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☑変身大作戦☑
心がノックダウン
しおりを挟む君塚の会社【atraente】はオープンカフェスペースのある開放的な建物だった。
1階には店舗があり、2階と3階にオフィスがある。君塚自身の印象のコッテリとした印象とは大分かけ離れていた。
橋本に連れられ2階の受付に行くと、君塚が迎えてくれる。
「この子かい?」
と視線をオレの方に向けてくるのだが、全身をくまなく嘗め回すかのような視線だった。
まさかとは思うけれど、君塚の目に透視スコープが装着されているわけじゃないだろうな、と思う。
「見栄えは充分だ。けれど、ここで働いてもらうにはそれだけではねぇ。もう少し君のことを知らないと」
ともの思わしい雰囲気で、橋本の方に視線をすべらせるのだった。
「そうですね。君塚さんご自身にテストしていただかないと」
「それでいいのかい?」
と君塚はオレの方に視線を向ける。ここでダメとは言えないだろう。採用されなければ目的に近づくことはできないのだし。
「はい」
とオレは言う。少しだけ意識して声を低くした。
「じゃあついてきてくれるかい?」
と言うので、オレは君塚の後をついていく。すれ違いざまに橋本が「なんとか耐えて」と囁いてきた。耐えて?何に。
と尋ねる間もなく、橋本はそのまま踵を返していった。
オレは君塚に3階へと案内され、一番奥の部屋に通された。木材を活かしたデザインの一室だ。程よく採光され開放感がある。
中央にあるテーブルをはさんで君塚と向かい合って座る。
「履歴書はいらないよ。これまで色んな人の経歴も資格を見てきたから、もう見飽きてきたんだよねぇ」履歴書なら一応用意してきてはいる。だが、ほとんどが嘘で固められているので、履歴書が不要だというのは朗報だといえる。
「わたしが君の中に見つけたいのはね、わたしの希望を叶えてくれるかどうか。その一点だけなんだ」
「希望、とは」
「それはこれからテストしてみよう」
君塚はそう言って、手元に持っている何かのスイッチを押した。すると座っていた椅子がスライドして壁へとくっついていく。
壁や内装が回転し、部屋が見る間に変わっていくのだ。からくり屋敷、と頭では思う。窓は壁面へと変わり、あっという間に密閉間のある空間へと変化していた。君塚は椅子からおり、開いた壁の一部からヘッドセットのようなものを取りだしてくる。
それをオレの頭へと装着してくるのだった。
「これは?」
本当なら、なんだよこれ?と聞きたいところだけれど、出来るだけ落ち着いた風を装って尋ねる。
「あちこちから今から出てくるものを、あらゆる手を使って倒して欲しいんだ。時間は10分間。ルールはそれだけ、じゃあ始めようねぇ」
ゴーグルをヘッドセットから下ろされる。
ゴーグルを装着されると、目の前にベールがかかるかのような錯覚が起こった。これはVRセットのようなものなのかもしれない。数回知り合いの家でやったことがあるけれど、確かにこんな感じのヘッドセットをつけたような気がする。
そんなことを考えているうちに、目の前に、戦闘服を身に着けた人間が次から次へと出てくるのだ。
出てくるものを倒して欲しい、と言われたのは、このゲームをクリアするのがテストということなのだろうか。と思う。
ただ、ゲームと違う点は、コントローラーのようなものがないということだ。ゲームならゲームを操作するコントローラーを使うものだと思う。
そうこうしているうちに、近づいてきた戦闘員がオレの腕をひねり上げてくる。なぜか本当に腕を掴まれているわけじゃないのに、腕に痛みが走るのだ。脳にダイレクトに刺激を与えているということなんだろうか。
オレは掴まれていない手の方で、戦闘員の腕を掴んで、蹴りあげる。
リアルすぎるゲームなんて勘弁だった。蹴りあげたことで、戦闘員とは距離をとることには成功する。その後ろからは別の戦闘員たちがわらわらとやって来ていた。
次から次へと出てくる戦闘員がいることをみると、どうにか倒さなければいけないらしい。どうにか倒すっていっても、格闘技をやっていたわけじゃないし、ゲームみたいにコントローラがあるわけじゃない。よくあるゲームなら、手や足にコントローラー代わりのセンサーをつけてプレイするものだ。
とりあえず体感型のアクションゲームだと想定して、あくまでもイメージだけで、戦闘員を蹴り上げてみる。サッカーだったら一発退場だ、と思いながら。戦闘員は倒れ、ゲームのように消えていく。実際の行動が反映されるゲームなのか、と思うが手足に機器をつけているわけでもないのに、そんなことが可能なんだろうか、という疑問もある。
ただ、次から次へとやってくる戦闘員をどうにかしなければ、と思っているうちに、自然と身体が動くのだった。人間だけではなく野生の動物のようなものも途中で出てくるのだが、基本的には肉弾戦で倒していくシステムのようだ。
回避、ガード、攻撃のようないわゆるアクションゲームのような基本的な動きはできるらしい。最後に肉食恐竜のような獰猛な生き物が登場してきた。回避を繰りかえして、ときどき攻撃を繰り出しているうちに、ピーっとホイッスルのような音がして、画面が消えた。
オレはヘッドセットのゴーグルを外す。
妙な疲労感があった。目の前には君塚のスイッチによって変化した部屋が広がっている。ただ、異様だったのは、分厚い防護服のようなものに身を包んだ君塚だ。
「お疲れさまだったね。ふぁんたすてぃっくなプレイだったと思うよ」
と君塚は言う。
今のゲームのことを言われたのかと思い、
「すごいVR技術でした」とオレは言う。
脳への刺激なのかもしれないが、ここまでダイレクトな感触のあるゲームはなかなかない。オレがそう言うと、君塚はにこにこと笑う。
「そりゃそうだよ、今のゲームはほとんどの感覚がリアルで起こっていることだったのだからね」
「は?」
不意に気の抜けた声をあげてしまった。理解できなかったのだ。
「君はたしかに、映像を見ていたけれど、君の身に起こった感覚それ自体は、リアルに起こっていたことなんだよねぇ。君はわたしと闘っていたんだ」
「つまり、感覚はリアルだと」君塚はうなずいた。
「なかなかすごい蹴りだったねぇ。きっとサッカーではレッドカードものなんだろうね。でも、わたしからすればプラチナカードだ」
「はあ」
オレは君塚を蹴りあげていたってことなんだろうか?これがテストだとすれば、オレは何を試されていたんだ?という疑問が浮かぶ。
「君は合格だよ。えぇと名前はなんて言ったっけ」
「野狩玲一」
もう少しましな偽名はなかったんだろうか、と思う。履歴書をかくときに咄嗟に思い浮かんだ名前だ。
「野狩くんには特別な仕事をしてもらいたい」
「といいますと」
「明日からここに通ってきてほしいんだ」
「それは正式採用だということですか?」オレは念を押す。
「そうだよ。けど。敬語はやめよう。フランクに、いやもっと崩して、わたしのことを遙か下に見るかのように話してくれないかな」
「え?」
「それに、君の涼し気な眼差しで、わたしをこき下ろしてほしいんだ。ほらためしに言ってみてくれ。この豚が!害虫が!とね」
「え、いや」
「ほら早く」
そんな煽り言葉を求められても、豚にも虫にも罪はないだろ、という妙な博愛主義が芽生えそうになる。
そもそも、なぜ君塚を罵倒しなければいけないのかも不明だ。
「お願いだよ、言ってくれ」
なぜか身体に縋りつかれる体勢になり、オレは腰が引けてくる。さっさと解放されたいという思いも募ってくるのだった。
「このクソ野郎!へばりついてくるんじゃねぇ!さっさとどけ!」
と言ってみる。君塚の瞳にポッと光が灯った。
「すみません、野狩サマ」
とひざまずいて、オレの靴に額をつけてくるのだ。
そんなことするなよ、と思う。そんなものは求めていない。しかし、こちらを見あげてくる君塚の視線には、熱っぽいものが宿っていた。
もっとひどい言葉遣いで、という期待の熱なんだろうか。
「や、やめろ、クズ。さっさと離せ」
熱に押され、オレは不慣れな暴言を吐く。
したくもないのに人を傷つける発言をして、ここまで自分の心が削られることもなかなかない。君塚が「すみません」と言って靴から頭を離す。オレはこれ幸いと、君塚から離れた。
君塚は土下座の体勢で床にへばりついている。
「今日はもう帰る」
とオレは言う。会社の面接に来ておいて、「帰る」じゃねぇよ、と自分でツッコミを入れたくなる。だが、君塚のシナリオがそういう流れを求めているのがひしひしと感じられたのだ。
「ぜひ、明日からお願いしまぁす」
と熱いまなざしで君塚はこちらを見あげてくるのだった。
この寸劇はなんだ。と思うけれど、とりあえず採用されたらしいので、オレは君塚を振り返ることなく、部屋を後にした。
部屋から出るとどっと疲労感に包まれる。2階の受付まで降りたところで、受付にいた女子社員にこちらの社員証を明日からお持ちください、と言われて手渡された。いつ撮影されていたのか分からないが、オレの写真がしっかりと写っている社員証だ。
オレは受けとると1階へと降りていった。採用されたものの、これでいいのか?方向性は間違ってないのか?と不安でいっぱいになる。
1階の店舗部分に降りていくと茶亜利伊が待っていた。普段のベルボーイ風の衣装ではなく、少しカジュアルダウンしたスーツをまとっていたので、はじめは誰だか気づかなかった。
けれど、気づいたときに、ふとどこかで見たことがあったような既視感に襲われるのだ。
「狩野様お迎えにあがりました」
と茶亜利伊は言う。オレはまじまじとその顔を見てしまう。
癖のない端正な顔立ちをしている男だ。どこかで見たことがあるような顔をしている。ただ、とりわけ目立つような印象がないため、どこで出会ったのか記憶をたどることが出来ない。
「オレだって分かるんだな」
「はい、わたしもそれなりに鼻が利きますから。狩野様の匂いなら、把握しております」
「彰人みたいなこと言うなよ」
「狩野様、男娼館へ戻りましょう」
「そうだな」
当面の間、オレの戻る場所は男娼館しかないんだろう。こうして君塚に関する任務がいる以上は。茶亜利伊とともに、男娼館に戻った。
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