16 / 27
戒め
しおりを挟むあらすじを呼んで、私は結末が曖昧なことに違和感を覚えた。そしてこの話には、どこか、違和感とそして既視感がある。
「ヒロインはどちらの手を取ったのですか?」
と桜典様に尋ねてみるけれど、
「それは、まあ。即興?」
と適当に流されてしまうのだ。
舞台の準備と並行して、台本の読み合わせがあった。ヒロインの友人役に、「茅麻梨」と名前を見つけていたので、桜典様にとっては喜ばしい機会なのでは?と私は思う。
監督は恋愛映画得意とする方のようで、セリフの一つ一つの間を重視するようだった。
舞台とは違う、些細なニュアンスをとらえる作業に、戸惑う。
何度も質問をしているうちに残るのは、私と柳典様だけになる。
「プライベートなラブシーンを想像させられれば、今回は成功。椎月さんは、発生は控えめに、少し肩の力を抜いてみて」
とアドバイスをもらう。
「プライベートなラブシーン」
と思わず呟いてしまい、
「心当たりは?」
と柳典様が聞いてくる。思い浮かぶのは、桜典様のご依頼関係だった。
「ありません」と私は言う。
スタジオを出れば、茅麻梨様と桜典様がお話している場面に居合わせる。
邪魔をしてはいけない、と思い回れ右をしようとする、私を尻目に、柳典様は声をかけに行く。
「久しぶり、麻梨」
と柳典様は言い、
「ああ、どうも、柳典」と茅様は言う。茅様はつっけんどんで、愛想はない。こちらに気づき、
「初めまして、茅麻梨様。椎月蛍都です」
と私が言えば、「当然知ってる。様はいらない。麻梨でいい」と言ってくるのだ。とてもざっくばらんな印象だった。
この方が、桜典様のお好きな方、と私はしみじみとそのお顔を見てしまう。麻梨様のアーモンド形の瞳はとても目力があった。
「麻梨様この後、何かご用事はありますか?」
と私が聞けば、
「何で?」
と気のない返事が返って来る。
「おい、蛍都。なんか余計な事考えてないよな」
桜典様はどこか焦った様子だ。
「余計な?いえ、ご依頼通り、桜典様はお好きな方と」
「ああ、そ、それは」
「何言ってんの、桜典の好きな人なんか」
「なるほど、ね。依頼か。そう言う手を使っているんだね」
と柳典様が何やらしたり顔で言う。桜典様がにわかに焦り出すのが分かるけれど、その意味は分からない。
「最高の提案だと思うよ。桜典、この後、麻梨とどこかに寄って帰ればいい。俺は蛍都を送っていくよ」
「いやだよ、何で桜典と」
「桜典様は、麻梨様と」
私が言いかけると、桜典様が手の平で口を覆ってくる。
「蛍都、いいのか。兄さんと二人きりで?」
「いえ、良くはありませんが。でも、いい機会です。桜典様は麻梨様と」
皆まで言わせてもらえずに、
「いい、そういう気分じゃない。今日は帰る」と
桜典様は私の手を引く。
「気分?なんか、勝手に土台にあげられて、下げられて。ムカつくんだけど」
と麻梨様の不満の声が後ろで聞こえた。失礼になってはいないだろうか?と思う。
駐車場まで手を引かれていき、
「マネージャーは来てないのか?」
と聞かれる。
「桜典様、柳典様がご一緒の場合には、私は護衛も行います。護衛車で参りました」
「そんな女優、普通いないだろ」
と桜典様は言うのだった。
護衛車の元に行き、
「どうぞ、桜典様」
と後部座席を空ければ、「座って」と言って座席に座らされる。
「え?」
「悪い、少しだけ」
と言って抱きしめられた。
「桜典様?」
「全部で30シーン」
「はい?」
「素肌で触れ合うシーンの回数だ。カット数は多分、500くらいになると思う」
「よ、よく、ご存知ですね」
「入れて欲しいことは、全部要望を出してるから。知ってる」
「桜典様が?」
「そう。蛍都が綺麗に見えるように、見た人間が惚れてしまうくらいになるように。どんな角度がいいのか、みんな相談してる」
「ど、どうして、そんなに?」
「蛍都がどんな風に映れば綺麗に見えるのか、知ってる自信がある。絶対に魅力的に映ると思う」
桜典様の言葉は丁寧で力強い。
けれど、どこか揺らぎがあるのは、桜典様が言葉を選んでいるから?
「観ていられれば。それで良かったんだけどな」
「桜典様?」
身体を離してから、桜典様はチラッとどこかを伺う。
そして、顎に指を当てて、顔を寄せてきた。唇にキスをして来てから、「撮られてる」と言う。「え?」私が慌てて身体を引こうとすれば、逆に角度を変えて口付けてきた。
なぜ?桜典様?と思っても、放してくれない。
しばらくそうした後で、解放してくれたときには、私は疑問符で頭がいっぱいだった。
「オレと兄さんは、協力者だけど、対抗者だ。フェアに闘うつもりでも。ときどき、反逆したくなる」
と桜典様は言う。
そして、
「好きな人の話はしないで欲しい。もしまた話をしたら、場所を問わず、今みたいにする。されたくなければ、言わないでくれ」と言われた。
「さっき、撮られていたのですよね?なぜ続けたのです?」
私の言葉に、桜典様は頷く。
「熱愛のはったりでも、宣伝でも。名目は何でもいい。ただ、兄さんにはなくて、オレにだけあるものが、何か欲しいだけだよ」
桜典様が切なそうな表情をするので、
「そんなお顔、なさらないでください。私にできることがあれば、お手伝いしますので」と告げる。
「できることは、ある。でも、それを期待するのは、きっと無謀だ。今は、映画を撮ろう」
と桜典様は言うのだった。
オレも迎えが来たから、今日は別々に帰ろう、と桜典様は言う。
帰り道、運転をしながら、唇に指先を触れた。
吐息の気配が蘇ってきて、頬が熱くなる。
桜典様とのキスを、プライベートな経験に含んではいけない。
ただ、ふと、不思議に思うのだった。
なぜ、桜典様はキスをしたのだろう?
妥協?熱愛を装う、はったりのため?
お気持ちがないのに、キスをするようなお人なの?
桜典様もまた事務所に所属されているようだし、演技なのかもしれない。
桜典様は、私のことをどう思っていらっしゃるのだろう?
恋人ではない、とおっしゃった。
そう、恋人ではありえない。
私の名前を呼ぶ、あの甘く柔らかな声を思い出して、胸の奥が熱くなる。
また、間違ってしまっては、いけない。
私は単純で愚かだから。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる