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第24話 男爵の恋は

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チャーリー・フォックスは、治める土地を持たないフォックス男爵家の嫡男として生まれた。

当時のフォックス男爵ジュードは前当主である父ゼルダが突然倒れ、引き継ぎもないままに慌ただしく爵位を継いだ。
元々フォックス男爵家は、ゼルダが起こした商会が国益に繋がるほどの功績をあげたことで男爵の地位を得たのだ。

しかも一代限りの爵位ではなく、よほどのことがなければ代々繋いでいけるもの。
かなり異例だったと思われる。

だが、ゼルダが亡くなり、ジュードが若くして当主となると、商売に足を突っ込んでいなかった彼は何も知らぬ若造だと侮られ、商売仲間に騙され、転落の一途を辿る。

ジュード夫妻は、既に娘ミーナに恵まれていた。
男の子はいないものの、転落注の立場では新たに子供を増やすわけにもいかず、ミーナに婿を迎えようと話していた。
ちゃんとその辺りは弁えていたのだけれど……
夫人が体調を崩すことが増え、夏バテだろうと思い込んでいると、実はお腹に赤ちゃんが宿っていて、チャーリーが生まれた。

ジュード夫婦にとって初めての男の子チャーリー。
事業が順調であれば、跡継ぎの誕生に喜んだはずなのだが、今は……貧乏でそんな余裕はない。

小さなチャーリーの服は、そのうちこっそりと売りに行こうと保管していたミーナが着れなくなった服や親戚からかき集めた服を着せることにした。
年離れた弟が生まれたことで、ミーナが婿を迎える未来はなくなり、彼女は成人を迎えると同時に、支援を申し出てくれた裕福な男性に嫁ぐことになった。
相手は年齢はほんの少しだけ年上で、優しい性格の男性。 
顔にうっすらとアザはあるが、顔立ちは整っていると思う。
決して、恵まれない結婚ではないのだが……

被害妄想が膨らんでいたミーナは、嫁ぐ前日ギリギリまで、弟チャーリーにきつくあたった。
「本当は私が男爵家の跡継ぎとして婿を迎えるはずだったの!私はもっともっと素敵な人と結婚できたはずなのに……私が支援と引き換えに彼に嫁ぐことになったのも、全てはあなたのせいよっ」

とんだとばっちりだ。
僕は、ただ、この男爵家に生まれただけなのに……
生まれた瞬間から姉に恨まれていたなんて……
子供の僕にどうしろっていうんだ?

チャーリーはミーナにきつくあたられていたせいで、女性が苦手になった。
少し経済状態が改善すると、ストレスを発散するかのように大食いに走った。
そのせいで、チャーリーはずんぐりむっくりとした体型になってしまった。

ジュード夫妻は事業を何とか持ち直すことに一生懸命で、あまり子供たちに手をかけられなかった。
チャーリーは言葉遣いだったり、食事のマナーだったり、貴族として生まれたら、幼い頃から身に付けているのが、当然な基礎中の教育さえ受けないまま大人になった。

ただ救いだったのは、父ジュードよりも商売の勘が働いたこと。
チャーリーが商会を手伝うようになると、少しずつ状況が上向きになる。

そんな時、仕事帰りにふと立ち寄った街の料理店でローラに出逢った。
彼女は姉ミーナとは全く違った。
明るくてテキパキと働き、猫のように少しつり上がった大きな瞳が印象的で、魅力的な笑顔の持ち主だった。

身長にコンプレックスがあったチャーリーにとって、ローラが小柄なこともまたよかった。
しかも彼女はスタイル抜群だ。

料理店を訪れる男性客の多くは、彼女目当てじゃないかと思う。
もちろん、チャーリーも彼女に淡い恋心を抱くようになった。

女性が苦手なチャーリー、初めて仲良くなりたいと思った女性がローラだった。
でも女性に免疫がなく、どう接すればいいのかわからない。

チャーリーは料理店へ通うようになり、彼女をじっと観察する。
彼女が料理をテーブルに置くと、料理を受け取った男性がチップだけでなく、何かを渡した。
何を渡したんだ?

他の客も何かを渡していたりする。
いったい何を?
気になるが、ローラに直接尋ねるのも、男性客に尋ねるのも、何となくやめたほうがいいように思えた。
だって、こっそり渡しているのだから……

きっとあれは彼女へのプレゼントだと思う。
そう判断した僕は初めて宝石店を訪れた。
みんなどんなものを渡しているんだろう……
チャーリーには相場がわからない。
とりあえず小さめの赤い石がついた髪飾りを買い、キレイに包装してもらった。

次に料理店へ訪れた時、他の客を真似て、ローラへこっそり渡した。
ローラは無言で受け取るとそのまま立ち去った。
これも他の客への対応と同じ。
こういうものだと僕は疑問に思うこともなかったし、彼女が受け取ってくれただけで浮かれていた。

だが、次に小さな青い石がついたネックレスを渡すと、
「ありがとう。あなた名前は?」
ローラが僕に、僕だけにお礼を告げて、ニカッと笑ったんだ。
彼女の笑顔はまるで太陽に照らされたひまわりのようで、僕は見惚れてしまった。
彼女は僕に名前を聞いてくれた。
僕は天にも昇るような気持ちで……
「僕はチャーリー・フォックス。一応、貴族で、フォックス商会の跡取り息子だ」
少しだけ胸をはって自己紹介を頑張った。

「まぁ、貴族様なのね……」
ローラは花が開いたような笑顔を僕に、僕だけに向けたんだ。

プレゼントを渡す回数を重ねていくと、交わす言葉と笑いかけてくれる回数が増えた。
もう僕だけが特別だと疑いようがないくらい……

僕の恋は実り、僕は世界で一番幸せな男になった……はずだった。
アリスが生まれ、幸せの絶頂にいた僕に、ローラは残酷な言葉を発した。

なんだって?
ローラはソブラノ王国のスパイ?
僕が協力しなければ、僕がソプラノ王国のスパイだと、スパイ容疑がかかるように立ち回る?
「私たちがアルト王国に捕まったら、アリスは一人ぼっちになってしまうのよ」
ローラ、君は僕のみならず、自分の子供まで……

僕は抗うことを諦め、彼女のいいなりに、彼女の駒になった。
僕の初恋は砕け散った。
もうローラへの愛はない。

ローラは侍女ミモザとして、常にアリスの傍にいて、アリスと僕を駒として利用した。
それでも、アリスの世話をする彼女の瞳には優しげであったし、アリスはミモザを頼りにし、慕っていた。

僕は、伯爵、子爵、男爵の知人に魔法石の取引を持ちかけては騙し、金銭を巻き上げては、ローラへ渡した。

アルト王国では自由に触れることが難しい魔法石に、男たちはワクワクした。
そして上手く騙されてくれた。

商品の受け取りサインは、通常 使用人が対応する為、きちんと中身を確認することなく、みなサラサラとサインした。

それとは別に、ラックス侯爵にうまく取り入り、我が娘アリスを侯爵令息アラン様に会わせることで、なんとアリスを彼の婚約者に押し上げることができた。

全てがうまくいっていたのに……
エッセン伯爵にクリード辺境伯が支援を申し出たあたりから、おかしくなった。

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