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第一章 猫神様と泣きぼくろ君
第一話
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「恋が叶いますように」
単純すぎる願いだな。
「ソウスケくんと結婚できますように」
相手の意見あっての結婚だろうが。
「あたしの気持ちに振り向いてくれますように」
知らん。自分で伝えろ。
人間の悩みは尽きないらしい。ひとつ叶えば、またひとつ。欲深い生き物だ。
毎日人間は飽きもせず、努力もしないでオレのところへ来て賽銭を投げ、無茶苦茶な願いを吐いていく。だが、願いをかける形だけはしっかり守る。鈴を鳴らし、2回礼をし2回手を叩き、願いを言ってまた礼をする。神社の前の鳥居で礼をする人間も多い。人間は、神様仏様と願うのが本当に好きな生き物だ。
見てわかる通り、オレは猫である。しかし「吾輩は猫である」と言った猫とは違う。ただの猫ではない。神様だ。
猫はネズミを捕まえる。今も昔も変わらない。神社が建てられたばかりの頃は、病や害を食べる神様と呼ばれ、祀られていた。しかし時代は過ぎ去り、時とともに変わっていく。平和をもたらす神だったオレが、いつしか恋を叶える猫神様と呼ばれるようになっていった。
「ご飯ですよ」
山盛りの飯を両手にやって来たのは、公子だ。今朝はいつもより早い。
にゃあ、うにゃ、と丸まって寝ていた猫たちが、一斉に尻尾をピンと立てて公子にすり寄っていく。
公子が目を細めると、目尻に年季の入った太い皺がはっきり浮かんだ。
皺が増えた手で、オレの頭を撫でた。公子の手が一番撫でられて気持ちがいい。この節が太い公子の手に撫でられたときだけ、ついゴロゴロと喉が鳴ってしまう。
オレの社――野良神社には神主がいない。代わりに近所に住む公子が、神社の掃除をしている。誰からも頼まれていないが、公子のばあさんの代から善意でやってくれている。オレたち猫の世話もそうだ。ちゃんと朝と夜の二食、飯の用意をしてくれている。
もともと、名もない小さなボロ神社だった。野良神社と呼ばれるようになったのは、昔から野良猫が居ついていたからだ。野良だけじゃない。飼い猫もたまにエサをもらいに来たりする。ここは、猫が居着く猫神社なのだ。今はオレを入れて5、6匹くらいの猫たちが神社を住処にしている。
公子とは、生まれたときからの仲だ。頑固で、おてんば娘。母親に叱られ泣いていた小さい公子が、今も神社の中を駆け回っているような気がする。それがどうだ。今じゃもう、腰が曲がった立派なばあさんだ。このご時世なのに、孫が8人もいる。公子の楽しみは、年に数回孫たちが遊びにやって来るときだ。
なぜわかるかって?
孫たちが遊びにやって来たときの飯は、いつにもまして豪勢だからだ。
人間の寿命は短い。花みたいだ。幼かった公子はあっという間に年を取り、いつこの世を去るかもわからない。オレのように長生きすることがいいこととは思わないが、それにしても人間の命は短すぎる。公子がこの世を去ったあと、誰が神社の管理をしてくれるのだろうか。公子の子どもたちは、みんなこの地を離れている。神社はなくならないだろう。でも、願いをかけに来る人間たちは知らない。野良神社は、公子あっての神社だということを。
願いをかけていく人間たちの声は、どこにいても聞こえる。神社にいてもいなくても、だ。オレは、いつも人目に付かない神社の屋根裏でひっそり願いを聞いている。公子が作ってくれた座布団があって、のんびりするのにちょうどいい。これが日課だ。野良ネコたちはみんな人馴れしているので、猫に癒されに来る人間もいる。でもオレは、人に撫でられるのが好きではない。だから誰にも邪魔されない場所で、人間たちをじっくり観察させてもらっている。
ひとこと言っておくが、オレは他の猫たちとは違う。飯を食ってゴロゴロして、毎日気楽に過ごしているわけではない。人間の言葉だってわかる。「ご飯」とか「おやつ」の言葉だけを知っている、普通の猫と同じにしないでもらいたい。しっかり、ちゃんと、人間の言葉の意味を理解している。これでも、一応神様だ。
オレにとって人間は、2種類に分類される。ひとつは、自分自身で願いを叶えられる人間だ。大抵の人間は、自分に無力さを感じている。自分に与えられた力量を知らない。だから、神頼みなんてしたがる。
でも、オレに言わせればほとんどの人間がこのタイプだ。自分の願いは自分で叶えられる。ここへ来て願いをかけ、自分自身で願いを成就させて「神社の御利益だ」と喜ぶ。そして噂を広めてくれる。野良神社は恋愛成就の神社だ、と。毎日商売繁盛である。
願いを叶えられる力があっても叶わないただひとつの理由は、諦めだ。自分の力量を自分で勝手に決めてしまう。結果、願いは叶わない。
もうひとつのタイプの人間は、自分ではどうにも願いを叶えられない奴らだ。オレの仕事は、自分で願いを叶えられない人間の手助けをすること。だが、さっきも言った通り、このタイプの人間はほとんどいない。だからあんまりにも退屈で死にそうになったときに限り、分け隔てなく平等に神として人間の手助けすることもあったり・・・・・・なかったり。
それからもうひとつ。恋に破れ、傷を負った人間の痛みを取り去るのもオレの仕事だ。特にひどく傷ついた人間は、オレのもとに〈恋心〉を置いて行く。時間をかけて傷を癒し、また恋がしたいと思ったとき、持ち主に返してやる。〈恋心〉を置いて行ったら、取りに戻る人間がほとんどだ。「恋なんてもう二度としない!」と言い、置いて行く奴は多い。でもしばらくすると、失恋を忘れて新たに恋をする。恋なんてもうしないなんて、大嘘だ。ただ稀に、本当に二度と戻らない奴もいる。よっぽどひどい目に遭ったんだろうな。
恋に関する悩みは尽きないし、恐ろしい数の人間が日々願いをかけていく。頭が爆発しそうだ。できれば普通の猫みたいに、飯だけ考えて日がな一日ゴロゴロしていたい。オレの願いを叶えてくれる奴は、いないのか。
単純すぎる願いだな。
「ソウスケくんと結婚できますように」
相手の意見あっての結婚だろうが。
「あたしの気持ちに振り向いてくれますように」
知らん。自分で伝えろ。
人間の悩みは尽きないらしい。ひとつ叶えば、またひとつ。欲深い生き物だ。
毎日人間は飽きもせず、努力もしないでオレのところへ来て賽銭を投げ、無茶苦茶な願いを吐いていく。だが、願いをかける形だけはしっかり守る。鈴を鳴らし、2回礼をし2回手を叩き、願いを言ってまた礼をする。神社の前の鳥居で礼をする人間も多い。人間は、神様仏様と願うのが本当に好きな生き物だ。
見てわかる通り、オレは猫である。しかし「吾輩は猫である」と言った猫とは違う。ただの猫ではない。神様だ。
猫はネズミを捕まえる。今も昔も変わらない。神社が建てられたばかりの頃は、病や害を食べる神様と呼ばれ、祀られていた。しかし時代は過ぎ去り、時とともに変わっていく。平和をもたらす神だったオレが、いつしか恋を叶える猫神様と呼ばれるようになっていった。
「ご飯ですよ」
山盛りの飯を両手にやって来たのは、公子だ。今朝はいつもより早い。
にゃあ、うにゃ、と丸まって寝ていた猫たちが、一斉に尻尾をピンと立てて公子にすり寄っていく。
公子が目を細めると、目尻に年季の入った太い皺がはっきり浮かんだ。
皺が増えた手で、オレの頭を撫でた。公子の手が一番撫でられて気持ちがいい。この節が太い公子の手に撫でられたときだけ、ついゴロゴロと喉が鳴ってしまう。
オレの社――野良神社には神主がいない。代わりに近所に住む公子が、神社の掃除をしている。誰からも頼まれていないが、公子のばあさんの代から善意でやってくれている。オレたち猫の世話もそうだ。ちゃんと朝と夜の二食、飯の用意をしてくれている。
もともと、名もない小さなボロ神社だった。野良神社と呼ばれるようになったのは、昔から野良猫が居ついていたからだ。野良だけじゃない。飼い猫もたまにエサをもらいに来たりする。ここは、猫が居着く猫神社なのだ。今はオレを入れて5、6匹くらいの猫たちが神社を住処にしている。
公子とは、生まれたときからの仲だ。頑固で、おてんば娘。母親に叱られ泣いていた小さい公子が、今も神社の中を駆け回っているような気がする。それがどうだ。今じゃもう、腰が曲がった立派なばあさんだ。このご時世なのに、孫が8人もいる。公子の楽しみは、年に数回孫たちが遊びにやって来るときだ。
なぜわかるかって?
孫たちが遊びにやって来たときの飯は、いつにもまして豪勢だからだ。
人間の寿命は短い。花みたいだ。幼かった公子はあっという間に年を取り、いつこの世を去るかもわからない。オレのように長生きすることがいいこととは思わないが、それにしても人間の命は短すぎる。公子がこの世を去ったあと、誰が神社の管理をしてくれるのだろうか。公子の子どもたちは、みんなこの地を離れている。神社はなくならないだろう。でも、願いをかけに来る人間たちは知らない。野良神社は、公子あっての神社だということを。
願いをかけていく人間たちの声は、どこにいても聞こえる。神社にいてもいなくても、だ。オレは、いつも人目に付かない神社の屋根裏でひっそり願いを聞いている。公子が作ってくれた座布団があって、のんびりするのにちょうどいい。これが日課だ。野良ネコたちはみんな人馴れしているので、猫に癒されに来る人間もいる。でもオレは、人に撫でられるのが好きではない。だから誰にも邪魔されない場所で、人間たちをじっくり観察させてもらっている。
ひとこと言っておくが、オレは他の猫たちとは違う。飯を食ってゴロゴロして、毎日気楽に過ごしているわけではない。人間の言葉だってわかる。「ご飯」とか「おやつ」の言葉だけを知っている、普通の猫と同じにしないでもらいたい。しっかり、ちゃんと、人間の言葉の意味を理解している。これでも、一応神様だ。
オレにとって人間は、2種類に分類される。ひとつは、自分自身で願いを叶えられる人間だ。大抵の人間は、自分に無力さを感じている。自分に与えられた力量を知らない。だから、神頼みなんてしたがる。
でも、オレに言わせればほとんどの人間がこのタイプだ。自分の願いは自分で叶えられる。ここへ来て願いをかけ、自分自身で願いを成就させて「神社の御利益だ」と喜ぶ。そして噂を広めてくれる。野良神社は恋愛成就の神社だ、と。毎日商売繁盛である。
願いを叶えられる力があっても叶わないただひとつの理由は、諦めだ。自分の力量を自分で勝手に決めてしまう。結果、願いは叶わない。
もうひとつのタイプの人間は、自分ではどうにも願いを叶えられない奴らだ。オレの仕事は、自分で願いを叶えられない人間の手助けをすること。だが、さっきも言った通り、このタイプの人間はほとんどいない。だからあんまりにも退屈で死にそうになったときに限り、分け隔てなく平等に神として人間の手助けすることもあったり・・・・・・なかったり。
それからもうひとつ。恋に破れ、傷を負った人間の痛みを取り去るのもオレの仕事だ。特にひどく傷ついた人間は、オレのもとに〈恋心〉を置いて行く。時間をかけて傷を癒し、また恋がしたいと思ったとき、持ち主に返してやる。〈恋心〉を置いて行ったら、取りに戻る人間がほとんどだ。「恋なんてもう二度としない!」と言い、置いて行く奴は多い。でもしばらくすると、失恋を忘れて新たに恋をする。恋なんてもうしないなんて、大嘘だ。ただ稀に、本当に二度と戻らない奴もいる。よっぽどひどい目に遭ったんだろうな。
恋に関する悩みは尽きないし、恐ろしい数の人間が日々願いをかけていく。頭が爆発しそうだ。できれば普通の猫みたいに、飯だけ考えて日がな一日ゴロゴロしていたい。オレの願いを叶えてくれる奴は、いないのか。
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