋に招き入れる。
「私、陛下のことがもっと知りたいです。この国への考えとか、生い立ちとか、友達の話とか、お酒を飲みながら……」
「わかった、だがしかし、酒は控えよう、またお前に嫌われたくないからな」
彼がそう言った後、私たちは笑いあった。そして夢のような彼との時間をすごした。
今回はきちんとしたキスじゃなかったけど、次は貴方の本気の気持ちを込めて、私の唇を奪ってくださいね。愛しの我が王、ウェリントン……。
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