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☑プロジェクトを泳げ☑

プロジェクトを泳げ

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 これまでの20数年の人生経験で知ったのは、オレはよく泳ぐってことだ。
 課題に取り組んで、目標に到達するのはわりと得意だから、どんどん目標を変えて達成していく。
 大抵の場合には、よくやったと労われて、嬉しくなって有能感がぐっと高まるのだ。
 まあ、調子に乗るってことわけ。
 けど、実際には管理されて泳がされているだけだっていうことも多い。
 オレはよく泳ぐからだ。
 
 フラッシュに目をくらませながら、舞台の下から向けられるカメラの群れ。
 その向こうでこちらを見ている彰人を見る。
「おい、彰人、ずいぶんよく泳いだって思っているだろう」
 と思わず睨みつけたくなるが、笑顔くださーい、と言われて、声の方向に笑顔を作る。
 反射神経でポーズを作った。アクションは小さく一枚一枚微妙にニュアンスを変えて、という美希生の指導のたまものだ。
 ちょっとアクロバットもできちゃったりします?という記者のふりへは、バク転で答える。
 留伊須のパルクールトレーニングにより、動ける筋肉づくりもバッチリだ。悔しいことに、何か反論を投げる間もなく、泳ぐ舞台が作られてしまっているのだ。
 どんどん泳いでやる。


 狸社長をはじめとする、彰人、橋本、君塚のセンセーショナルな茶番劇は、ランウェイでのオレの昏倒により、終わりをつげた。
 オークションの様子は、タレント事務所に向けて配信され、プロジェクトへの出資を募ったらしい。
 ひとえに、「完璧なタレント」を作るプロジェクトを作るためだ。

 男娼たちは、環境の変化に適応できるかどうか、外部からのストレスへの対応方法が発展的なものかどうか、などなど、色んな項目から精査されていたらしい。
 ストレスへの耐性によって、ストレスの種類や強度を変えてテストしていたのだ。出資してくれる事務所は、アイドルたちのブレーンとなる。
【cour】と【ティアラ】、【atraente】を中心としたプロジェクトだったが、参加する事務所が増えたことで、大きなプロジェクトとなった。

 一般には非公開のオーディションで、本人もそれと分からず選出される。
 そのため、人によっては大きなストレスを受けることが必至だ。本人によって、屈辱的な状況下におき、どう振る舞うのかをモニタリングする。オレの場合には、男娼として飼い殺し状態にされることは、ストレスになると判断されて男娼館に送り込まれたようだ。

 環境に音を上げて、もう無理だと判断された場合には、元の生活に戻ることができる。男娼館に行った者の中で、すっかり飼い殺し状態になじんでしまった者や我慢できずに脱走を図った者たちも脱落となったらしい。頑張らなければ、元の生活に戻れたのだ。事務所の送迎係として細々と暮らせた。
 そんなことは、知らないから、オレは頑張って、頑張って、自分をアピールしてしまっていたのだ。


 謎の新星俳優主演のサスペンス映画の完成試写会、という触れ込みで、各事務所がじわじわと情報を小出しにしたこともあり、オレのデビュー作の注目度は抜群だ。
 まずは一歩。毎日のように、各事務所のトップが今後の方向性をオンラインで会議をしている。そこには、彰人や橋本も参加していた。オレだけじゃなく、さまざまなタレントたちを各分野に送り込むために知恵を絞っているのだ。バラバラに存在していたコンプライアンスも協力事務所の中では共有して、タレントの活動をバックアップするらしい。
 舞台袖では、美希生が待っていた。
「玲二さん。余韻を持たせるコメントで、惹きつけることが出来たと思います」という。
 慣れない呼び方に違和感を覚えるが、どんどん慣れていかなければならないんだろう。茶亜利伊もとい、美希生は今オレのマネージャーをしている。
「彰人はどう言ってた?」
「無難。よく見える角度をもう少し意識してアクションをしろ、受け答えに慣れをみせるな、だそうです」
「りょーかい」
「そして」
 美希生は涼しい顔で言うが、オレは少し動揺しながら、りょーかい、と返した。
 控室に向かう途中の廊下で、他の関係者と話をしている彰人の姿を遠目にみた。こちらを一瞥して、再び視線を戻す。
 オレはそのまま控室の中に入り、着替えて次の仕事場に向かう準備をした。その間に、美希生が施術の予約を入れておく。明日の朝、時間外の施術だ。先回り先回りの対応に、居心地の悪さを感じる。
だが、止めろとは言わない。


 雑誌の取材や撮影を終えたあとで、美希生の運転する車で、マンションに向かう。
 今日は特別に仕事が多かった。
 体力的には余裕があるが、方向性を変えて、同じような質問を何度もされることが多く、齟齬がないように答えるのには苦労した。
 名前も顔も存在しないタレントでなければいけない。
 無理のない嘘を盛り込んだ詳細のプロフィールを作り込んでいるため、しっかりと叩きこんでおかなければいけないのだ。頭を使ってオーバーヒート気味なのは否めない。
 美希生とは入り口で別れる。美希生はまた明日お迎えに参ります、と言って去っていった。


 押したエレベーターの階数は自分の部屋のひとつ上だ。ぐんぐん登っていくエレベーターの中で、深呼吸をする。 
 形を決めてしまうのは苦手だ。
 その瞬間から形にはまらない大切なものは、隙間からこぼれていく気がするから。

 恋人なら、いつかのゴールを常に考えてしまう。ゴールを決めて達成していくのは、割と得意だ。エレベーターが到着を知らせたところで、思考をやめた。これは、仕事じゃないはずだから。
 少なくともオレはそう思っているから。

 エレベーターを降り、フロアを歩き、部屋を目指す。部屋を押して、インターフォンを押すまで、数十秒の時間がとても長く感じた。
 オレは誘惑に篭絡されなかった、とみなされて、合格した、と聞く。あのときやそのときのあれは、全部試験だったのか?
 事が運ぶのがとても速すぎて、疑問符をぶつける間もなく、ここまで来てしまった。


 ドアが開き、伸びてきた手によって、首の後ろの生え際に指を挿しこまれる。そこからスルスルと「化けの皮」がはがれていく。
「この顔が、どこまで溶け込めるのかが見ものだな」
 と無愛想に言い放ち、人工皮膚を手のひらで遊ばせる。
「悪いけど、商売道具なんで。雑に扱うのはやめてくんない?」
 素早く玄関に身体を滑りこませる。誰に見られるか分からない。
「何事も実験だ。どの程度の強度があるのか。そして、この顔の人間がどの程度、泳ぐことができるのか」
 と大げさなことを言う彰人の後ろには、紙類が溢れたゴミ部屋が拡がる。
 美希生いわく、彰人は昔から物事を整理するために、文章を書き散らす癖があるらしい。
 しかもそれをそのままにしているようだ。正直この部屋にこれ以上踏み込みたいとは思わない。
が。
「俺は、こちらの顔のほうがいいが」
 と頬を撫で、顔を寄せてくる。まずい、と思う。
「いや、ダメだろ。オレはそういうことをしに来たんじゃなくて、これまでのことを聞きに来たんだし」
「ダメだという正当な理由は?」
「事務所のトップとタレントが個人的な関係があると思われたら、スキャンダルになるだろ。完璧なタレントとは言えなくなる」
「3点の答えだな。まだこのプロジェクトの根幹を理解していないようにも思える。完璧なタレントは何も恐れないからこその、完璧だ。スキャンダルがあっても、問題ない」
「いや、わざと曲解させてないか?」
 とオレが言う間にも、鼻先まで顔を寄せてくる。顔を背けて逃げるが、彰人は妙にキスをしたがっているように見えた。

「ほしい」
 と言う。
「それは、テストなのか?ここもテストの内なのか?」
 オレが尋ねると、彰人は目を丸くする。
「これも含めて、オーディション、じゃないのかよ?」
 言葉を重ねれば重ねるほど、彰人が怪訝そうな顔になるのだ。
「理解が出来ない」
 と言い、首の匂いをかがれる。
「だが、答え次第で出ていくなら、そうすればいい」
 と彰人は言うのだった。
 なるほど、上手だ。
 そう言われて、出ていけるわけがない。
 答えに詰まったままでいると、唇に触れられる。
 なんだよ?
 と言えば「これが、気に入った」と言う。
 軽いキスだ。
「欲しい、これが」
 とまるで意訳する前の和訳みたいな言い方をする。
 正直、いまだに彰人のことはまったく、理解できない。

 彰人は説明することを嫌うし、脈絡もないことも多いからだ。でも、信用できないわけじゃない気がする。
 オレはゆっくりとじらしながら、唇を寄せていく。
 結局、この関係はいつまでもスタートラインなのかもしれない。
 いつまでも来ないゴールなら、ずっと泳いでいられる。
 大歓迎だ。
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