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閑話 六
ある騎士の仕事
しおりを挟む人間が集まるところなら、どんな場所でもルールを破る連中は居る。
学校なら、門限を破るとか、お菓子を持ち込むとか。
でも、より人が集まる都会のど真ん中では、もっとあくどい事をするヤツラが多い。
例えば違法な薬や武器を売りさばいたり、人殺しだったり。
多くの人は、そういうことをするヤツラは人目のつかない場所に隠れてるものだと思っている。
だが、実際はそうでもない。
都会のど真ん中、セレブが住んでいるような場所に大手を振って住んでたりする。
悪い事をする連中って言うのは金だけはあるし、金さえあればわりと色々なことが出来る。
役人に金を握らせたり、犯罪をしている証拠さえ残さなければ、綺麗な経歴の謎の金持ちにだってなれるからだ。
連中がいわゆるセレブ御用達の土地に住みたがるのには、もちろん訳がある。
そういう場所は武器の持込がしにくいし、悪そうなやつらが居るとすごく目立つ。
自分達以外のヤバイ連中が近づいてきたら、すぐに分かるわけだ。
悪い連中っていうのは大体お互いにお互いを殺したがっているから、常に安全なねぐらを欲しがってる。
お金持ちの高級官僚や商人なんかが暮らしているあたりは、セレブを気取る悪党にとって正に理想的。
あらかじめ警備の兵士なんかに金を握らせておけば、尚の事いいだろう。
相手が余程の手段に出てこない限り、安心して眠ることが出来る。
武器を持つ必要も無く、バスローブ一枚で安心してベットに入れるわけだ。
だから、どうしてもそういうヤバイヤツに会いに行きたいのであれば、そこを狙うのがオススメ。
武器を向けられる危険性も少ないし、安心しきってるからサプライズも出来る。
ただ、余程の腕が無ければ入り込む前に川や海に浮かんだり、土の下にうめられる事になるから、注意が必要だ。
その日、イルマ・バフレスはとても機嫌がよかった。
仕切っている女郎屋の売り上げもよくなっているし、武器の売買も調子がいい。
精力増強剤やそのほかの薬の売り上げも好調だ。
それもこれも、競争相手をいくつか潰す事に成功したおかげだろう。
違法な商売をさせて、そこを憲兵隊に踏み込ませる。
放っておいても徹底的に片付けてくれるし、上手くすれば末端まで勝手に潰してくれる。
最小限の労力で済むし、ハメたことがばれなければ恨まれる事も無い。
差し押さえられるはずだった商売道具やらを丸ごと頂いてしまえば、商売の手を大きく広げることだってできる。
実を言えば、今回はそれをやっていた。
商売敵は牢獄へ、持っていた縄張りと商品は自分のポケットへ。
機嫌がよくならないはずが無い。
ゆったりと風呂場で身体を伸ばしたイルマは、お気に入りの飲み物を片手に寝室へ入った。
寝室と言っても、ベッドがあるだけの部屋ではない。
豪華な家具が並ぶ、そこだけで人が五人は生活できそうな広々とした空間だ。
綺麗な白銀の髪を手櫛で整えながら、イルマは手近なソファーに腰を下ろす。
イルマの外見は、美丈夫と言って差し支えないものだ。
きつそうながら、落ち着いた佇まい。
綺麗、とでも形容されそうなその顔立ちは、見るものにある種の冷たさと、それと相反する惹き付けられるような魅力を感じさせる。
要するに、やたらと美形で、相手に好印象を与える見た目をしていると言うことだ。
イルマはガラスのボトルから、用意していたグラスへと液体を注ぐ。
とろりとした赤い液体。
良く冷やされたそれに、イルマは嬉しそうに目を細める。
「おまいさん、あいかわらずブドウジュースかよ。赤ワインとかの方がよかろうもんですぜ?」
突然響いた声に、イルマは大きく身体を跳ね上げさせた。
ランプで明るく照らされた室内を見渡せば、やたらと黒い服装の男が一人佇んでいる。
黒いズボンに黒いシャツ。
眠たげな表情が張り付くその顔立ちは、どこにでも居るような凡百なものだ。
だが、イルマに衝撃を与えるには十二分なものだった。
「ブラップリップ・スクルージ!? 元犯罪組織のお抱え殺し屋が何でこんなところにっ!」
「それ、俺が十代の頃の話だから。今は真っ当な騎士様ですぜ」
至極メンドクサソウに言いながら、プラップリップはイルマに対面になる形で腰を下ろす。
どこまでも隙だらけに見えるが、イルマはこの男が油断なら無い人物だと痛いほど知っていた。
何しろ、昔は一緒に仕事をし、同じ釜の飯を食った仲だったのだ。
「ていうか、そっちこそ大出世じゃないの。女の子ひっかけてくる担当だった小僧っ子が今は自分の手下引き連れた大物様な訳だろ?」
「ああ、まあな。そっちにも色々あっただろうが、こっちにもいろいろあったんだ」
イルマは苛立たしそうに言いながら、グラスに注いだぶどうジュースを呷った。
こう見えて、彼は下戸なのだ。
酒を受け付けない体質なのである。
「そりゃー、いろいろなきゃこんなゴリッパなトコロに住めないだろうけども。こっちも大変だったんだよ? なんか、まったく表情が動かない、化け物みたいにクソつよい、赤髪の女子にひっ捕まってさ。役に立つか死ぬか選べ、見たいな。で、今度は普通なビジュアルなのに死ぬほど強いお兄さんに、死ぬほどしごかれてさ」
「なんだそりゃ」
そういいながらも、イルマもおおよその事情は把握していた。
商売柄、情報収集は習性になっている。
どんな小さなものでも、繋ぎ合わせればびっくりするようなねたに化けたりするからだ。
それを使っての脅しや恐喝も、イルマにとっては飯の種なのである。
「ていうか、外の手下さん呼ばんでいいの? フツウまねかねざる客はたたき出されるもんですぜ」
「よくいう。何十人呼んだところで、お前一人に敵うわけないだろう」
騎士である。
この国に住む人間なら、その意味はよくよく理解している。
ましてプラップリップの魔法をよく知るイルマであれば、抵抗しようと考えるわけもない。
プラップリップがその気になれば、イルマの屋敷に居る人間全員を悲鳴も上げさせずに皆殺しにすることも簡単だろう。
それをしていないという事は、理由があるということだ。
「で? 用件は?」
「話が早くて助かるわぁー。最近さ、武器とか集めてるヤツ居ない?」
「武器を求めるやつなんていくらでも居るぞ。剣やらナイフやら、法律で禁止されてるようなヤツもな」
ハンスの国では、都市部と指定された地域で一般人が武器を携帯することは許されていない。
それこそ、ハンスの街などのド辺境ならば、持って居なければならない事もある。
だが、それ以外の場所では、人間以外の危険な生き物に出くわす事はごく少ない。
なので、所有には特別な許可と、登録が必要になるのだ。
もちろん、そういった面倒な手続きを飛ばして武器を手に入れたがるやつもいる。
そういう時は、イルマのような連中の出番になるわけだ。
「そうなんだろうけど。そういうちゃちなやつじゃなくてさ。剣とか槍とか、盾とか鎧とか、そういうの」
ハンス達が住むような土地ならば、そういったものを手に入れることは可能だ。
無ければ獣やら魔物に、食い殺される恐れがある。
まあ、そういうのを持っていても、出くわしてしまえば九割がた食われたりするわけだが。
兎も角。
人の多い都心部、まして王都であるここでは、そういったものを一般人が持つことは絶対に許されない。
単純所持だけで、場合によっては現場で斬り殺される場合もある。
製造元である鍛冶屋はやたら厳重に管理されているし、外から持ち込むのも、持ち出すのもチェックが厳しくて難しい。
「まあ、たしかに。あるよ。そういうのも。少しは俺の所でも扱ってる」
言いながら、イルマは嫌そうな顔でため息を吐く。
いくら厳しくても、見ているのは人間だ。
王都に武器を持ち込む手段というのは、皆無ではない。
一度持ち込んでしまえば人や物に紛れて隠すのは意外と簡単なので、違法武器の摘発数は毎年減っていない。
それどころか、逆に右肩上がりだったりする。
イルマのような連中の努力の結晶だ。
「ちょっとや少しじゃなくて、かなりの数だよ。五十とか六十とか」
「おいおい。そんなもん、流石の俺でもすぐにそろえられる数じゃないぞ。ごまかせる量じゃない。運ぶ方法だって無いだろう」
武器というのは、意外とかさばるものだ。
でかいから隠す方法は限られるし、量を運ぼうと思えばそれだけ目立つ事になる。
多くなれば流石に、小役人に金を握らせてごまかすなんて簡単な手段は使えない。
「ていうか、ちょっとまてよ。それだけの量ってことは、犯罪組織の小競り合いじゃすまないだろ。それこそ貴族やらなんやらの」
そこまでいって、イルマは舌打ちをした。
つまり、ブラップリップは「貴族」とかそういう、あからさまにヤバイ類の情報を集めているのだ。
王都にそれだけの武器を持ち込むなど、並みの理由ではないだろう。
ましてそれが、「犯罪組織」を使ってやらせようとしているとなれば、尚更だ。
他の貴族やら国の機関にばれないように、武器を持ち込む。
それを何に使うのかは分からないが、碌なことにならないのは確かだろう。
貴族同士のいざこざなんて、一般人にとっても犯罪者にとっても、いい迷惑でしかない。
「勘弁してくれよ。そういう情報は知ってるだけでやばいやつだろう」
「そうだね。口封じとか探られたりとかやばいかもしれないから、聞かなかったことにしたほうがいいですぜ」
「お前このっ……! いや、いや。そうだな。そういう武器をなるべく多く欲しい、って言うような仕事には気をつければいいってことか」
苛立たしそうな表情を押さえ込み、イルマは椅子に座りなおした。
その様子を見て、ブラップリップは「そういう仕事は請けていない」という意味だと判断する。
「噂とか聞かない?」
「最近、やたら長柄物を欲しがる客が増えたとは聞いてる。フツウはナイフやらが隠しやすくて人気なのに、何でそんなものをと思ってたんだが」
「色んなやつを使って買い集めさせて、実際に金を出してるのは一人ってヤツかもね。ホントに色んな人間使うと足がつきやすいから、偽名とかなんだろうけど」
「そんなところだろうな。お前の目的はその男を割り出す事か?」
イルマの質問に、ブラップリップは大きく頷く。
「そういうこと。調べろって言われたんだけど、蛇の道は蛇っていうじゃない? 聞いたほうが早いと思ってさ。まあ、知らなかったみたいだけど。これから調べるでしょ?」
「知ったからにはな。危ないものに近づかないように、それなりに調べはするさ。って、お前まさか」
「調べが付いたら教えて欲しいなぁ。悪いようにはしないですぜ?」
イルマはしばらく顔をゆがめた後、首を縦に振った。
「分かった。何か分かったら知らせる。だが、取っ掛かりが欲しい。藪を突くにしても、噛まれたくはないからな。情報が欲しい」
ブラップリップはニヤリと笑うと、手を叩いて立ち上がった。
窓のほうへと歩きながら、言葉を続ける。
「明日、ファイルを持ってくる。報酬、何がいいか考えといてね」
「分かった。現金とはいわん。ちょっとした情報を漏らしてくれれば……って、もういないのかよ」
振り返ったイルマだったが、そこには既にブラップリップの姿は無い。
イルマは髪をかき上げると、自棄のようにブドウジュースを呷った。
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