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カエル化姫と好きな人
新しい仕事
しおりを挟む「水樹さん、少しだけ仕事を手伝ってくれませんか?」
大学で待ち合わせして会った日、日埜静馬は出会いがしらにそう言った。
「水樹家の話を聞かせてくれるっていう話ですよね?」と私が言えば、
「実践してみれば、一番分かりやすいですよ」
と静馬は言うのだ。
静馬に連れていかれたのは、古民家風の施術サロンだ。静馬の家族が運営しているらしい。
静馬もまた、多少の施術技術があるようで、ときどき手伝いに来ていることがあるようだ。このサロンには、業界人がよく出入りしているとのことだった。
その日は政治関係者の男性が施術に来ていたようで、静馬は私に、「施術をしてみてくれませんか」と言ってくる。躊躇していたら、「もちろん施術料は水樹さんが受けとれます」と言われ、さらに、「水樹さんの力は社会に役立てるべき力です」と畳みかけられてしぶしぶと施術する。
その日施術をした男性は、黒いもやが全身を覆ってしまっていた。サロンで見かける人どころではない。多分、これは私の施術でどうにかなるレベルではないと思う。
何か持病があるはずだ、と思った。それを静馬に伝えるけれど、水樹家の力ならどうにかなります、と言われる。
ママから聞いていた話によれば、私たちの力は身体の不調の一時的な緩和が出来るし、気持ちを軽くすることは出来る。ただ、病を完治させる力はないのだ。
寝台に寝転がってもらい、まずは背中から腰を手で揉みほぐしていく。一時的に身体にまとわりついていた黒いもやは消えていく。けれど、腹部に黒い塊が残ったままだ。
「お腹の具合悪くありませんか?」と聞けば、この頃は胃腸の調子が悪いと言う。
「検査してみてください、ひょっとしたら病気が隠れているかもしれません」と告げた。
その後すごく身体が軽くなったよ、と言う感想を残してその人は秘書を伴って去っていく。
後日、その人は検査で潰瘍が見つかった、と静馬を通して報告をもらう。
自分の感覚が間違っていなかったことに安堵する一方で、あまりにも重い不調に関しては、やっぱり私の分野ではないと感じる。
一連の流れはサロンで行っていることと同じだけれど、静馬はなぜかとても盛り上がっていた。
「水樹さんの力って本物なんですね」と言って。
その後も、静馬から連絡が来れば、サロンで施術をすることが増えた。少しでも多くの人の不調を解消してあげられればいい、と思うので、施術そのものは嫌ではない。けれど、静馬からは、どこか過大評価されている感じは否めなかった。
静馬は、すっかり感心して、「さすが水樹家の力」と言うけれど、実際には全ての不調を解消してあげられるわけではない。
静馬は言うには、水樹家と日埜家は協力して社会的影響力の強い人たちの施術を行っていた歴史があるらしい。癒しの力は水樹家でも女性しか持たず、しかも水樹家では女性が生まれる確率がとても低いため、知る人ぞ知る力だと言われているようだ。
静馬に会って古民家サロンで施術をした日はとても疲れてしまう。施術を終わった私を見て、静馬は、「手を貸してください、そうすればその疲れを払えます」と言って握手を求めてくる。
ただ、静馬に触れられると、例によって例のごとく、ツウっと寒気がのぼってくるのだ。少しだけ触れて、離すと、
「ガード固いですね」
と苦笑いをされる。
古民家サロンで施術をした日は特に、瑠璃也と寝る前のハグをすると、瑠璃也にたくさんの黒いもやがまとわりつく。
その様子を見ているといつも、瑠璃也を汚してしまった、と思うのだ。だから瑠璃也とハグをするのを躊躇するようになる。触れるのは嫌じゃないし、寧ろもっと触れたいと思うのに、触れるのが怖い日々が続く。
黒いもやのことは近くに相談できる人がいなかったので、水樹家の力について知っていそうな静馬に聞いてみる。
静馬には私にとっての黒いもやは、黒い粉として見えるらしい。古民家サロンでの施術のあと、私の周りに黒い粉が浮かんで見えるのだ、と静馬はいう。
「水樹さんがもう少し長く触れてくれるなら、黒い粉をしっかり払えますよ」
と静馬は言うのだ。
「男性に触れられるのダメなんです」と言えば、「施術で触れるのに?」と驚かれる。
けれど、すぐに、「瑠璃也は大丈夫なんですよね?」と切り返してくるのだ。
私が頷くと、
「じゃあ、俺も触っても嫌がられないように、頑張ろうかな」と言う。何をどう頑張るのだろう?と思っていたら、瑠璃也と同じような提案をしてくるのだ。
「低刺激で慣れていきましょう?そうすれば、黒い粉をしっかり払ってあげられます」
静馬はそう言った。
黒い粉がまとわりつかなければ、瑠璃也とハグをしても、黒いもやが瑠璃也につくことはなくなる。そう思ったら、少しだけ頑張ってもいいかもしれない、と思った。
指先を触れるだけ、手の平を重ねるだけだった接触で、慣れていく間に、静馬に対する警戒心も少しずつ解消されていく。
「黒い粉がそのままだったらどうなるか知っていますか?」と聞いたら、
「災いが来るとか、寿命が縮まるとか言われていますね」と静馬が言った。私は黒いもやに包まれる瑠璃也を想像して、気持ちが少し沈んだ。
話を聞けば、静馬は昔から瑠璃也に対抗意識があったようだ。だから静馬は私が瑠璃也と付き合っているから声をかけてきたんだ、と思う。日埜家がどうとか、水樹家がどうとか以前に、瑠璃也の動向が気になっているような気がした。
静馬と瑠璃也の昔話をいくつか聞いたあとで、
「瑠璃也のことを、そんなに気にしているって、いっそ好きですよね。愛ですか?」
と素直な感想を言ったら苦笑いをしたきり、静馬は瑠璃也の話をしなくなる。
その代わり、趣味の話をするようになった。私がこれまでの推し活の話をすると、かなりドン引きしたあとで、水樹さんて見た目以上に濃いですね、と言う。
一方の静馬は時間のあるときに、live配信をしているという話をしてきた。SNSアカウントを見せてもらったら、私が推していたアイドルよりも、フォロワーが多いので驚く。
話しているうちに、静馬への警戒心はとけていき、同級生や友達くらいの感覚になる。握手なら出来るくらいになったときに、施術の疲れが少しだけ緩和されるのを感じた。そう伝えたら、抱きしめればもっと払えますよ、と冗談半分に言われて、さすがにそれは無理です、と私は断る。
ある日、古民家サロンで施術をした後、めまいが起こった。多分、不調の度合いが強い人で、持病もある人だったのだと思う。自分の手に黒いもやがまとわりついているのが分かった。施術後に、めまいが起こり、静馬に支えられる。
「ありがとう」
と言って離れようとしたときに、軽く抱きしめられた。
え、と一瞬静馬と目が合い、ビリビリっと身体が痺れる気がして思わず離れる。目の前で黒いもやが一瞬にして消えたのを見た。
「無理させてすみません」
と静馬はとても申し訳なさそうにする。
「大丈夫です、少し疲れただけ。それにしても、黒いもやが一瞬で消えましたね」
「そう。これが日埜の力だから。抱きしめれば、一瞬なんです」
と静馬は言う。視線をこちらに送って来るけれど、
「ダメです、浮気してるみたいな気分」
と私は断る。
「じゃあ、施術だと思うのはどうですか?黒い粉を払うのは、俺が水樹さんに施術するのと同じ。なら浮気にはなりませんよね」
そう言われても納得は出来ない。
ただ、たしかに静馬に払ってもらった日には、瑠璃也とハグをしても黒いもやが出てこなかった。しっかり払ってもらえれば、瑠璃也と触れても大丈夫。そのことが頭に刻まれてからは、静馬に払ってもらうことが増えた。でも、抱きしめられるとビリビリという痺れはあるし、瑠璃也への罪悪感もある。
これは浮気になるのかどうか聞きたかった。結果、変な質問をしてしまって私自身も瑠璃也も微妙な雰囲気にしてしまう。
私の質問の仕方が下手なのも悪いけれど、瑠璃也から「感じなければ浮気じゃない」と言われて、私はそもそも信用されていないんだ、と感じる。
対等な恋人じゃなくて、瑠璃也からすれば私は保護対象なのかもしれない。だとすれば、瑠璃也にとっては私がどんな行動をしても痛くもかゆくもない。そう聞こえた。
私は触れられること一つでも、とても恐ろしいし、瑠璃也以外に身体を触れられることなんて、考えていなかったのに。
相手として、静馬の名前を出されたことにショックを受けていた。同時に、実際に抱きしめられた、という事実もあり、多少の罪悪感もある。
瑠璃也と触れ合うたびに、黒いもやが出ないかどうかを気にするのにも疲れていたのだと思う。
そして私は瑠璃也の家を出た。
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