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狂人と言われる所以
しおりを挟むいつもと変わらない日を過ごし、久しぶりにミルが夜に来訪した時。
「あの、実は1、2か月ほど王宮を離れることになりまして。」
絶望の宣告をされた。
「え、え、何で!?ミルは僕の護衛なんだよね?」
護衛が対象から離れるとは何事だ。断じて許さない。
「それが、母がもうすぐお産なんですが父が足を骨折してしまいまして。両祖父母も高齢で体にガタがきてますし、兄や姉たちは遠方に留学と遠征でおらず、もう僕しかいないと文が届き、陛下に相談させてもらったんです。」
「それは仕方ないね。しっかり新しい命のために働くんだよ。」
お産?新しく獣人の子が生まれる?それは何よりの優先事項だ。ぜひ行きたまえ。何なら僕も行きたい。だって獣人の赤ちゃん!子どもでさえあんなに可愛かったんだ。赤ん坊となると更に可愛いに違いない。見たい。切実に見たい。ミルの言葉に間髪入れず返した僕の返答に、
「ありがとうございます。恐らく、僕の代わりに護衛が付くとは思うんですが、騎士団の人だと聞きました。もう僕はニアノール様が獣人嫌いとは信じてませんが、他の人は重々視界に入らないように言われています。」
配置をどうするかと聞かれた。
「……視界に入らない位置での護衛で頼むよ。」
さすがに騎士団の人が契約を結びましょうなんて、都合良く言ってくれるはずがない。
そもそも、騎士団とは国がために仕える戦闘集団。陛下への絶対的な忠誠を持つ者が、僕のことを知って報告しない訳がない。非常に危険だ。そうなると、近くで護衛されるのは僕にとって都合が悪いのだ。
そしてもう一つ。騎士団の人が近くにいれば僕はお手入れがしたくて仕方なくなる。毛並みに無頓着な印象を持った騎士団だ。つまり、ブラッシングのし甲斐がある者の集まりが騎士団だ。そんな者が近くに来てみろ。僕は無意識でも近寄ってしまう自覚がある。
「騎士団はいけません。絶対にニアノール様に近付かないようにして下さい。」
見に行った一件を知っているアルエードは真剣な顔でそう言い放った。
「はい。ではそう伝えておきます。」
じゃあしばらくミルはいないのか……。
しゅんとしてミルを上目遣いで見上げ、寂しいですアピールをする僕に、ミルの顔がどんどん赤くなった。
「あ、あの。お産が終われば戻ってきますので……。」
お産はしっかり立ち会ってきなさい。僕の分までしっかりね。
僕はミルをソファに促し、これから獣愛の禁欲生活が待っていることをふまえ、ミルを触り愛で倒したのだった。
――――――――――――
……はぁ。
ミルがいなくなり、陛下が夜訪れることはあるがやはり僕から触ることはできず。どんどんと触れられないストレスが溜まってきていた。
「ニアノール様。頼みますから辛抱して下さいね?ね?まだ1週間じゃないですか。頼みますから大人しくしてて下さいね?」
うるさい侍従である。ならば獣耳を生やしてこい。話はそれからだ。
僕はアルエードにミルがいなくなってから、毎日のように我慢だ忍耐だと言われ続けている。僕は待てができない動物だとでも思われているのだろうか。
「分かってるよ。アルエード、偶然に獣人と会って囲い込むにはどうしたらいいと思う?」
「何も分かってらっしゃらなかった!」
発言を間違えたが後の祭り。そこからはもう口酸っぱくなるぐらい、何度も何度も何度も同じことを言われ続け、最後は泣きながら懇願されてしまった。僕はもうそれにすら疲れて、アルエードに背を向け、唯一持参したケースを開けた。これには魔術が付与されており、見た目以上に物が収納できるようになっていた。鍵が付いている部分を開け、綺麗に並ぶ中の瓶を取り出し、磨き始める。これをすると、気持ち的に落ち着くのだ。
「……坊ちゃんのコレクション、いつ見ても凄まじいですね。」
全ての瓶には、それぞれ色んな物が入っている。それぞれ飼っていたものたちの、落としたヒゲ、切った爪、換毛期で抜けた毛、他にも色々と。この瓶には永久的に時間が止まるようにと魔術が付与されているし、中の物が朽ちることはない。
あぁ、可愛い。あの子たちを形作り、生きるための役割を持ってくれていたものたち。うっとりと瓶たちを眺める僕に、
「……狂人って言い得て妙ですよねぇ。」
少し引き気味に言ったアルエードに僕は首を傾げたのだった。
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