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一章 呪われた額の痣

第六話

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 緋花が村を出る日は雨だった。緋花が生まれた日と同じで、静かな夜だ。
 村中の家の前に提灯が灯され、夜なのにぼんやりと明るかった。
 緋花はきょうのために繕ってもらった巫女装束を着て、いつものように額の痣を隠し、薄く化粧をして迎えを待っていた。村から生贄を見送る日には、必ず都から使いがやって来る。講堂には菊をはじめとする村の重鎮たちが集まり、緋花を取り囲むように座っていた。

「お迎えに上がりました」

 使いはふたり。黒い着物を身に纏い、顔は薄い布で隠されている。輪郭は薄ら見えるがどんな顔なのかはわからなかった。
 緋花は正座をしたまま、村の人たちへ挨拶をした。

「これまで大変お世話になりました。ありがとうございました。務めを果たして参ります」

 絹は幾日も泣き続けていたのか、目がすっかり腫れあがっていた。

「ありがとう」

 村の人たちも次々と頭を下げた。

「緋花様……」

 絹は震える手で緋花の手を握る。

「絹さん、これをもらってください」

 緋花は大事にしていた化粧箱を差し出した。

「いえ、これはいただけません。お母様からの大切な形見です。お持ちください」
「でも……」

 生贄として村を出た後のことは緋花にもわからない。村人たちも誰も知らないのだ。知っている人がいたとしても、緋花はきっと聞かなかっただろう。
 どうせ死に行くものだ。あの世で化粧をするわけにもいかない。それならば、一番世話になった絹に持っていてもらいたかった。高価な化粧箱だから、売ればそれなりにお金になるだろうと思ったのだ。
 緋花が困っていると、

「持って行ってください。それをお母様だと思って」

 絹はそう言って、大粒の涙を流した。

「……わかりました。そうします」

 緋花は風呂敷に包んだ化粧箱を胸の前で抱きしめた。 

 講堂の前には黒い籠が緋花を待っていた。
 化粧箱の中身がガタガタと音を立てる。身体が震えていた。手も足も、身体の芯から震えているのが自分でもよくわかった。
 一歩、また一歩と籠へ近づくにつれて、緋花はその華奢で小さな身体を震わせていた。
 なんとか自らの足で籠に乗ると、すぐに戸が閉められる。中は真っ暗だった。
 怖い。覚悟はもうずっと前からしていたはずなのに。堪らなく怖かった。寒くもない季節なのに指先は氷のように冷え切って、身体は震えたままだった。
 緋花は衣をぎゅっと握りしめる。

 籠はゆっくりと動き出し、見送る村人たちを残して緋花を運んで行った。光のない、真っ暗な山の方へ進んでいく。
 籠に乗ったのはこれが初めてだが、とても快適な乗り心地とはとても言えなかった。強く揺れる籠に緋花はだんだん気持ち悪くなっていった。

「……すみません、少し気分が悪くて。止まっていただくことは難しいでしょうか」

 揺れる籠の中から、緋花は無理も承知で尋ねてみた。

「もう少しで着きますので、お待ちいただけますか」

 村を出てからどのくらい経っただろうか。緋花はかなり長い時間籠の中にいるように思えた。ちらり、と籠の戸を指二本分くらい開けて外を覗く。
 籠は緋花がいた村を出て山を越え、都まで来ていた。
 てっきり山の奥深くへ来ているものだと思っていたため、緋花は驚いた。そっと戸を閉める。
 すぐに籠は止まり、戸が開いた。

「着きました。降りてください」
 
 緋花は籠から降りると思わず息を飲む。大きな正殿が目の前にあった。小石が敷き詰められた庭、護衛たちがずらりと立ち並んでいる。緋花はまた身体が震えた。ここは、帝が住む御所だ。

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