上 下
14 / 27

予想外の展開

しおりを挟む
 数日後マネージャーが、タブレットを操作して、出回っている写真です、と言って数枚の写真を見せてくれた。
 マンションに行った瞬間、そして翌朝マンションを出る瞬間。そ
 して、桜典様がマンションを出る瞬間が写真におさまっていた。
 さらに、大学の貸し切りルームから出てくる姿も、撮られていたようだ。

 マネージャーは、
「上出来です。では、香月桜典さんをお相手としておきましょうか?」
 と言っていたけれど、私は不用意な行動だったと反省し、桜典様に連絡を入れる。
 ただ、もう一つ、私の予想外の動きがあるとは、このときは思いもしなかった。

※※※

 二週間の公演は無事に完走し、ホッと一息をつく。途中で桜典様は来てくださった日もあり、その日はなぜか私は心が浮かれてしまう。
 楽屋裏で「はい」と言って花束を渡してくれる桜典様に、私は思わず舞台上のノリで抱き着きそうになった。
「ここじゃ、ちょっと」と及び腰の桜典様には逃げられてしまう。

 先に控えている舞台もあったが、少しだけフリーの期間が出来る。
 ただ、舞台とは別に映画の仕事が入ったという話がマネージャーから出るのだ。
 私はマネージャーが見せてくれたティザー映像と、そして具体的に渡された資料を見て、目を疑った。

 持ち前のパーツはどことなく似ているのに、アンニュイで色気のある表情と、爽やかで清涼感のある表情、対照的なお二人の姿が映像の中に収まっていて、驚く。

「ま、待って。これは何の?」
「映画のイメージ映像ですね」
「どうして、お二人が?」
「キャストだからですね」
「いや、待って。映画の話ではないの?」
「映画の話です。ズブズブの肉体関係の末に、身動きが取れなくなった恋人との関係に悩んだヒロインが、出会った青年とのピュアな交流を重ねていく話ですね」

「ズブズブ……。イヤな予感がするんだけど。まさかそのキャストが」
「恋人役が香月柳典さん、青年役が香月桜典さんですね」
 私は唖然として言葉を失ってしまった。

 たしかに、映像作品を撮りたいという話やイメージのすり合わせの話はしていた。
 だからこそ、私は私的な映像をイメージしていたけれど、まさかこんな大がかりになるとは思っていない。
 設定資料や絵コンテを見て、驚く。「浅香果林」とクレジットがある。
 色々とツッコミどころはあるけれど、配給会社と制作会社が香月グループの会社になっている点、脚本担当に、桜典様の名前を含め、劇団時代の知り合いなど、見覚えのある名前が複数ある点などを見ると、全てグルだったのだ、と思う。
 だとしても、どうしてこんなことを?と思うのだ。

「そして、映画の宣伝だとは思われてしまうかもしれませんが。香月桜典さんとの交際をほのめかしておきましょう」
「この映像は世に出るの?」
「当然です」
「代表取締役を選ぶための私的な映像ではなく?」
「私的な映像である必要はあるんですか?香月グループでありながら?多少なりとも興行収入は欲しいですよね」
「そ、そんな」

 聞いていた話とは違う、と言いたかったけれど、お二人は規模については何も言っていなかった。
「資料には一通り目を通しておいてください。正式な脚本は後日仕上がるようですよ。一般的な映画撮影よりは拘束時間は少なく済むと聞いています」
 私は目の前の紙資料を見て、呆然とする。
 仕組まれたとしたとしても、随分露骨だ。
 柳典様の演じる役との濡れ場に次ぐ濡れ場。「息も出来ないほどの、重ね愛」と書かれている。
 さすがに、これは断りたい。
 何とか、断れないだろうか?と思う。

 
 桜典様のマンションに行った私を迎え入れてくれたのは、なぜか、柳典様だった。私は思わず後ずさり、逃げ姿勢をとる。
 私の振る舞いに、柳典様は苦笑いを浮かべ、
「警戒しないで、桜典公認で来ている。取って食ったりしないよ」と中に入るように、言ってきた。

「二人きりは、イヤです」
「前は俺のマンションに来たこともあったのに」
「今さら何をおっしゃっているんですか?桜典様がいらっしゃるまで、私は外におります」
 と逃げようとすれば、壁に追い詰められる。

「桜典とは二人きりでもいいんだ。理由は?」
「柳典様ではないからです」
 と言ったら、柳典様は笑う。
「最高の答えだ」
「映画のお話を聞きました。本気ですか?」
「本気だよ。社内で掛け合ったら意外に簡単に協力してもらえた。そしてクリエイターは桜典が動いて探してきていたね」
「お二人が映画を作るのは、本当に代表取締役関係ですか?私にはどうも」
「どちらでもいいじゃないか。蛍都は演技をしてくれればいい、そのためのキャストだ」
「お断りは、出来ませんか。私ではなくてもっと、優れた」

「自信がないの?」
「はい?」
「あの内容を演じ切る自信がないの?そして、相手が俺であることに、自信がない?素肌が触れ合うことで、何か困ることでも?」
「な」
「蛍都は肌を重ねれば、ほだされるタイプなの?気持ちが入ってしまう?」
 と言って柳典様が少し悪戯な笑みを浮かべるので、私は眉根を寄せる。

「それは絶対にありません」
「なら問題ない。本気で行くから、無傷では帰すつもりはないけど」
 と柳典様は言う。

 その時、玄関のドアが開き、桜典様が帰って来た。玄関でやり取りをしている私たちを見て、驚いたらしい。
「玄関で、何してんだよ」
 と言う。もっともだ。
「すみません」
「さあ?ここで何かいけないことをしていたかもしれない」
 と柳典様が仄めかすが、
「絶対ないな。この期に及んで、兄さんが羽目を外すわけがない」
 と桜典様は言う。
「つまらないな」
 と柳典様は笑うのだ。
「兄さんの周到さは、十分に分かってる」
 と桜典様。
 相変わらず、ご兄弟仲が随分いい、と思う。

「お二人が事務所に所属されているとは思いませんでした。では、私とお二人はライバルですね」
 と私は率直な感想を告げた。
「ライバルなのは、そっちじゃないだろ」
 と桜典様は言う。
「そうだね」
 と柳典様も言うのだ。
 私には何のことか分からなかった。

 ただ、不意に、幼い頃にお二人と、屋敷の周辺を走っていた記憶が思い出される。
 お二人は当時から冗談を言い合いながら、私のランニングに付き合ってくださっていた。一緒に走るようになったきっかけは思い出せなかったけれど。

「撮影、楽しみですね」
 と自分でも予想に反した言葉が出た。
 お断りしたい、と思っていたのを、忘れてしまったのは、お二人の作りだす仲の良い雰囲気が心地よかったからかもしれない。
 お二人は驚いたような顔でこちらを見る。

「蛍都は思った以上に強者だね。桜典がテコ入れしているからかな?御曹司と舞台女優の熱愛といって写真が出ていたね。さぞかし、いいご関係を?」
 と柳典様は言う。
 そして、桜典様は少し照れくさそうにして、
「蛍都のマネージャーの入れ知恵、はったりだよ。いい加減に、中に入ってくれ」
 と言った。

 無傷では帰さない。
 恐らく、柳典様がおっしゃっていた意味とは違うとは思うけれど。

 たしかに、私は無傷では帰れなかったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

溺愛婚〜スパダリな彼との甘い夫婦生活〜

鳴宮鶉子
恋愛
頭脳明晰で才徳兼備な眉目秀麗な彼から告白されスピード結婚します。彼を狙ってた子達から嫌がらせされても助けてくれる彼が好き

処理中です...