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貴族

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市場の奥からやってくるのは金ピカの乗り物を大きな馬が引いている、貴族様の馬車だった。周りの人が素早く端に寄って道を開け、その馬車に向かって頭を下げている。
もし貴族様の馬車に轢かれても文句は言えないし、頭を下げないとその場で殺されてしまうかもしれないからだ。
僕もビクビクしながら路地裏の更に奥に引っ込んだ。

バクバク鳴る心臓を落ち着かせるように呼吸をゆっくりにする。
貴族様を見たのは久しぶりだ。最後に見たのは季節がまだ寒い頃だったから。
僕みたいな獣は、たとえ頭を下げようと何をしようと、貴族様の視界に入った途端に殺されてしまう。それは「駆除」というらしい。
だから貴族様を見ると、見つかっていないかドキドキしてしまうのだ。

貴族様は市場を通り抜けただけらしく、馬車の去った市場は次第に先ほどまでの賑わいを取り戻していた。僕も見つかっていなかった事にホッとしてもう一度さっきの場所まで戻る。

しかしその時、貴族様に見つからなかった安心で気が抜けていたのか、「あ!獣人!」という声に体をビクつかせる。
どうやら尻尾が見えてしまっていたらしい。まずいと思って走り出すが、「待て!!」という声と共に尻尾を掴まれてそのまま持ち上げられてしまう。

「っん゛にぃ゛!!!!」

尻尾の付け根が痛いくて喉から引き攣った声が漏れる。尻尾が引きちぎれそうになり、反射的に目に涙が浮かんだ。

「きったねぇ!!おい!早く捨ててこいよ!」

「あんなもん見るな!」

「うわっ、初めて見たけど...気持ち悪い...。」

「鳴き声も鼠みたいじゃない?」

よく聞こえてしまう耳に、嫌悪に塗れた声が散々突き刺さる。
そしてパッと尻尾が離されると、うまく着地できなくて頭を地面に打ち付ける。怖くて奥歯を噛み締めていた口からはもう何も声が出ず、それよりも咄嗟に立ち上がって路地裏に逃げる。

「あ、おい!逃げるぞ!!」

「やだ、はやく駆除してほしいわ。」

「やなモノ見ちゃったわね。」

必死に足を動かししてその声から逃げる。たまに足の裏に尖ったものが刺さって痛かったけど、虎くんを抱えながら目的なんて考えずがむしゃらに走った。
殺されたくない、その一心で。
そして僕の体は小さくて見つけにくかったのか、なんとか逃げ切れて、橋の下で息をつく。

「っはぁ、はぁ、はぁ...!」

体の全てが痛かった。
ゴロンと寝転がって呼吸を整える。
ドクンドクンと全身に血がめぐるのを感じて、まだ生きてる事を実感した。


虎くんを抱え直してごめんね、怖かったね、と心の中で謝る。


こうやって人間に見つかってしまった日の後は、どこかで存在がバレるんじゃないかと思って声が出なくなってしまうのだ。物音一つすら立てるのが恐ろしくなってしまう。
しばらくは身を縮ませて大人しくするしかない。


息切れもだんだんと落ち着いてくると、僕はいつの間にか寝てしまっていた。
不安からか、いつもより強く尻尾に噛みついてしまったけど、その痛みが気にならないほどに僕は限界だった。

















「___さぁ、聞いた?」
「___っしょ!あれ____。」
「____ぇー!!_____た!」
「___る、_______よな。」


ピクッと耳が揺れ、目が覚める。
考える間もなく身を固くして息を止める。
もうあたりは真っ暗だった。

...近くに人間がいる。

そう思うだけで昼間を思い出して怖かった。
どうか見つかりませんように。
どうか、この心臓の音が聞こえていませんように。

虎くんを抱きしめながら願う。









しかし、その願いは叶わなかった。








パッと僕の方が照らされる。







「(あっ...........。)」



「...あ?あれ獣人じゃね?」
「うわ本当だ。初めて見た。こっわ。」
「まじで耳生えてる。」
「きめぇ~!!!」


「(ごめんね、とらくん。)」



僕は君と、お別れしなくちゃいけないかもしれない。


「おい。」

「っ、」

グイッと腕が引っ張られ、体が宙に浮く。
体も視界も口もおかしいくらい震えてた。
息がうまくできない。




いつか、こうなるって分かってたのに。




「かっる。」「めっちゃ震えてるわ。おもしろ。」「うわ!しっぽ!尻尾動いてるって!!きもいきもい!!」「ボロッボロじゃん。骨みたいだし。」「おい、これ貴族の馬車の前に置いといたらおもしろくね。」「なんか今日ここら辺よく通ってたらしいぞ。」「いいじゃんそれ!縛って道端に置いとこうぜ!」「あ?こいつなんか持ってね?」

「...ぁっ。」

ギュッと守るように虎くんを抱きしめていたけど、それでも人間の大人には敵わなかったようで、簡単に奪われてしまった。



どうしようどうしようどうしよう。
パニックで何も考えられなくなっていた。



「ゃ、やめ...。」



喉からやっと出た声はあまりにか細く、音になったかも怪しい。



「なに、きったね。」
「ぬいぐるみかよ。」
「人間様が作ったの盗んだか~?」
「大事そうに抱えちゃって。」
「ほぼゴミじゃん。」

「おら!」





ぁ、





_______ぶちっ








虎くんの、首が、取れて。
地面に、ころがった。










真っ黒な目が、助けを求めるように僕を見上げていた。









「ぁ、ぁあっ.........ぁあぁぁあぁああ゛あ゛!!!!」







腹の底から、どうしようもないものを吐き出すように声をあげる。
常に隠れて生活する僕にとって、人生で初めて出す大声だった。
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