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裏切り

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 突如襲撃を受けるという予想外の流れに気を取られていたが、次は桐峯が相手だ。魔法を発動しているのかいないのか、使用するのかしないのかも、分からない。
 柳いわく、桐峯は鞭を得意とするらしい。だが魔法に関しては柳にも情報がないようだ。
 前情報の時点で厄介そうだ、と思ったが事実、桐峯は厄介な相手だった。

 桐峯に対峙した瞬間に、前3人とは違うものを感じる。
 魔法?
 いや、それ以前の覇気?
 肌の表面が引っ張られるような感覚があった。
 デュアル開始早々、桐峯の鞭が飛んでくる。すんでのところで避けるが、皮膚の表面に何かまとわりつくような感覚が残った。

 なんだコレ?
 鞭と連動した魔法のようにも思えたし、全く別のもののようにも思えた。
 鞭はオレの弱点の左腕、右脇、背中をいっぺんに狙うかのような、グネグネとした動きをする。まるで鞭自体が意思を持っているかのような動きだ。避けることは可能だが、少しでも鞭が近づいた瞬間に、強く引き寄せられるような感覚がある。
 磁力が働く種類の魔法なのかもしれない。

 オレは剣を選択していたので、剣で鞭をいなしたのちに、弱点を狙いに行く作戦にでた。うねる鞭を剣でとめ、その隙に桐峯の弱点、右肩を狙う。そのつもりが、鞭の勢いを上手く殺せずに、剣がはねた。体勢を立て直そう、と思った矢先に、なぜか桐峯の身体に強く、引き寄せられる力が働く。

 何かを思う間もなく、右脇と左腕を一度に打たれた。有効判定された証拠に弱点が光る。
 魔法が働くのは、鞭じゃなかったのか?

 一度離れて立て直さなければ、と再び思うが、桐峯から離れることができない。
 押さえつけられているわけではないのに、なぜか離れられないのだ。
 そのうちに、後ろから羽交い絞めにされ、鞭の柄で背中の弱点を突かれる。それでオシマイだった。


 何一つできずに、こうしてオレは桐峯に敗北を期したのだ。
 礼をした後で、桐峯が話しかけてくる。
 審判はすでにほかのデュアルの担当になっていたので、オレ達のそばには誰もいなかった。

「花菱葉。オレのパートナーになれ」
 と。
 オレは何のことかわからずに、
「お前もパートナー候補なんだろ?何バカなことを言っている?」
 と答えることしかできない。

「オレが目指しているのはそこじゃない。帝王だ」
 と言うのだった。
 驚きのあまりすぐには声が出ない。
 つまりそれは、麗史様の競合として君臨するつもりだ、という表明だからだ。帝王の資格について知っているのか、と思う。
 オレの考えは見透かされていた。

「お前が蓮見の秘密をどの程度知っているのか、想像は出来る。お前が考えたとおり、オレにも資格はある。生まれながらの資質という点においては」
 と言い募る。
 それすなわち、桐峯も「本来の姿」がある、ということだ。だとすれば、桐峯の異様なほどの覇気や不思議な力にも理由がつく。

「柳壮也ほどではないが、お前も使い手として有望だ。それにお前の持つ魔法は帝王の傍らにふさわしい」
 言うのだった。
 相対する党の党首である柳を懐柔するのはムリと踏んで、オレに声をかけてきた、ということか?

「お言葉だけどな、お前んとこの露木も橘もかなり有望だと思うけどな。下手したらやられていた」
「あいつらは、ダメだ。日和見であてに出来ない」
 オレの言葉は桐峯には一蹴してしまう。
「今さら帝王を狙うのは得策じゃないと思うけどな」
「お前は分かっていない。生まれながらの異形がその力を発揮させずにいる苦しみを。そして、その苦しみや怨嗟を別の者への憎しみへ転化させる愚かさも」

「言ってる意味は分からないけどさ。異形ってのはそんなに悪いことか?」
「何を言っている?」
「力の発揮先は本当に帝王になることにしかないのか?可能性を見つけてないだけじゃないか?」
「お前は辺境の者だから分からないだろう。恐れおののかれる。そして異形の質によっても、また弾かれるみじめさを」
「質ね。ま、今後機会があれば見せてくれよ。どっちみち、オレは学園のパートナー戦に関しては穏便におさめたいんだよ。で、慣習をよしとはしない」
 桐峯がその話を知っているかどうかは賭けだと思ったが、オレの言葉に桐峯は瞠目した。

「それはどこから知ったんだ」
「パートナーを目指すなら当然だろ。そのリスクを知っておく必要がある。麗史様やあんたは、学園に望まれた帝王なのか、そして誰が望まれたパートナーなのか。そして誰がそれを決めるのか。そこにはどんな陰謀があるんだろうな」
 多少のハッタリまじりにオレが言うと、桐峯は黙りこくってしまった。

「それと、悪いけどオレは立場に縛られるつもりはないんだ。そういう点で言えば、あんたと争うつもりもない」
 審判が場所を移動するように言ってきたこともあり、この話はおしまいにしよう、という意味でそう告げる。桐峯は頷いた。
「この話は一旦おあずけだ。しかし気をつけろ、お前は目立ちすぎた」
 そう告げて、去っていく。



 最後は琉来の番だ。
 琉来とはよくデュアルをしていたし、感覚も分かる。オレとしては一番やりやすいし勝っても負けても面白い相手という印象だ。
 剣を使うが、その時々の気分によって長さを調節して使っているようだった。短刀を選んでいたら、琉来も同じように短刀を選んでいたので、ホッとする。

 防具をつけて向き合ったときに「いつも通り、よろしくな」とオレが声をかけると、琉来は「ああ」と言う。ただどこか気持ちが入っていないようにも感じられたので気にかかった。

 段取り通りすすめ、デュアル開始の合図とともに、オレたちはそれぞれ動く。体格差がほとんどなく、同じように素早さで先手を狙うスタイルのオレ達は、どっちが先取するかを重視していた。

 今回も例外ではなく、オレは琉来の右肘、右下腿、左爪先の弱点の内、右寄りを狙いに行く。琉来も同様で、オレの左下腿、左膝を同時に狙いに来ているのが分かった。お互いの剣で勢いをいなし合いながら、距離をつめていく。
 そのとき、オレの目に入ったのは、見覚えのある紋章だった。
 琉来の短剣の柄に彫られた紋章は、オレと柳を襲撃したものと同じだったのだ。オレの視線に気づいた琉来は、短刀でオレの右肘を狙う。この短剣はデュアル用のレプリカではないようだ。

「何で、変わったんだ。葉」
 と琉来は言った。
 正しくはオレに聞こえただけで、琉来はそう言っていなかったのだと思う。

 防具のすき間に、短剣が刺さる感覚があった。ジュっと焼けるような痛みと、痺れがやって来る。
 これが毒だと気づくまでに1秒、琉来が沈痛な面持ちでこちらを見ていたのを確認したのが1秒、そしてその後の1秒でオレは意識を手放していた。

「麻野目琉来(あさのめ るき)だ、よろしくな」
 琉来と初体面のときの挨拶が、なぜか頭に浮かんだ。

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