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カエル化姫と好きな人
ママの居場所
しおりを挟むサロンの経営は、私と、ママの時からいてくれる二名のスタッフとで分業して行っている。
他のスタッフは施術を任せていて経営にはノータッチだ。古民家サロンでの施術に関しても、二人に相談していて、静馬から依頼が入ったときには、出来る限り向かうようにしていた。
「朱那さんでもそうしたと思いますよ~」とのどかに言ってくる、南野さんと、
「白那ちゃんの癒しのパワーは、いろんな場所で発揮してほしいしね」と言ってくれる万木さんには感謝している。
とはいえ、古民家サロンでの施術は、楽じゃない。
マッサージ自体は同じなのに、疲れ方が尋常じゃないからだ。来る人の疲れ具合や体調不良の具合もサロンの比じゃないようだった。
元々は静馬からの依頼なので、無理がない範囲で行えればいいものだ。けれど、来てくれた人の表情が変わる瞬間が好きで、どうしてもやめられない。
「その力があれば、ある意味世界制覇できそうですよね」と言って、私の力が万能だと思っている静馬には、少し辟易するけれど。
施術後に疲れると、
「払いますか?」
と聞かれる。
例の一件からは「浮気っぽくなるから、やっぱりやめましょう」と私は言うようにしていた。
すると「じゃ、俺を人間の男だと思わなければいいんじゃないですか?だとしたら、浮気って思わないでしょ。払いましょう?」
とやや強引に言ってくるので、他意はないのだろうか?と気になる。
毎回断るけれど、このまま一緒にいたらエスカレートしたら困るとは思う。静馬はそういう形で瑠璃也と張り合いたいのかもしれない、とは思った。
瑠璃也にも払う力が多少あるらしいけれど、私に触れたあと、しばらくは瑠璃也に黒いもやがまとわりつくので、気になってしまう。
私は静馬から聞いていた水樹家の話の真偽が知りたくて、ママの実家に話を聞きに行くことを考えていた。ただ連絡先が分からない。
ママの葬儀のときは、ママの実家側からのアクションがあったからだ。サロンやスマホの着信履歴を探してみても、よく分からなかった。
瑠璃也に話してみたら、意外にも、「知ってるよ」と言うのだ。何でも葬儀の時に問い合わせたから知っているらしい。とはいえ、瑠璃也は水樹家へのアプローチに対しては、後ろ向きな意見だ。
「朱那さんの実家だし、あまり偏った意見は言いたくないけど。おすすめじゃない。白那に対する感じが優しくなかったし」と言う。
葬儀やその前後のことを言っているのかもしれない。ママは倒れてすぐに入院した。一応私が保証人になっていたけれど、緊急連絡先はママに言われた通りの番号を併記した。倒れてから亡くなるまでがとても早かったので、その後はママの実家の人たちに全て取り仕切られた。
私は葬儀に出席こそできたものの、特に何も知らされなかった。その場にいてもいなくても関係ない、そんな印象だ。
ママが病気の話をしてからは、仕事の引継ぎとか、諸々の手続きの話で手一杯だった。その中でママの実家やパパの話題は出てきたことはない。
聞いておけばよかったのかもしれないけれど、私はパパにもママの実家にも興味はなかったし、私の人生にいたのはママだけだ。
サロンの経営をしながら、ママは一人で私を育ててくれた。ときとき恋人が登場するけれど、長続きしない。
ママ曰く「パパ以上の人は一生現れないからね」らしい。
パパがどんな人だったのかを聞いたことはない。生きているのか死んでいるのかも、ママからは聞いたことがなかった。
ママだけが私の家族だと思っていたからだと思う。
家の片付けをしていくと、ママの痕跡がいくつも出てきて、思い出が溢れてくる。写真やパンフレットもあるけれど、お店の名刺が多い。
サロンを長く休みにするのは難しく、あまりママとお出かけは出来なかった。代わりに二人でご飯を食べに出かけるのを、日々の楽しみにしていたのだ。
ママはガッツリ系のご飯が好きで、私とは少し好みが違う。だからお店を選ぶときには、折衷案を考える一手間があるのだけれど、それはそれで楽しかった。
あるいは時間が合えば一緒に買い物に行って、お揃いのアイテムを買う。
私はママと過ごせる時間がいつでも、どんなときでも大切だった。
数少ないお出かけに関しては、車で遠出した記憶がある。
数年に一度になるか、年に一度になるかは、サロンの状態によるけれど、ママの友達が住むという土地に行き、牧場へ行ったり湖の周辺を歩いたりする小旅行をした。ある年の旅行ではママの友達に会って、ソフトクリームを食べた思い出がある。
あまり遠出をしなかったから、記憶に残っている。
あのときに会ったあの人は、ママのことをどのくらい知っていたんだろう?ママと同年代位の女性で、明るい笑顔が印象的だった。
水樹家へのアクションを考えていた矢先に、静馬から依頼が来る。
「水樹さんからすれば、とても近い関係の方です」
と紹介され、やって来たのは水樹那由多という男性だ。見覚えがあると思ったのは、当然の感覚で、葬儀で喪主を務めていたママのお父さんその人だった。
サロンの施術室にいる私も見るや、彼は会釈をする。
スーツ姿でやって来た彼は、目の下に影が落ち、どこか疲れた印象が目立つ。目鼻立ちにママと似た場所を探そうとするけれど、中々難しかった。
全体に黒いもやがまとわりついているのが見えたので、実際に施術を必要とする人なのだ、と思う。
「久しぶりだね」
と淡々とした口調で言って来た。
私は返しに迷い、
「お久しぶりです。今日はどうなさいましたか?」と接客スタイルをとることにする。テキパキと始めてしまおうとする私の対応に、彼は苦笑した。
「白那さん。私たちの対応は、冷たく感じたかい?」
と聞いてくるのだ。早く施術に入りたかった私は、この問いかけに困ってしまう。でも、嘘をついてとしても仕方がないと思い本音を話す。
「冷たくは感じました。ママとずっと一緒にいたのは私なのに。なんで、とは思いました」
と言うと、その人は頷いた。そして、ドアの外を伺う。静馬や他のスタッフの存在を気にしているのだろうか、と思った。
「水樹家の女性は死後も狙われる。日埜家はね、水樹の力を誤解して欲しがっているんだよ。病を治せると思っている。私にはその力はないが、母が水樹の女性だった。彼女の骨は日埜家に祀られているよ」
「骨?なんで骨を?」
「水樹家の癒しの力が、日埜家の社会的地位のために役立っていた歴史があるからだね。ただ、朱那の骨は渡すつもりはなかった。だからあの葬儀を行ったんだよ」
「どういうことですか?」
「水樹家の女性がなくなったとなれば、日埜家は絶対にやって来る。日埜家が確認するために葬儀は行ったけれど、納骨の場所は嘘だよ。彼女は別のところに」
彼はそう言って言葉を切り、じゃあ施術をしてもらおうか、と言った。ママは別のところに?そんな彼の話は私の心を揺さぶるのに、十分すぎた。
とはいえ、依頼を受けた以上は、黒いもやが目立つ部分をさすったり、揉みほぐしたりして、しっかりと施術していく。
黒いもやはじょじょに消えていくけれど、黒い塊が残っている部分が見えたので、伝えておいた。身体全体に線のように黒い塊が残っていたので、恐らく骨か、血液か、どこかに不調が残っているのかもしれない。
「今は一旦不調は消えるかと思いますが。骨か血液か、どこかに根源が残っていると思います」と伝えると、彼は頷く。
「さすがだね、血圧に問題があってね」と言うのだった。
「私の力では完治させられません」
「そう。みんな水樹の力を誤解しているんだよ」
「さっきのお話は。ママが別のところにいるっていうのは?」
私が尋ねると、彼は頭を垂れて、首を横に振るのだった。
「私たちには知らされていないよ。日埜家の息がかかっている、と朱那は信用してくれなかったからね。だから、君のために、朱那自身がすでに種子を蒔いている可能性がある」
彼がそう言って、私が言葉を次ぐ前に、静馬が入って来る。
「水樹さん。おじい様とお話は出来ましたか?」と聞いてくるので、
「はい、少しは」
と答えながら、彼の様子を伺った。
彼は頷いて、
「とても良くなった。さすがだね」とだけ言い、また機会があれば来るよ、と言って去っていく。
私は声をかけたい思いがあったけれど、静馬の視線を感じたので、「ありがとうございました」と声をかけるだけに留めておいた。
その後、静馬は、「何か特別なお話出来ましたか?」「水樹家の秘密なら俺も聞きたいです」と妙に探りを入れてくる。
静馬はどのくらいのことを知っているんだろう?と私は思う。日埜家が水樹家の女性の骨を祀っている、と言う話は本当なんだろうか。
「日埜くんは、日埜家のために動いているんですか?こうして私にオーダーしてくるのは、どういう意味があるの?」と素朴な疑問をぶつけると、
「俺は古臭い慣習には興味ないんです。瑠璃也が吠え面かくのが楽しみなのと、そして水樹さんが気になるから動いているだけです」と答えてくる。
「吠え面」
と私が聞きなれない言葉を繰り返すと、静馬は苦笑して、
「水樹さんが気になる、の方は汲み取ってくれないんですか?」と言われた。
「言うだけなら自由ですから。言い慣れてる感じだし、リップサービスですよね」と私が返すと、静馬は笑う。
「水樹さんって、妙に世慣れてますよね。でいて、ハグ程度で浮気を気にするとか、割と初心だし。不思議な人ですよね」
煽られているのが分かる。
静馬は私を瑠璃也一派の人と思っているのかもしれなかった。一方で私は水樹那由多さんの話を聞き、静馬を日埜一派の人として認識し始めている。
「触られるの無理なんです。ビリビリって痛いし。瑠璃也しか」
と言いかけて言葉を切ったら、静馬の目が鋭く細められた。
「瑠璃也じゃ、その黒いの、完全には払えませんよ」
と言って、腕を掴んできて抱き寄せられる。ビリビリッと痛みが走った。瑠璃也の単語を出したのが間違いだったのだと思う。
ただ、痛い!と叫んだら、離してくれる程度には理性が働いているらしい。
「ライバルを想像すると煽られるのって、男性の特徴ですか?瑠璃也と付き合っているから、私のことが気になるだけですよね」
私はそう告げると、静馬は唇を噛む。
「そんなことはないです」
と静馬は言うけれど、言葉を重ねても、膠着状態になるだけだと思った。
静馬は瑠璃也に対抗意識があるようだったし、瑠璃也もなぜか静馬の話になると、発言が過激になる。
今日は帰りますね、と言って私は逃げるように去った。
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