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一章 呪われた額の痣

第二十話

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 その日、紅玉は緋花に桜模様が美しい着物を持ってやってきた。それは、芍薬が愛用していた着物だった。

「とても美しい着物でございますね」

 丁寧に畳まれた着物を広げると、胸の辺りが破れており黒い染みがついている。

「これは芍薬が亡くなったときに着ていたものだ」

 緋花は桃色の着物をまじまじと見つめると、桜模様を指でなぞった。
 この着物を見て、懐かしさも何も感じない。
 芍薬は誰に殺されたのだろうか。
 緋花は破れた胸元を撫でる。

「緋花、今から話すことは必ず守ると約束してほしい」

 急に紅玉の口調が変わる。緋花は大きく頷いた。
 
「はい、どのようなことでしょうか?」
「常に、桃と玉代と行動を共にしてもらいたい」
「それは……どういう意味ですか?」
「芍薬を殺した犯人は見つかっていない。再び狙われる可能性がある。だからだ。私もなるべく緋花のそばにいる」

 芍薬の生まれ変わりが現れたことにより、再び犯人探しが始まるのではないかという噂も後宮内にはあった。その噂通り、紅玉は犯人を探しているらしい。

「殺害に使われた刃物はまだ見つかっていない」

 芍薬の殺害に使われた刃物は、後宮中を探し回っても見つからなかったという。しばらく後宮の外や中からの出入りの際、念入りに手荷物などを調べ上げられたが、結局見つからなかった。

「私たちが共に歩むためには、まず第一に犯人を突き止め、芍薬の死の真実を知る必要がある」

 紅玉は緋花を手繰り寄せた。そして耳元で囁く。
 
「だから、用心してほしい」

 紅玉の腕の中は驚くほど心地が良く、緋花は安心できた。でも、やはりこの愛は亡くなった芍薬に向けられているのではないかと思うと、急に居心地が悪くなる。

「あ、あの……紅玉様、」

 緋花は思い切って声に出した。

「どうした?」

 緋花の顔を見ようとしたので、緋花はそのまま腕の中に顔を埋めた。直接顔を見て話す勇気はなかった。

「このまま、聞いていただけませんか?」

 緋花の言葉に紅玉は静かに頷いた。

「私は……緋の刻印を持っていますが、芍薬がまるで他人のように感じるのです」

 紅玉の口から芍薬の名が出る度、緋花はひとり疎外されているような気がしていた。もちろん、紅玉がそんなことをするはすがないとわかってはいる。でも、紅玉が自分ではなく芍薬を見ているような気がしてしまって、気になって仕方がなかった。

「私の前世は、芍薬だったかもしれません。でも、私は芍薬ではないのです。だから、こんな私が……紅玉様に愛していただいて本当に良いのか……」

 このままでは、自分も紅玉に恋をしてしまいそうだった。そして、それがどうしようもなく怖かった。今まで一度も恋などしたことがない。自分が恋をするとは思わなかったし、どうやって愛せばいいのかもわからなかった。

「私は芍薬を愛していた。そして、今でも変わらず愛している」
 
 いつもの静かな口調で、淡々と紅玉は話した。

「だが、その芍薬の生まれ変わりだから緋花を愛しているわけではない」

 どくん、と胸の辺りが高鳴った。簡単に舞い上がってしまう自分の心に、緋花は恥ずかしくなって頬を染める。

「確かに、性格も芍薬と似たところはある。ただひとつ違うことは、緋花――」

 紅玉は緋花の頬に手をやり、顔を自分の方へ向かせた。唇が今にも触れ合いそうな距離で見つめ合う。緋花は思わず息を止めた。

「お前は強い。芍薬にはなかった強さがある。凛とした花のようだ」
「……そんな、私は強くありません」

 緋花は首を振った。
 
「いいや、強い。だからこそ、私にだけは甘えて欲しい。どんな我儘でも私は全部叶えてやりたい。今まで辛く我慢してきた分」

 ぽろぽろと溢れる緋花の涙を紅玉の指先が払う。そっとお互いに近づけた唇が静かに重なった。
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