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第二章 三窪恭介は全力で恋をする

第三話

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 まさか、三谷先輩の合コンで邑子さんの妹――池谷杏子ちゃんと出会うことになるとは、思ってもみなかった。もうこれは絶対に、神様が俺を全面的に応援してくれているとしか思えなかった。

 兄弟姉妹がいるかいないかを当てるという、その場で生まれたゲームをしていたときだった。俺の隣に座っていた小柄な女の子は、見るからに甘えん坊そうで、一人っ子かもしくは妹タイプだという話になった。

「8つ離れたお姉ちゃんがいるよ」
「めっちゃ離れてるじゃん」

 場を盛り上げるための、俺は当り障りのない会話を誰とでもしていた。その子は「お姉ちゃんとよく似てるって言われてるんだ」と一枚の写真を見せてくれた。
 そこに写っていたのが、俺がどうしても名前が知りたかった彼女だった。

「……え、これお姉ちゃん?」
「うん、似てるでしょ」

 俺は思わず杏子ちゃんの手を握った。できれば、ハグだってしたかった。

「きょう、ここへ来てよかったぁー!」

 力いっぱいガッツポーズ。
 池谷邑子。27歳。職業は事務。今は実家を出て、ひとり暮らしをしているらしい。杏子ちゃんと話して、これだけの情報を手に入れた。

 杏子ちゃんが笑うと、まだ見ぬ邑子さんの笑顔を簡単に想像できた。俺が話しかけると警戒されてしまうし、いつも険しい表情で本を読んでいるから、笑顔が見てみたかった。
 確かに、杏子ちゃんは邑子さんとよく似ている。でも、ふたりは全然違うタイプだろう。杏子ちゃんは栗色のショートカットで笑顔がよく似合う、太陽みたいな子だ。邑子さんは、月明かりのような、優しくしっとりとした美しさ。ふたりは間違いなく美人姉妹だが、その美しさは対照的だった。

 大変失礼なこととわかりつつ、俺は正直に杏子ちゃんに訳を話した。お姉さんに一目惚れしたこと。話しかけたけれどうまくいかず、どうしたらいいか困っていたこと。杏子ちゃんは、真剣に俺の話を聞いてくれた。すぐにお互い連絡先を交換した。「あたしが協力してあげる」と言って、合コンの数日後に邑子さんと会わせてくれるようセッティングしてくれた。
 突然ふたりだけで会うのは難しいので、まずは俺と三谷先輩、杏子ちゃん、そして邑子さんの4人で飯でも食いに行こうという話になった。和洋折衷なんでもある店で、デザートも豊富だ。好きなだけソフトクリームが作れるし、ワッフルも焼ける。大きなチョコレートの噴水まであった。チョコレートフォンデュと言うらしい。女の子ならきっと喜んでくれるだろうと、俺が調べて選んだ。でも、邑子さんの反応は微妙だった。杏子ちゃんによると、邑子さんは人見知りが激しく、物静かなタイプらしい。趣味は読書と映画鑑賞。

「ご、ご趣味は?」

 好きなものをそれぞれ皿に盛り、席についてすぐに沈黙した。なにか話さなくては、と思わずそんなバカな質問を投げかけた。

「なに言ってんだよ、お前」

 隣に座る三谷先輩が小声で言い、脇腹を突かれる。

「ふたりは、駅前の本屋さんでバイトしてるんだって」

 すかさず、杏子ちゃんが話題を変えてくれた。

「お姉ちゃんよく行くよね、あそこの本屋さん」
「……うん」
 邑子さんの皿には青々とした山盛りのサラダ、トマト多め。ドレッシングはかかっていない。ヘルシー志向か。

「トマト、お好きなんですか?」

 俺が訊ねると、一瞬フォークを止め、口角だけ無理やり少し上げた。どっちだ。好きなのか。嫌いなのか。いや、嫌いならトマトは取らない。やっぱり好きなんだ。

「ちょっと来い」

 着席してまだ5分と経っていないのに、俺は三谷先輩に引きずられ退場した。
 トイレに行き、手洗い場の前で「顔を洗え、なんなら水を被れ」と言われる。素直に言われた通り、顔を洗った。

「ちょっとは冷静になったか」
「俺はいつも冷静ですけど」
「バカ。さっきの会話じゃ、誰も落とせねぇよ」

 三谷先輩は、なぜさっきの会話で誰も落とせないのか事細かく話し始めた。まず、人見知りするような女性には直接的に声をかけると逆効果だと言った。特定の人ではなく全員にひとつの質問をすることで、無理なプレッシャーを与えずに済むという。それから、女性と食事する際に行ってもいい言葉は「美味しそう」と「美味しい」だけなのらしい。

「女っていうのはな、初対面の男と飯を食うときは気を使ってんだよ。なるべく自分をかわいく見せるために、普段は選ばないような料理を頼む場合もあるんだ」

 早口にそう言って、ふぅっとため息をついた。

「華奢な子がたくさん食べて『よく食べる子です』って、アピールすることもあるけど。とにかく、人見知りタイプの女に、勢いよく接近するな。嫌われるぞ」

 俺にはさっぱりわからなかった。どうして思ったことを聞いてはいけないのだろう。

「わかったらさっさと顔拭いて、席に戻れ。あとは俺が話すから、お前はそれに合わせろ。それくらいできるだろ?」

 席に戻ってから三谷先輩が話し、俺はずっと「そうですね」「すごいですね」と合わせた。杏子ちゃんが邑子さんに話を振り、邑子さんがイエスかノーで返事をするという会話が延々と続いた。最後になって、全員で連絡先を交換し合った。

 連絡先を手に入れてから、俺は決まって毎日だいたい同じ時間帯に連絡した。直接会って話すのが苦手なら、まずはメールからでもいい。文章なら、きっと言葉にしやすいと思った。
 時々返事が来たり、時々返事が来なかったりする日々が、1か月ほど続いた。ちょうど夏だったので頭の中では、花火大会、夏祭り、海、バーベキューと盛りだくさんの行事を邑子さんと共にする妄想をしながら、俺の暑い夏は過ぎて行った。現実は、バイトばかりの日々だった。
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