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第一章 椿の下には
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雑居ビルが立ち並ぶ通りの裏路地に、小さな公園があった。私たちはそこへ移動する。店からすぐ目と鼻の先だ。
全身を針で刺されるような痛い風が吹く。
公園にあるのは滑り台がひとつとベンチがひとつだけだ。割と綺麗に剪定された樹が公園をぐるりと取り囲んでいる。
公園の中にある電灯がほんのり灯っているが、それがかえって物悲しい。公園には誰もおらず、私たちの声はやけに大きく響いた。
「あんたみたいな女に、エイジが本気になるわけないでしょ」
彼女は腕を組み、仁王立ちして私を睨みつけている。エイジくんは彼女の隣に立ち、美鈴さんは私の隣に立っていた。
「私がエイジと付き合ってるんだから。この間あんたが見たのは私よ!」
ね? とエイジくんの方を振り返る彼女。
「エイジには夢があるの。歌手になるためにお金を稼いで、ホストを早く上がりたいの。ホストを上がったら、私と結婚したいって。あんたにはそんな金、ないでしょ。あんたみたいな女に、エイジをサポートすることはできないの!」
ぐうの音も出ない。私はただ黙って彼女の言葉を聞いていた。
「愛とはお金で買えないものですよ」
「あんたは黙っててよ! ただのヘルプでしょ!」
彼女は美鈴さんに怒鳴った。耳がキーンと痛む。
「……これは、どういうこと?」
全員が、声のする方を見た。公園の入り口に、白いマフラーを巻いた女の人が立っていた。一体、誰だろう。
「な、なんで、お前がこんなところにいるんだよ」
「この人と……結婚の約束をしてるの?」
白いマフラーの彼女は眉尻を下げ、悲しそうな顔でエイジくんを見ている。
何が何やらわからず、私は美鈴さんを見た。
「大丈夫。物語はクライマックス、かな」
美鈴さんは私の耳元で囁く。
「真澄!」
また誰かが公園に入って来る。今度は誰だ。
「こちらもようやく到着かな」
暗くてよく見えなかったが、近づいて来ると誰なのかわかった。濱崎さんだ。
「……あれ、なんで濱崎さんが……?」
靴音を響かせてこちらへ歩いて来る。力が入った足音から、強い怒りを感じた。そこで私はピンと来る。
「まさか……濱崎さんの婚約者って、彼女のことなの……?」
最悪の現場だ。私は今すぐにでもここから逃げ出したくてたまらなかった。思わず身体を一歩後ろへやると、美鈴さんに腕を掴まれた。逃げるな、と言うのか。
まさか、濱崎さんの婚約者が恋してしまった相手が、ホストでエイジくんだったなんて。思ってもいない展開だ。
「だから、仕事だって言ったでしょ?」
美鈴さんはのんきに言う。
「ちょ、ちょっと待てよ……何がどうなってんだ」
エイジくんが頭を抱え込む。
美鈴さんは涼しい顔をして「はーい」と手を挙げた。
「僕が代わりに説明しますね」
ニコニコと笑顔なのが逆に怖い。私はぶるっと身震いした。
「まず、こちらの彼女」
美鈴さんは白いマフラーの彼女に右手を向けた。
「彼女はエイジさんの本命彼女、佳奈さんです。本日はわざわざ遠いところからお越しくださいました」
「本命の……彼女?」
濱崎さんの婚約者――真澄さんが「え?」と首を傾げる。
「そして、彼女は濱崎さんの婚約者の真澄さんです。エイジさんにハマってしまい、ここ数ヶ月で何百万もの大金をつぎ込んでいらっしゃいます」
それから、と言葉を続ける美鈴さん。
「彼はホストのエイジさん。歌手を夢見る青年でしたが、お金に苦しんだためホストの道へ。佳奈さんとは遠距離恋愛をされていました」
だんだんと、ここにいる全員の素性がわかってきた。ずいぶんと糸が縺れて絡まってしまったようだ。というより、もうめちゃくちゃだ。
「本命の彼女って、どういうこと? エイジの彼女は私でしょ?」
真澄さんはエイジくんに問い詰める。エイジくんは真っ青な顔をしてただ黙り込んでいた。
「エイジ? 彼はエイジじゃないです。浩人です」
佳奈さんが代わりに答える。
全身を針で刺されるような痛い風が吹く。
公園にあるのは滑り台がひとつとベンチがひとつだけだ。割と綺麗に剪定された樹が公園をぐるりと取り囲んでいる。
公園の中にある電灯がほんのり灯っているが、それがかえって物悲しい。公園には誰もおらず、私たちの声はやけに大きく響いた。
「あんたみたいな女に、エイジが本気になるわけないでしょ」
彼女は腕を組み、仁王立ちして私を睨みつけている。エイジくんは彼女の隣に立ち、美鈴さんは私の隣に立っていた。
「私がエイジと付き合ってるんだから。この間あんたが見たのは私よ!」
ね? とエイジくんの方を振り返る彼女。
「エイジには夢があるの。歌手になるためにお金を稼いで、ホストを早く上がりたいの。ホストを上がったら、私と結婚したいって。あんたにはそんな金、ないでしょ。あんたみたいな女に、エイジをサポートすることはできないの!」
ぐうの音も出ない。私はただ黙って彼女の言葉を聞いていた。
「愛とはお金で買えないものですよ」
「あんたは黙っててよ! ただのヘルプでしょ!」
彼女は美鈴さんに怒鳴った。耳がキーンと痛む。
「……これは、どういうこと?」
全員が、声のする方を見た。公園の入り口に、白いマフラーを巻いた女の人が立っていた。一体、誰だろう。
「な、なんで、お前がこんなところにいるんだよ」
「この人と……結婚の約束をしてるの?」
白いマフラーの彼女は眉尻を下げ、悲しそうな顔でエイジくんを見ている。
何が何やらわからず、私は美鈴さんを見た。
「大丈夫。物語はクライマックス、かな」
美鈴さんは私の耳元で囁く。
「真澄!」
また誰かが公園に入って来る。今度は誰だ。
「こちらもようやく到着かな」
暗くてよく見えなかったが、近づいて来ると誰なのかわかった。濱崎さんだ。
「……あれ、なんで濱崎さんが……?」
靴音を響かせてこちらへ歩いて来る。力が入った足音から、強い怒りを感じた。そこで私はピンと来る。
「まさか……濱崎さんの婚約者って、彼女のことなの……?」
最悪の現場だ。私は今すぐにでもここから逃げ出したくてたまらなかった。思わず身体を一歩後ろへやると、美鈴さんに腕を掴まれた。逃げるな、と言うのか。
まさか、濱崎さんの婚約者が恋してしまった相手が、ホストでエイジくんだったなんて。思ってもいない展開だ。
「だから、仕事だって言ったでしょ?」
美鈴さんはのんきに言う。
「ちょ、ちょっと待てよ……何がどうなってんだ」
エイジくんが頭を抱え込む。
美鈴さんは涼しい顔をして「はーい」と手を挙げた。
「僕が代わりに説明しますね」
ニコニコと笑顔なのが逆に怖い。私はぶるっと身震いした。
「まず、こちらの彼女」
美鈴さんは白いマフラーの彼女に右手を向けた。
「彼女はエイジさんの本命彼女、佳奈さんです。本日はわざわざ遠いところからお越しくださいました」
「本命の……彼女?」
濱崎さんの婚約者――真澄さんが「え?」と首を傾げる。
「そして、彼女は濱崎さんの婚約者の真澄さんです。エイジさんにハマってしまい、ここ数ヶ月で何百万もの大金をつぎ込んでいらっしゃいます」
それから、と言葉を続ける美鈴さん。
「彼はホストのエイジさん。歌手を夢見る青年でしたが、お金に苦しんだためホストの道へ。佳奈さんとは遠距離恋愛をされていました」
だんだんと、ここにいる全員の素性がわかってきた。ずいぶんと糸が縺れて絡まってしまったようだ。というより、もうめちゃくちゃだ。
「本命の彼女って、どういうこと? エイジの彼女は私でしょ?」
真澄さんはエイジくんに問い詰める。エイジくんは真っ青な顔をしてただ黙り込んでいた。
「エイジ? 彼はエイジじゃないです。浩人です」
佳奈さんが代わりに答える。
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