6 / 58
第二章 三窪恭介は全力で恋をする
第三話
しおりを挟む
まさか、三谷先輩の合コンで邑子さんの妹――池谷杏子ちゃんと出会うことになるとは、思ってもみなかった。もうこれは絶対に、神様が俺を全面的に応援してくれているとしか思えなかった。
兄弟姉妹がいるかいないかを当てるという、その場で生まれたゲームをしていたときだった。俺の隣に座っていた小柄な女の子は、見るからに甘えん坊そうで、一人っ子かもしくは妹タイプだという話になった。
「8つ離れたお姉ちゃんがいるよ」
「めっちゃ離れてるじゃん」
場を盛り上げるための、俺は当り障りのない会話を誰とでもしていた。その子は「お姉ちゃんとよく似てるって言われてるんだ」と一枚の写真を見せてくれた。
そこに写っていたのが、俺がどうしても名前が知りたかった彼女だった。
「……え、これお姉ちゃん?」
「うん、似てるでしょ」
俺は思わず杏子ちゃんの手を握った。できれば、ハグだってしたかった。
「きょう、ここへ来てよかったぁー!」
力いっぱいガッツポーズ。
池谷邑子。27歳。職業は事務。今は実家を出て、ひとり暮らしをしているらしい。杏子ちゃんと話して、これだけの情報を手に入れた。
杏子ちゃんが笑うと、まだ見ぬ邑子さんの笑顔を簡単に想像できた。俺が話しかけると警戒されてしまうし、いつも険しい表情で本を読んでいるから、笑顔が見てみたかった。
確かに、杏子ちゃんは邑子さんとよく似ている。でも、ふたりは全然違うタイプだろう。杏子ちゃんは栗色のショートカットで笑顔がよく似合う、太陽みたいな子だ。邑子さんは、月明かりのような、優しくしっとりとした美しさ。ふたりは間違いなく美人姉妹だが、その美しさは対照的だった。
大変失礼なこととわかりつつ、俺は正直に杏子ちゃんに訳を話した。お姉さんに一目惚れしたこと。話しかけたけれどうまくいかず、どうしたらいいか困っていたこと。杏子ちゃんは、真剣に俺の話を聞いてくれた。すぐにお互い連絡先を交換した。「あたしが協力してあげる」と言って、合コンの数日後に邑子さんと会わせてくれるようセッティングしてくれた。
突然ふたりだけで会うのは難しいので、まずは俺と三谷先輩、杏子ちゃん、そして邑子さんの4人で飯でも食いに行こうという話になった。和洋折衷なんでもある店で、デザートも豊富だ。好きなだけソフトクリームが作れるし、ワッフルも焼ける。大きなチョコレートの噴水まであった。チョコレートフォンデュと言うらしい。女の子ならきっと喜んでくれるだろうと、俺が調べて選んだ。でも、邑子さんの反応は微妙だった。杏子ちゃんによると、邑子さんは人見知りが激しく、物静かなタイプらしい。趣味は読書と映画鑑賞。
「ご、ご趣味は?」
好きなものをそれぞれ皿に盛り、席についてすぐに沈黙した。なにか話さなくては、と思わずそんなバカな質問を投げかけた。
「なに言ってんだよ、お前」
隣に座る三谷先輩が小声で言い、脇腹を突かれる。
「ふたりは、駅前の本屋さんでバイトしてるんだって」
すかさず、杏子ちゃんが話題を変えてくれた。
「お姉ちゃんよく行くよね、あそこの本屋さん」
「……うん」
邑子さんの皿には青々とした山盛りのサラダ、トマト多め。ドレッシングはかかっていない。ヘルシー志向か。
「トマト、お好きなんですか?」
俺が訊ねると、一瞬フォークを止め、口角だけ無理やり少し上げた。どっちだ。好きなのか。嫌いなのか。いや、嫌いならトマトは取らない。やっぱり好きなんだ。
「ちょっと来い」
着席してまだ5分と経っていないのに、俺は三谷先輩に引きずられ退場した。
トイレに行き、手洗い場の前で「顔を洗え、なんなら水を被れ」と言われる。素直に言われた通り、顔を洗った。
「ちょっとは冷静になったか」
「俺はいつも冷静ですけど」
「バカ。さっきの会話じゃ、誰も落とせねぇよ」
三谷先輩は、なぜさっきの会話で誰も落とせないのか事細かく話し始めた。まず、人見知りするような女性には直接的に声をかけると逆効果だと言った。特定の人ではなく全員にひとつの質問をすることで、無理なプレッシャーを与えずに済むという。それから、女性と食事する際に行ってもいい言葉は「美味しそう」と「美味しい」だけなのらしい。
「女っていうのはな、初対面の男と飯を食うときは気を使ってんだよ。なるべく自分をかわいく見せるために、普段は選ばないような料理を頼む場合もあるんだ」
早口にそう言って、ふぅっとため息をついた。
「華奢な子がたくさん食べて『よく食べる子です』って、アピールすることもあるけど。とにかく、人見知りタイプの女に、勢いよく接近するな。嫌われるぞ」
俺にはさっぱりわからなかった。どうして思ったことを聞いてはいけないのだろう。
「わかったらさっさと顔拭いて、席に戻れ。あとは俺が話すから、お前はそれに合わせろ。それくらいできるだろ?」
席に戻ってから三谷先輩が話し、俺はずっと「そうですね」「すごいですね」と合わせた。杏子ちゃんが邑子さんに話を振り、邑子さんがイエスかノーで返事をするという会話が延々と続いた。最後になって、全員で連絡先を交換し合った。
連絡先を手に入れてから、俺は決まって毎日だいたい同じ時間帯に連絡した。直接会って話すのが苦手なら、まずはメールからでもいい。文章なら、きっと言葉にしやすいと思った。
時々返事が来たり、時々返事が来なかったりする日々が、1か月ほど続いた。ちょうど夏だったので頭の中では、花火大会、夏祭り、海、バーベキューと盛りだくさんの行事を邑子さんと共にする妄想をしながら、俺の暑い夏は過ぎて行った。現実は、バイトばかりの日々だった。
兄弟姉妹がいるかいないかを当てるという、その場で生まれたゲームをしていたときだった。俺の隣に座っていた小柄な女の子は、見るからに甘えん坊そうで、一人っ子かもしくは妹タイプだという話になった。
「8つ離れたお姉ちゃんがいるよ」
「めっちゃ離れてるじゃん」
場を盛り上げるための、俺は当り障りのない会話を誰とでもしていた。その子は「お姉ちゃんとよく似てるって言われてるんだ」と一枚の写真を見せてくれた。
そこに写っていたのが、俺がどうしても名前が知りたかった彼女だった。
「……え、これお姉ちゃん?」
「うん、似てるでしょ」
俺は思わず杏子ちゃんの手を握った。できれば、ハグだってしたかった。
「きょう、ここへ来てよかったぁー!」
力いっぱいガッツポーズ。
池谷邑子。27歳。職業は事務。今は実家を出て、ひとり暮らしをしているらしい。杏子ちゃんと話して、これだけの情報を手に入れた。
杏子ちゃんが笑うと、まだ見ぬ邑子さんの笑顔を簡単に想像できた。俺が話しかけると警戒されてしまうし、いつも険しい表情で本を読んでいるから、笑顔が見てみたかった。
確かに、杏子ちゃんは邑子さんとよく似ている。でも、ふたりは全然違うタイプだろう。杏子ちゃんは栗色のショートカットで笑顔がよく似合う、太陽みたいな子だ。邑子さんは、月明かりのような、優しくしっとりとした美しさ。ふたりは間違いなく美人姉妹だが、その美しさは対照的だった。
大変失礼なこととわかりつつ、俺は正直に杏子ちゃんに訳を話した。お姉さんに一目惚れしたこと。話しかけたけれどうまくいかず、どうしたらいいか困っていたこと。杏子ちゃんは、真剣に俺の話を聞いてくれた。すぐにお互い連絡先を交換した。「あたしが協力してあげる」と言って、合コンの数日後に邑子さんと会わせてくれるようセッティングしてくれた。
突然ふたりだけで会うのは難しいので、まずは俺と三谷先輩、杏子ちゃん、そして邑子さんの4人で飯でも食いに行こうという話になった。和洋折衷なんでもある店で、デザートも豊富だ。好きなだけソフトクリームが作れるし、ワッフルも焼ける。大きなチョコレートの噴水まであった。チョコレートフォンデュと言うらしい。女の子ならきっと喜んでくれるだろうと、俺が調べて選んだ。でも、邑子さんの反応は微妙だった。杏子ちゃんによると、邑子さんは人見知りが激しく、物静かなタイプらしい。趣味は読書と映画鑑賞。
「ご、ご趣味は?」
好きなものをそれぞれ皿に盛り、席についてすぐに沈黙した。なにか話さなくては、と思わずそんなバカな質問を投げかけた。
「なに言ってんだよ、お前」
隣に座る三谷先輩が小声で言い、脇腹を突かれる。
「ふたりは、駅前の本屋さんでバイトしてるんだって」
すかさず、杏子ちゃんが話題を変えてくれた。
「お姉ちゃんよく行くよね、あそこの本屋さん」
「……うん」
邑子さんの皿には青々とした山盛りのサラダ、トマト多め。ドレッシングはかかっていない。ヘルシー志向か。
「トマト、お好きなんですか?」
俺が訊ねると、一瞬フォークを止め、口角だけ無理やり少し上げた。どっちだ。好きなのか。嫌いなのか。いや、嫌いならトマトは取らない。やっぱり好きなんだ。
「ちょっと来い」
着席してまだ5分と経っていないのに、俺は三谷先輩に引きずられ退場した。
トイレに行き、手洗い場の前で「顔を洗え、なんなら水を被れ」と言われる。素直に言われた通り、顔を洗った。
「ちょっとは冷静になったか」
「俺はいつも冷静ですけど」
「バカ。さっきの会話じゃ、誰も落とせねぇよ」
三谷先輩は、なぜさっきの会話で誰も落とせないのか事細かく話し始めた。まず、人見知りするような女性には直接的に声をかけると逆効果だと言った。特定の人ではなく全員にひとつの質問をすることで、無理なプレッシャーを与えずに済むという。それから、女性と食事する際に行ってもいい言葉は「美味しそう」と「美味しい」だけなのらしい。
「女っていうのはな、初対面の男と飯を食うときは気を使ってんだよ。なるべく自分をかわいく見せるために、普段は選ばないような料理を頼む場合もあるんだ」
早口にそう言って、ふぅっとため息をついた。
「華奢な子がたくさん食べて『よく食べる子です』って、アピールすることもあるけど。とにかく、人見知りタイプの女に、勢いよく接近するな。嫌われるぞ」
俺にはさっぱりわからなかった。どうして思ったことを聞いてはいけないのだろう。
「わかったらさっさと顔拭いて、席に戻れ。あとは俺が話すから、お前はそれに合わせろ。それくらいできるだろ?」
席に戻ってから三谷先輩が話し、俺はずっと「そうですね」「すごいですね」と合わせた。杏子ちゃんが邑子さんに話を振り、邑子さんがイエスかノーで返事をするという会話が延々と続いた。最後になって、全員で連絡先を交換し合った。
連絡先を手に入れてから、俺は決まって毎日だいたい同じ時間帯に連絡した。直接会って話すのが苦手なら、まずはメールからでもいい。文章なら、きっと言葉にしやすいと思った。
時々返事が来たり、時々返事が来なかったりする日々が、1か月ほど続いた。ちょうど夏だったので頭の中では、花火大会、夏祭り、海、バーベキューと盛りだくさんの行事を邑子さんと共にする妄想をしながら、俺の暑い夏は過ぎて行った。現実は、バイトばかりの日々だった。
2
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる