上 下
6 / 30

第6話 前世の記憶

しおりを挟む
ドサドサと積み上げられていた本が落ちてきて、本に埋もれてしまった私。
駆けつけた母マリアと、執事のトマス、侍女マーサに助け出された。
私を落ちてくる本から守ろうと果敢に飛び込んだマーサもあちこち打っているはずだ。

「大丈夫ですか、お嬢様」
トマスの声が聞こえる。

「リーゼ、リーゼ、しっかりして」
泣きながら語りかけるお母様。
ああ、いつも気丈なお母様を泣かせてしまったのね……
私は、二人の声にうっすらと目を開くと、アラン様が走り去る姿が見えた。

えっ、私の上に本が落ちてくるところを見たはずなのに?助けることなく走り去る?
彼が私の肩を押したから、こうなったのに。
ああ、彼はこんな人だったのね……
あちこち痛いし、なんだか疲れてしまった。
もういいや。
私はプツリと意識を手放した。

***

「リーゼ、すまない。こんなことになるなんて……早く目を覚ましておくれ」
お父様の悲痛な声が聞こえた。
金策で駆け回っていたお父様がなぜ?
でも、やっぱりお父様の声だわ。
今回の騒動が耳に入り、慌てて帰ってきてくれたのね。

確かに痛いっ、痛いけれど、本があたっただけだし、擦り傷や打ち身くらいだと……
ああ、そうか。
私が意識を手放したから……

う~ん、ん?
目を開けると、ベッドに横たわる私の手を心配そうに握るお母様とルーカスの姿。
その後ろにはお父様、トマス、マーサの姿が見える。


あれ?
なぜみんな私の部屋にいるの?
何が起こったのか、わからない。
ああ、意識を手放した私を誰かが部屋へ運んでくれたのね。
天井が変わっていたから、びっくりしたわ。

お母様が握る右手は温かいけれど、ルーカスが握る左手はなんだか冷たいし、少し痛い。
ルーカスは女性の手を握る加減がなってないわね。
これじゃ、意中の女性がいても逃げられちゃうわよ。
もっと優しく握らなければ。

でも、ルーカスと手を握るのなんて、いつぶりかしら。
エスコートはアラン様がしてくれていたから、きっと随分久しぶりなはず。
これから新しい婚約者が決まるまでは、ルーカスかお父様が私をエスコートしてくれるのかな……
そういったエスコートが必要な場所へ向かう機会があるのかも疑問ね。

はあーっとため息とともに、額に手を持っていこうと動かすと、
いたたっ。
手にズキズキ、ヒリヒリと痛みが走る。
腕を持ち上げると、赤くなり、所々に傷がある。
その痛々しさに、つい顔をしかめてしまう。


何があったのか、お母様が説明してくれる。
そっか、本が上から降ってきて、私は気を失っていたんだ。
記憶を失ったわけではないようだ。
目を閉じて、集中するといろいろなことが想い浮かんでくる。
忘れてしまったのではなく、私はひどく混乱していた。

状況は理解した。
それでも何か違和感を感じる。
父 リカルド
母 マリア 
弟 ルーカス
執事 トマス 
侍女 マーサ 
目の前にいるみんなの顔をじっと見つめる。
なぜだろう? なんだか不思議な感じ。
映画のワンシーンでも観ているような……
髪色、瞳の色が不思議な色合い。
服装は中世ヨーロッパ風。
部屋もそうね。

私は、リーゼ・エッセン伯爵令嬢。
ん? リーゼ? 伯爵令嬢?
伯爵令嬢ってことは、貴族?
私、私が貴族のお嬢様になってる?

私は、森川 泉(もりかわ いずみ) 29歳 独身OL

近々結婚する予定である彼の部屋を訪れたところ、なんと浮気相手と鉢合わせ。
まさか……そんな……
信じていた、大好きな彼に裏切られ、大きな衝撃を受けた私は、頭がサーっと真っ白になった。
彼の部屋から踵を返す直前、驚きに満ちた彼の顔が絶望に染まった。
時間が止まったかのようだった空間が動きだし、彼がこちらに向かって足を踏み出したのが視界を掠めた。

「いやっ、嫌だ~、こっちに来ないで」
力ない声が口から漏れて……
勢いよく階段を駆け降りた。
涙が次々と溢れ、目の前が霞む。

少しでも早く部屋から、彼から、離れたくて、慌てていた私は階段を踏み外し…
「いずみ、あぶない!」
切羽詰まった彼の声が聞こえたのを最後に、そこからの記憶がない。
私は階段から落ちて……痛い思いをしたんだろうか…

これは前世?前世の記憶なのだろうか。
いずみなんて名前も、映像のように頭に浮かんだ彼の部屋、彼の服装、どれもこの世界で私が見たものではない。
そう感じた。
だって、だって、何もかもが違う。


今、私は17歳のリーゼ・エッセン。
外見もかなり違う。
紺色の髪に紫の瞳なんて日本人はいないと思う。
まるで絵本のお姫様みたい。

そんなことを考えていると、
「リーゼ、辛い思いをさせてすまない。アランくんのことは忘れてくれ」と父が言った。

前世を思い出した私。
アラン様の態度は、有り得ない。
婚約者を助けようともせず、放り出すなんて。
しかもいじめの冤罪までかけられた。
酷すぎる。

そんな相手とは、信頼関係なんか築けない。
アラン様のほうから婚約破棄を言い出してくれて助かった。
でも、破棄?破棄はない。
だって私はアリス様をいじめたりしてないもの。
会ったこともない人をどうやっていじめるというのか……
「お父様、わかりました。ただ婚約破棄ではなく、婚約解消で交渉お願いします。私は誓っていじめなどしておりません。それだけは信じてください」
私は、痛む腕を押さえながら、切々と訴えた。

「わかった。いじめは認めない。婚約は解消で交渉してくる」
お父様は私のことを信じてくれた。

それから、ラックス侯爵とエッセン伯爵で話し合いが行われた。
いじめの事実確認が取れないこと、ラックス侯爵家にはエッセン伯爵家に受けた恩があることからエッセン伯爵の主張が認められた。

婚約破棄でなく婚約解消となり、違約金、慰謝料は発生しないことが決まった。
本来ならラックス侯爵家から何かしらのお詫びがあってしかるべき。
今の我が家は喉から手が出るくらいお金が必要なんだけど……お父様、ごめんなさいね。


あんなヤツ、こっちから願い下げだ!
婚約が解消されたことは後悔していない。
だんだんムカついてきた。

無事にアラン様との婚約が解消され、スッキリした。
スッキリはしたけれど、あ~ムカつく。

しかし、このままでは借金を抱えたエッセン伯爵家は没落まっしぐら。

何とかしなければ…
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています

きさらぎ
恋愛
テンネル侯爵家の嫡男エドガーに真実の愛を見つけたと言われ、ブルーバーグ侯爵家の令嬢フローラは婚約破棄された。フローラにはとても良い結婚条件だったのだが……しかし、これを機に結婚よりも大好きな研究に打ち込もうと思っていたら、ガーデンパーティーで新たな出会いが待っていた。一方、テンネル侯爵家はエドガー達のやらかしが重なり、気づいた時には―。 ※『婚約破棄された地味令嬢は、あっという間に王子様に捕獲されました。』(現在は非公開です)をタイトルを変更して改稿をしています。  お気に入り登録・しおり等読んで頂いている皆様申し訳ございません。こちらの方を読んで頂ければと思います。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...