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戒め

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 あらすじを呼んで、私は結末が曖昧なことに違和感を覚えた。そしてこの話には、どこか、違和感とそして既視感がある。
「ヒロインはどちらの手を取ったのですか?」
 と桜典様に尋ねてみるけれど、
「それは、まあ。即興?」
 と適当に流されてしまうのだ。

 舞台の準備と並行して、台本の読み合わせがあった。ヒロインの友人役に、「茅麻梨」と名前を見つけていたので、桜典様にとっては喜ばしい機会なのでは?と私は思う。

 監督は恋愛映画得意とする方のようで、セリフの一つ一つの間を重視するようだった。
 舞台とは違う、些細なニュアンスをとらえる作業に、戸惑う。
 何度も質問をしているうちに残るのは、私と柳典様だけになる。
「プライベートなラブシーンを想像させられれば、今回は成功。椎月さんは、発生は控えめに、少し肩の力を抜いてみて」
 とアドバイスをもらう。
「プライベートなラブシーン」
 と思わず呟いてしまい、
「心当たりは?」
 と柳典様が聞いてくる。思い浮かぶのは、桜典様のご依頼関係だった。
「ありません」と私は言う。

 スタジオを出れば、茅麻梨様と桜典様がお話している場面に居合わせる。
 邪魔をしてはいけない、と思い回れ右をしようとする、私を尻目に、柳典様は声をかけに行く。

「久しぶり、麻梨」
 と柳典様は言い、
「ああ、どうも、柳典」と茅様は言う。茅様はつっけんどんで、愛想はない。こちらに気づき、
「初めまして、茅麻梨様。椎月蛍都です」
 と私が言えば、「当然知ってる。様はいらない。麻梨でいい」と言ってくるのだ。とてもざっくばらんな印象だった。
 この方が、桜典様のお好きな方、と私はしみじみとそのお顔を見てしまう。麻梨様のアーモンド形の瞳はとても目力があった。

「麻梨様この後、何かご用事はありますか?」
 と私が聞けば、
「何で?」
 と気のない返事が返って来る。
「おい、蛍都。なんか余計な事考えてないよな」
 桜典様はどこか焦った様子だ。

「余計な?いえ、ご依頼通り、桜典様はお好きな方と」
「ああ、そ、それは」
「何言ってんの、桜典の好きな人なんか」
「なるほど、ね。依頼か。そう言う手を使っているんだね」
 と柳典様が何やらしたり顔で言う。桜典様がにわかに焦り出すのが分かるけれど、その意味は分からない。

「最高の提案だと思うよ。桜典、この後、麻梨とどこかに寄って帰ればいい。俺は蛍都を送っていくよ」
「いやだよ、何で桜典と」
「桜典様は、麻梨様と」
 私が言いかけると、桜典様が手の平で口を覆ってくる。
「蛍都、いいのか。兄さんと二人きりで?」
「いえ、良くはありませんが。でも、いい機会です。桜典様は麻梨様と」
 皆まで言わせてもらえずに、
「いい、そういう気分じゃない。今日は帰る」と
 桜典様は私の手を引く。
「気分?なんか、勝手に土台にあげられて、下げられて。ムカつくんだけど」
 と麻梨様の不満の声が後ろで聞こえた。失礼になってはいないだろうか?と思う。

 駐車場まで手を引かれていき、
「マネージャーは来てないのか?」
 と聞かれる。
「桜典様、柳典様がご一緒の場合には、私は護衛も行います。護衛車で参りました」
「そんな女優、普通いないだろ」
 と桜典様は言うのだった。
 護衛車の元に行き、
「どうぞ、桜典様」
 と後部座席を空ければ、「座って」と言って座席に座らされる。
「え?」
「悪い、少しだけ」
 と言って抱きしめられた。

「桜典様?」
「全部で30シーン」
「はい?」
「素肌で触れ合うシーンの回数だ。カット数は多分、500くらいになると思う」
「よ、よく、ご存知ですね」
「入れて欲しいことは、全部要望を出してるから。知ってる」
「桜典様が?」
「そう。蛍都が綺麗に見えるように、見た人間が惚れてしまうくらいになるように。どんな角度がいいのか、みんな相談してる」
「ど、どうして、そんなに?」
「蛍都がどんな風に映れば綺麗に見えるのか、知ってる自信がある。絶対に魅力的に映ると思う」
 桜典様の言葉は丁寧で力強い。
 けれど、どこか揺らぎがあるのは、桜典様が言葉を選んでいるから?

「観ていられれば。それで良かったんだけどな」
「桜典様?」
 身体を離してから、桜典様はチラッとどこかを伺う。
 そして、顎に指を当てて、顔を寄せてきた。唇にキスをして来てから、「撮られてる」と言う。「え?」私が慌てて身体を引こうとすれば、逆に角度を変えて口付けてきた。
 なぜ?桜典様?と思っても、放してくれない。
 しばらくそうした後で、解放してくれたときには、私は疑問符で頭がいっぱいだった。

「オレと兄さんは、協力者だけど、対抗者だ。フェアに闘うつもりでも。ときどき、反逆したくなる」
 と桜典様は言う。
 そして、
「好きな人の話はしないで欲しい。もしまた話をしたら、場所を問わず、今みたいにする。されたくなければ、言わないでくれ」と言われた。
「さっき、撮られていたのですよね?なぜ続けたのです?」
 私の言葉に、桜典様は頷く。
「熱愛のはったりでも、宣伝でも。名目は何でもいい。ただ、兄さんにはなくて、オレにだけあるものが、何か欲しいだけだよ」
 桜典様が切なそうな表情をするので、
「そんなお顔、なさらないでください。私にできることがあれば、お手伝いしますので」と告げる。
「できることは、ある。でも、それを期待するのは、きっと無謀だ。今は、映画を撮ろう」
 と桜典様は言うのだった。
 オレも迎えが来たから、今日は別々に帰ろう、と桜典様は言う。

 帰り道、運転をしながら、唇に指先を触れた。
 吐息の気配が蘇ってきて、頬が熱くなる。
 桜典様とのキスを、プライベートな経験に含んではいけない。
 ただ、ふと、不思議に思うのだった。

 なぜ、桜典様はキスをしたのだろう?
 妥協?熱愛を装う、はったりのため?
 お気持ちがないのに、キスをするようなお人なの?
 桜典様もまた事務所に所属されているようだし、演技なのかもしれない。

 桜典様は、私のことをどう思っていらっしゃるのだろう?
 恋人ではない、とおっしゃった。
 そう、恋人ではありえない。
 私の名前を呼ぶ、あの甘く柔らかな声を思い出して、胸の奥が熱くなる。
 また、間違ってしまっては、いけない。
 私は単純で愚かだから。
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