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第三章 池谷杏子は白雪姫にはなれない

第八話

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 三谷と付き合うのは、思った通り簡単だった。男なんてやっぱり誰でも同じ。
 三谷はあたしが付き合ったこれまでの男よりは、恋愛ゲームとしての遊びが上手だった。でも、所詮中身は他の男と変わらない。やることやって、楽しめればそれでよし。この関係、長く持って三谷が大学を卒業する頃までかな、なんて予測を立てていた。
 美佳は一丁前に「好きな人がいるなら、下手に付き合わない方がいいんじゃない?」なんて、まともぶった意見を言った。でも、美佳がクリスマス前にてきとうな男を捕まえて、もうレストランとホテルを予約していると聞いたら、いくら正論でも効き目はない。人間はそう簡単に変われないのだ。

 クリスマス前のこの季節、恋人がいない者同士はいとも簡単にくっつく。でもクリスマス限定の恋人は、所詮クリスマスだけの恋人にしかなれない。クリスマスの次の日にはもう別れていたりする。
 よくクリぼっちなんて言うが、クリスマスに独りぼっちが寂しいという意味がわからない。クリスマスなんて年に一度、たった1日だ。あっという間に過ぎ去り、クリスマスが明けるとすぐお正月に早変わりする。
 あたしにとっては、日常的に恋人がいないことの方が問題だ。たった1日恋人がいたかどうかなんて、そんなに重要だろうか。
 クリスマス時期に恋人を作ると、貧乏くじを引く。クリスマスだけは恋に狂う男女がどっと増す。男も女も、その日限定の恋人を求めている可能性が高い。だから、クリスマスシーズン目前で恋人を募集している男は、恋愛ゲームというより1日だけの遊びになってしまう可能性が高い。あたしにも、過去にそんな彼氏がひとりいた。おそらく、美佳の相手もそうだろう。

 あたしたちは時間さえ合えば、ほんの数時間でも会うようにしていた。合コンで三谷と出会った頃は、まだ三谷は就活生だった。少し前に内定をもらった会社では入社前に研修を行うそうで、三谷はバイトと大学の卒業論文と研修で忙しい日々を送っていた。だから会うのは少し久しぶりだった。

 きょうは風が強くて全身を刺すように寒い。「適当に近くのカフェで、ちょっと温まろう」と三谷が言い、あたしも賛成した。寒さで凍りそうだ。マフラーも巻いているだけでちっとも温かくない。意味がない。

「クリスマスは特別なところに行こうと思ってる」

 ホットコーヒーにミルクと砂糖を入れ、ぐるぐるかき混ぜながら、三谷の言葉をぼんやりと聞き流していた。「聞いてる?」と言われて、リアクションをするべきところだったのか、と我に返る。

「あ、うん。特別なところって、どんなところか想像してた」

 考えてもいないのに、簡単に嘘が口から飛び出してくる。そんな自分に驚く。
 クリスマスに特別なところ? 大方、ちょっとリッチなレストランか、某テーマパークとかそんな感じだろう。すでにいろんな男たちと経験済みだ。特別なところなんて、この世界にはない。カップルが過ごすクリスマスの定番だ。
 それとも、自宅で手作りディナーなんてしょぼいものだったらどうしよう。いやでも、三谷もあたしと同じで実家暮らしだ。それはな流石にないと思う。まぁ、バイトしていても所詮はまだ学生だから、そこまで高価なクリスマスは初めから期待していない。去年は6つ年上の社会人と付き合っていたので、結構リッチなクリスマスだった。フレンチディナーにブランドの財布がクリスマスプレゼントだった。
 ああ、三谷にクリスマスプレゼント。どうしよう。考えるのも面倒くさい。

「クリスマスプレゼントも、考えてるんだ」

 三谷は嬉しそうに微笑んでいる。
 三谷は本当に恋愛ゲームが好きなんだろう。女をちやほやもてなして、プレゼントを贈ったりサプライズを考えたり、デートに連れて行ったり。つくづく、女でよかったと思うのはこういう瞬間だ。だって、男だったら恋愛ゲームにもお金がかかって仕方がない。

「楽しみ」

 いつもの作り笑顔を顔に貼り付ける。今や、作り笑顔があたしにとって本物の笑顔だ。
 クリスマスにも、クリスマスプレゼントにもこれっぽっちも興味がない。どうか、変なプレゼントではありませんように。ペアリングはどうせいつか別れるのだから必要ないし、あたしの趣味じゃない物は使わない。それならば現金が欲しいと思うあたしは、相当イカれた女なんだろう。
 あたしはたぶん、サプライズが嫌いだ。サプライズされるより、欲しいもののリストを渡してその中からひとつでももらう方がよっぽど嬉しい。
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