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 この世界のことを何も知らない自分がいきなり森にいるのはおかしいが、異世界から転移してきたと素直に説明するのもどうかと思ったので、急造ではあるが、気づいたら森で寝ていて、記憶喪失になっていたことにしておいた。

 血まみれで記憶喪失の怪しい人間に、いきなり話しかけられる相手の事などお構い無しのクレイジー設定である。

 この男性はエミルさんというらしく、ここから15km程歩いた先にある、人口200人程度の小さな村の住人らしい。

「エミルさん、俺村で何か食事を取ったり休むことって出来ますかね? 少しならお金もあるんですが。」
「困ってるみたいだし、一緒に行ってあげるよ。」
「ありがとうございます。ミドルハウンドも歩けば棒に当たるって気分ですよ!」
「あー、ギャグはつまらないけど、とりあえずは村長の家に行ってみようか。」

 女神が言った通り、俺のギャグはつまらないみたいだ。

 エミルさんに案内してもらって、俺は村に着いた。

 ジョール村といって、畜産と畑から取れる作物で自給自足の生活を送っているらしい。

 森に近い立地からか、村のほとんどの住宅がログハウスのような家だった。

 なんだか凄い顔でこちらを見ている人がたくさんいるけど、俺が血まみれなせいだろう。

 ちなみに、俺の名前だけど黒川 夜じゃおかしい気がするから、エミルさんに合わせてヨールと名乗っておいた。

 この村ではお金を稼ぐ方法や、近くの街なんかの情報を手に入れたいところだ。

 しかし、まずは碌な物を食べていないし、睡眠不足と長時間気を張り詰めて歩き続けたせいでヘトヘトだ。食事と休息を取りたい。

「しかしヨール、夜のラカンの森で一人さ迷っていたなんて、灯りも無しによく生きていられたな。実は相当に強いのかな? まあいい、これから村長の家へ行こうと思うんだが、みんなの視線が痛い。井戸でそれ(血)、落としてくれるか?」

(あそこはラカンの森っていうのか)

 あの悪魔が、街から近い安全な場所って言うから、てっきり林くらいの広さだと思っていたけれど、俺が歩いた距離から考えたら相当に広いぞ。

 たまたまエミルさんに出会えたおかげで、こうやって村に辿り着いたけれど、闇属性の効果で夜目が効かなかったら、夜間にモンスターに襲われた時に人生が終わっていた可能性がある。

 この世界の知識も無いので、何が食べられるのかも分からない、餓死の恐れもあったはずだ。自分が今生きているのは幸運であったのだと肩を落とし、浮かない気分でエミルさんに井戸から汲んでもらった綺麗な水で汚れを洗い流した。

「なんだヨール、元気が無いな?」
「いえ、エミルさんに出会わなければ、あのまま死んでしまっていたかもしれないと思うとちょっと……。」

 エミルさんに肩を組まれ、慰められながら村の奥へ進むと、少し大きなログハウスがあった。

 エミルさんはとてもいい人みたいだ。自分でお金を稼げるようになったら精一杯の恩返しをしよう!

「エミルだ! ジョール村長はいるかー!」

 大きなログハウスの玄関でエミルさんが叫ぶ。

 すると、60歳は過ぎているであろう、少し薄くなった白髪に、長い白髭を貯えた老人が出てきた。
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