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走馬灯が浮かんでくる

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「御武運を!」

 剣と盾を持ってきた騎士が深々と頭を下げた。
 俺の両腕はだらりと下がった。
 ボクサーがノーガードで相手を挑発しているような体勢だ。

 ミノタウロスがまだ暴れ回っているというのに、みんな俺の方を向いて右手を天に突き挙げている。
 殴り飛ばされて宙を飛んでいる奴まで俺を応援している。

「ささ、ユートルディス殿。出陣ですぞ!」

 押すな押すなクソジジイ!
 マジで死ぬってあんな化け物。
 俺は生まれてから一度も喧嘩をした事が無いし、口論すら避けてきた人畜無害な人間なんだぞ?
 
「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

コメ:お、おい。流石にマズくないか?
コメ:死ぬやつだろこれ……。
コメ:調子に乗った俺達が悪かった! マネチャするからリセットしろ!
コメ:ワクワク!
コメ:ごめん、俺配信閉じる。

 場の雰囲気に流されて、勝手に足が前に進んでしまう。
 戦場におもむいた兵士は、こんな感じで死んでしまうのだろう。
 あぁ、ミノタウロスまであと半分くらいの距離まで来てしまった。
 近づけば近づくほど化け物の巨大さが分かる。
 死刑台に向かう囚人てのはこんな気持ちなんだろうか。

 視聴者数が五千人を突破していた。
 死肉にたかろうとハゲワシが集まってきたようだ。
 ハゲといえば、ランデルは何をしているのだろうか。

 後ろを振り向き、うるんだ目でランデルに助けを求めてみたが、ランデルは大剣を地面に突き刺し、全力でユートルディスコールに混ざっていた。

 危なくなったら助けに来てくれるよな?
 信じてるからな?
 そのうなずきは何を意味してるんだ?
 ちゃんと助けてくれよランデル!

コメ:いや、マジで何してんの?
コメ:もう見てられない。
コメ:また馬鹿な新人キャスターが死ぬな。
コメ:誰か何とか出来ないの?
コメ:他人の配信の邪魔したらワーキャスの規約違反で永久追放だし、座標指定して助けに行ってもハズレスキル引いたら一緒に死ぬだけ。

 俺は、ついにミノタウロスと対峙した。
 両手にかせをぶら下げて、目の前に迫り来る濃密な死をただ突っ立って受け入れるだけ。
 金色の鎧に身を包み、伝説の盾と剣を精一杯握りしめている一般人、それが俺だ。
 短い人生だった。

「ブモォオオオオオオオ!」

 ミノタウロスの咆哮で肌がビリビリと痺れる。
 残念な事に、俺の事を敵と認識したようだ。
 これだけ目立つ格好をしていればそうなるだろう。

コメ:危ない!
コメ:避けろ!
コメ:リセットリセット!

 ミノタウロスが巨大な右拳を大きく振りかぶる。
 驚いたことに、その絶望的な状況が目前に迫ったのにも関わらず、脳内に「あ、死んだわ」と短い言葉が浮かんだだけだった。
 全く動く様子の無い俺に血走った眼を向けた牛の怪物は、右拳をハンマーで叩きつけるかのように振り下ろした。
 ミノタウロスの拳が眼前に迫った時、世界が、時間が、まるで停止したかのように感じた。
 楽しかった思い出が、走馬灯のように浮かんでは消えていく。

 一生分の記憶を振り返っていると、何かが爆発するような轟音で目が覚めた。
 無遠慮に繰り出されたミノタウロスの拳は、俺の目の前を通過して地面を殴り付け、体が一瞬浮くほどの地響きと共に、大地が砕けて弾け飛んだのだ。
 その爆散した大地の欠片が鎧に当たって弾かれているが、衝撃は肌まで伝わっており、針で刺されたような無数の鋭い痛みを全身に感じている。

コメ:え?
コメ:は?
コメ:外した?
コメ:何が起こってる?
コメ:避けたのか?

 続いて、ミノタウロスは左のフックで横薙ぎに殴りかかってきたが、これまた俺の目の前を通過した。
 あまりの風圧に、俺は一瞬息が出来なくなった。
 竜巻に包まれたかのような突風で、顔面の皮膚が耐え切れず眼球がこぼれ落ちそうなくらい剥き出しになり、無理やり空気を吹き込まれた左頬はこれでもかと膨らみ、ブルブルと揺れている。
 誓って言うが、俺は一歩も動いていない。

「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

 今日一番の大歓声が巻き起こった。

 そういえば、城の宝物庫でのやりとりをぼんやりと思い出してきた。
 俺が身に付けている黄金の甲冑ミラージュメイルは、相手に幻影を見せる事で直撃を避けてくれる効果があるんだとか。
 しかし、ミノタウロスもそろそろ異変に気付く頃だろう。
 そして俺は、距離感を調整されて殴り殺されるだろう。
 自慢じゃないが、俺は怖くて一歩も動けない。

「皆の者、ミノタウロスにも怯まぬユートルディス殿の勇敢なる姿を見たか! 勇者の勇気を心に刻んだ者から順次突撃じゃあああああああああ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」

 ランデルの号令と共に突撃した騎馬隊が、すれ違い様にミノタウロスの両膝に長槍を突き刺した。
 踏ん張りがきかなくなり、巨体を支えられなくなった二足歩行の巨牛は、膝から崩れ落ち、砂煙を巻き上げて前のめりに倒れた。
 かろうじて二本の腕で体を支えたようだが、閃光の如き速さで駆け寄ってきたランデルの鋭い一閃がミノタウロスの首をねた。

コメ:勇太くん居なくてもよかったよねこれ?
コメ:ランデルかっこよすぎ【一万円】
コメ:何で生きてるの?【三百万円】
勇太:二十年分の記憶を遡《さかのぼ》りました。
コメ:走馬灯やんけwww
コメ:話には聞いたことあるけど、実際に起こるんだね!

「勝ち鬨|《どき》じゃああああああああああ!」

「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

 何回やんのこれ。
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