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終
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「じゃあ、今日はこれまでですかね?」
「何言ってるのI君? いい時間になったじゃない。行くわよ!」
「へ? マジで言ってます?」
「あれれ? もしかして……怖いの?」
「行きます! とことん付き合いますよ!」
男としてのちんけなプライドと、霊を見たらお客さんとの会話が盛り上がるかもしれないという損得勘定が恐怖に優ってしまう。
日に二度も同じ心霊スポットを訪れるなど聞いたことがない。そう考えると面白い経験になりそうだ……が、現在時刻は19時50分。冷静に考えると、私は何をしているのだろうか。今日は会社に泊まる事が確定した。
再び車を走らせる。
道路は嘘のように空いていて、他愛もない会話をしている内に40分かからず到着してしまった。
「うわぁ……。こんなに変わりますかね?」
「なんか寒いよね? 盛り上がってきたー!」
夜闇の中を揺れる禍々しい木々。黒く蠢く干からびる寸前の湖。その上に架かる古びた吊り橋が、星明かりでぼんやりと浮かび上がる。そして、体の底から冷えるような不思議な寒気。何か出ても違和感がないほどに恐ろしい。
美しいと感じた夕方の吊り橋だが、ここまで印象が変わるとは。
「じゃあ、行こっか!」
「……はい」
懐中電灯で足元を照らしながら進む。女性と二人きりなのに少しも楽しくない。
Aさんの話を聞いたからか、風で葉が擦れる音、虫や蛙の騒めき、足元を跳ねるバッタ、顔にぶつかる羽虫や蜘蛛の巣、そんな些細な物ですら私の感情を揺れ動かす。
「そろそろ吊り橋だよ」
「長かったですね。結構疲れました。スーツで来る場所じゃないですよここ」
足を滑らせたら下まで転がり落ちてしまいそうな細い曲がり道の途中、Tさんから終わりが近い事を知らされる。シャツが肌に張り付いて気持ち悪い。
「さっきから鳥肌が止まらないのよね。そろそろ出るかも?」
「私の肌は汗でベシャベシャですけどね。その時はカメラにバッチリ収めてみせますよ」
後ろを歩くTさんに冗談半分で返すが、彼女らしくない真剣な表情を見て血の気が引いていく。
額に滲む汗を拭いながら歩くこと数分。ついに吊り橋に到着した。
怨念が染みついたかのように黒く薄汚れた木製の橋。その両側には胸くらいの高さがある落下防止用の金網。足場は所々が破損しており、幽霊よりも板を踏み抜いてしまいそうな恐怖の方が強い。
そんな古い吊り橋が向こう岸まで続いていて……って、何だあれは?
橋の中央に何かある。赤い小さな光が点いては消え、点いては消え。蛍のようだが、光の色が違う。
「ねぇ、I君。吊り橋の真ん中にさ、誰か居ない?」
「え? あれ人ですか?」
懐中電灯の明かりを向けてみると、確かに人影がある。金網に背を預けてタバコを吸っているようだ。Tさんの反応を見るに、幽霊ではないと思われる。
「行ってみようか?」
「何かあった時に守れるほど喧嘩強くないですよ?」
「そうだよねぇ。でも、渡りたいじゃない? 吊り橋」
「まあ、そうですけど……」
全然渡りたくないが、Tさんが乗り気なので従うしかない。
最悪の場合、肉壁にしかならないだろうが、左手で金網を掴みながら私が先頭を歩く。足元が不安で、前など見れない。古い床板がみしみしと軋む。一歩進むたびに不快な揺れを感じ、三半規管が異常を訴えている。
「おうカップル! お化けでも見に来たんか?」
そうしている内に、影の正体に近付いていた。
50代くらいだろうか。黒いティーシャツ姿の浅黒く日に焼けたオジサンがタバコを吸っている。吹かした煙と共に話しかけてきた。
「こ、こんばんはぁ」
さすがTさん。物怖じせず挨拶を交わす。
「いやぁ、出るって噂だったんですけどね。暗いだけで幽霊なんて居ませんでしたよ!」
私も男だ。会話を試みる。
「あぁ、そうか。それは残念だったな。じゃあよ、俺がもっと面白いもん見せてやるよ!」
笑いながらそう言ったオジサンは、金網を乗り越えて真っ逆さまに落下していく。闇に飲まれて姿が見えなくなるまでずっと、笑顔で俺を見つめていた。
彼は待っていたのだ。幽霊より恐ろしい光景を見せるために。
「何言ってるのI君? いい時間になったじゃない。行くわよ!」
「へ? マジで言ってます?」
「あれれ? もしかして……怖いの?」
「行きます! とことん付き合いますよ!」
男としてのちんけなプライドと、霊を見たらお客さんとの会話が盛り上がるかもしれないという損得勘定が恐怖に優ってしまう。
日に二度も同じ心霊スポットを訪れるなど聞いたことがない。そう考えると面白い経験になりそうだ……が、現在時刻は19時50分。冷静に考えると、私は何をしているのだろうか。今日は会社に泊まる事が確定した。
再び車を走らせる。
道路は嘘のように空いていて、他愛もない会話をしている内に40分かからず到着してしまった。
「うわぁ……。こんなに変わりますかね?」
「なんか寒いよね? 盛り上がってきたー!」
夜闇の中を揺れる禍々しい木々。黒く蠢く干からびる寸前の湖。その上に架かる古びた吊り橋が、星明かりでぼんやりと浮かび上がる。そして、体の底から冷えるような不思議な寒気。何か出ても違和感がないほどに恐ろしい。
美しいと感じた夕方の吊り橋だが、ここまで印象が変わるとは。
「じゃあ、行こっか!」
「……はい」
懐中電灯で足元を照らしながら進む。女性と二人きりなのに少しも楽しくない。
Aさんの話を聞いたからか、風で葉が擦れる音、虫や蛙の騒めき、足元を跳ねるバッタ、顔にぶつかる羽虫や蜘蛛の巣、そんな些細な物ですら私の感情を揺れ動かす。
「そろそろ吊り橋だよ」
「長かったですね。結構疲れました。スーツで来る場所じゃないですよここ」
足を滑らせたら下まで転がり落ちてしまいそうな細い曲がり道の途中、Tさんから終わりが近い事を知らされる。シャツが肌に張り付いて気持ち悪い。
「さっきから鳥肌が止まらないのよね。そろそろ出るかも?」
「私の肌は汗でベシャベシャですけどね。その時はカメラにバッチリ収めてみせますよ」
後ろを歩くTさんに冗談半分で返すが、彼女らしくない真剣な表情を見て血の気が引いていく。
額に滲む汗を拭いながら歩くこと数分。ついに吊り橋に到着した。
怨念が染みついたかのように黒く薄汚れた木製の橋。その両側には胸くらいの高さがある落下防止用の金網。足場は所々が破損しており、幽霊よりも板を踏み抜いてしまいそうな恐怖の方が強い。
そんな古い吊り橋が向こう岸まで続いていて……って、何だあれは?
橋の中央に何かある。赤い小さな光が点いては消え、点いては消え。蛍のようだが、光の色が違う。
「ねぇ、I君。吊り橋の真ん中にさ、誰か居ない?」
「え? あれ人ですか?」
懐中電灯の明かりを向けてみると、確かに人影がある。金網に背を預けてタバコを吸っているようだ。Tさんの反応を見るに、幽霊ではないと思われる。
「行ってみようか?」
「何かあった時に守れるほど喧嘩強くないですよ?」
「そうだよねぇ。でも、渡りたいじゃない? 吊り橋」
「まあ、そうですけど……」
全然渡りたくないが、Tさんが乗り気なので従うしかない。
最悪の場合、肉壁にしかならないだろうが、左手で金網を掴みながら私が先頭を歩く。足元が不安で、前など見れない。古い床板がみしみしと軋む。一歩進むたびに不快な揺れを感じ、三半規管が異常を訴えている。
「おうカップル! お化けでも見に来たんか?」
そうしている内に、影の正体に近付いていた。
50代くらいだろうか。黒いティーシャツ姿の浅黒く日に焼けたオジサンがタバコを吸っている。吹かした煙と共に話しかけてきた。
「こ、こんばんはぁ」
さすがTさん。物怖じせず挨拶を交わす。
「いやぁ、出るって噂だったんですけどね。暗いだけで幽霊なんて居ませんでしたよ!」
私も男だ。会話を試みる。
「あぁ、そうか。それは残念だったな。じゃあよ、俺がもっと面白いもん見せてやるよ!」
笑いながらそう言ったオジサンは、金網を乗り越えて真っ逆さまに落下していく。闇に飲まれて姿が見えなくなるまでずっと、笑顔で俺を見つめていた。
彼は待っていたのだ。幽霊より恐ろしい光景を見せるために。
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