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☑くんずほぐれつのお仕事☑
アクティブなお仕事
しおりを挟むハッキリ言って寝起きは最悪だった。
頭がガンガン痛むし、胃もたれも相まって何かを食べる気持ちにはなれない。ただ、喉は乾いていたので、枕もとにご親切にも誰かが置いてくれたイオン飲料を飲んで、水分を補給した。
スーツを脱ぎ、スウェットに着替えていたことを思えば、意識はあったのかもしれない。
今日は何するんだっけ?
とベッドに身体を横たえながら思う。昨夜彰人と飲んでいたことは覚えているけれど、その後の記憶が空白だ。ただ、彰人の浮かない顔が記憶には残っている。飲みすぎて最悪なことをしでかした、とか?
茶亜利伊の話によれば、オレが君塚の相手をしてはどうかってことだった。【cour】のタレントが君塚のもとで目撃されることについて、証拠をおさえる必要があるはずだ。
時計を見れば、昼をまわっていた。
しかし、ここのところ、仕事の内容を説明しに来る茶亜利伊がなかなかやってこない。体調が最悪のため、やる気が溢れているわけではないけれど、仕事となれば別だ。
ただ、今日明日と過ごした後でオークションにかけられる、との茶亜利伊の話が頭によぎる。
オークションにかけられて、パトロンを探すことで借金の返済を目指す?
そんな飼い殺しのようなことを本当にされるのか?
そんなゾッとする想像をしたときに、ドアをノックされた。返事をすると、手にスーツを一式抱えた茶亜利伊が入ってくる。
「おはようございます、狩野様」
といつも通りの無駄に慇懃な調子で挨拶をして、新しいスーツをお持ちしました、というのだった。スーツをクローゼットの中にしまう茶亜利伊にオレは声をかける。
「あのさ、昨日の話だけど。君塚のことを探るってやつ」
「はい、その件に関しましては、八俣様にキツイお叱りを受けました。そのため、狩野様は君塚様の担当からは外させて頂くことにします」
「え、なんで」
「これを申し上げるのは、少々問題かもしれませんが。八俣様は、狩野様のことをあまり巻き込みたくはないようなのです。君塚様にアレコレ、ソレドレといかがわしいことをされるのは、許しがたいとお考えのようです」
「いかがわしいことって。こんなところに放りこんどいて、今さらじゃねぇの?」
そもそも、彰人以上にいかがわしいことをしてくるやつは、今のところいない。
茶亜利伊をのぞけば。
つまり、この男娼館は従業員や管理者のほうがヤバいってことにならないか?
「その通りでございます。狩野様はすでに男娼として活動する気迫は満々のご様子。ですので、狩野様は橋本様を担当して頂いてはどうか、と思うのです」
「思うのです?それってお前の独断?」
はい、と茶亜利伊は、にこやかにほほ笑む。
「八俣様はとれも明晰で怜悧な方ですが、時折合理性に欠く行動をお取りになることがあります。それはそれで好ましく可愛らしいことですが、今その行動はあまり望ましくありません。今は、使えるものはなんでも使おう、親でもじいやでも、という八俣様の意識が発揮されるときです」
「親でもじいやでも、ね」
「私は狩野様でも使うべきだと思います」
「ずいぶんとハッキリ言うよなぁ」
「すばらしいトライアングルをお持ちになる狩野様に不可能はないと、存じております」
オレの顎のあたりに茶亜利伊の鋭い視線が突き刺さってくるので、ぎくりとする。
こいつはこいつでなかなかやばい奴なのだ。
「橋本は君塚とどういう繋がりがあるんだよ?たしかに昨日はどこかきな臭い感じもあったけどさ」君塚と橋本のどちらかというなら、橋本の方が手ごわいような気がする。君塚も食えないおやじのような気がするが、狡猾さは橋本の方に分があるように思うのだ。
「橋本様を陥落するコツは、八俣様の存在です」
「たしかに、それはなんとなく」
彰人の話が出たときの橋本の変化は、記憶に新しい。嫌いだとハッキリと言っていたのも覚えている。
「それに、どうやらあの方々の好みは似通っているようです。狩野様の場合には、八俣様のことを念頭に置けば、橋本様を陥落するのはたやすいのではないでしょうか」
「彰人のことを念頭に置いたら、分からねぇことしかないけどな……」
「ともあれ、狩野様には今日明日、橋本様の担当をして頂きます。出来得る限り、ギリギリのところまで橋本様と懇ろになってください」
「ギリギリのところってのは」
「くんずほぐれつのところまで」
「なんだ、それ」
「ということですので、本日も夜からのお仕事になります。よろしくお願いいたします、狩野様」
そう言って茶亜利伊は部屋を出ていった。
茶亜利伊が去ったあと、オレは橋本の資料に再び目を通した。
橋本が社長を務めているのはECサイトの運営やITを駆使した派遣業などをメインに行っている会社のようだ。派遣業は一時期話題になったレンタル人材サービスから、あらゆるニーズに対応できるような柔軟なサービスをモットーとしているらしい。
それだけでは君塚とのつながりが見えないが、もしも君塚が【cour】のタレントを勧誘しているとするなら、橋本の人材派遣業にも【cour】のタレントが関わっている可能性もある。あるいは、これから関わってくる可能性もあるのかもしれない。
どんな方向から切り込んでいくのがいいのか、よく分からない。
男娼として色を売るという方向から動くというのがオレに向いているとはあまり思えないから。
単純に男友達として仲良くなる方法はどうだろう?人と親しくなるのは、割と得意な方だ。
そんなことを考えながら、夜までの時間を過ごす。正直身体も全快じゃなかったので、飲み物を補給するくらいで部屋でのんびりとしていた。
夜になって部屋の内線が鳴り、支度の要請が入り着替える。
ベッドサイドテーブルには橋本からもらったチョーカーが置いてあったが、バカ正直にネックレスをしていくことは、ベストじゃない思った。
あえてチョーカーをしていくのはやめ、茶亜利伊に呼ばれて部屋を出る。ホールに行くと前と同じように、大窓沿いの椅子に橋本は腰を下ろしていた。スマートフォンでなにか作業をしていたようだが、「一喜さん」とオレが声をかけると、橋本は顔をあげる。
「ああ、今日も君だと聞いて嬉しかったよ」
橋本は柔和に笑い、オレの腕をとってくる。
「今日は外に出よう。外にタクシーを待たせているんだ」
オレは言われるがままについていく。
念のため、スマートフォンの位置情報をオンにしておいた。
橋本はタクシーに乗り込むや否や、今日は何をしたい?と聞いてくる。
オレは昨晩飲みすぎたことを素直に伝え、あまり飲食はできないと言った。
すると、橋本はじゃあボルダリングでもしに行こう、というのだ。オレは意外な提案に正直嬉しくなった。アクティブな方が実は好みだ。
橋本の行きつけだというボルダリング場に行き、一式をレンタルしてもらう。堅苦しいスーツから着替えて、動きやすいウェアに着替えたことで、すっかり気分転換してしまった。
二日酔いもなりを潜めてくれる。
オレはボルダリングをほとんどやったことはなかったけれど、上級者コースをすいすいと登っていく橋本とセッションしているうちに、だんだんとコツが分かってきた。橋本は手の位置や足の位置などの基本的なアドバイスがなかなか的確だ。
一度目では断念したコースも、アドバイスを参考に手足や背の使い方を変えてみると、意外に簡単にのぼることができるようになる。
「筋がいいね」
と橋本に褒められたときには、任務を忘れて嬉しくなってしまった。
ただ、
「意外に下半身が筋肉質なんだね。サッカーでもやっていたの?」
「顔に似合わずに筋肉がしっかりとあるから、そのギャップがいいね」
とかいって身体を撫でられることもあり、そんなときだけは、急に身体が警戒モードになる。
筋肉質と言われても、そんなのは意外でも何でもない。
そもそも、外で部活に励むような生活がオレの日常だったのだ。高校時代も彰人が絡まない限りには、部活で汗を流していた。
高校卒業と同時に彰人との音信が途絶えてからも、知り合いとフットサルをしたり、気まぐれにマリンスポーツやウィンタースポーツをしたりとアクティブに過ごすのが、オレ本来の生活スタイルだ。今のホテルに閉じ込められている状況が普通じゃないだけで。
「スポーツは好きなんです。もう一度行ってきます」
と言って、何とか橋本の手から逃れる。
自分の身体の使い方に敏感になるという意味では、ボルダリングはいい。誘ってくれた橋本に感謝する反面、このデートもどきが終わってしまったら、どの方向に舵をとっていいのか分からない。
この辺でやめておこう、と橋本が言うまで、オレはつい夢中になって登ってしまっていた。
「玲二くんとはスポーツが楽しめそうで良かったよ」と橋本が言う。
「すごく楽しかったです。こういう遊びならいくらでも誘ってください」とオレも素直に答えた。
橋本とこうしていると男友達とスポーツをするような気軽さがある。損得勘定なしに楽しめるなら、橋本とボルダリングをするのもアリだと思った。
「それは嬉しいな。今度は玲二くんの好みの場所にも案内してくれると嬉しいな」
「オレはもっぱらフットサルですけど。それでもいいですか?」
「全然いいよ。オレもサッカーはしていたことがあるんだ」と橋本。
こんな会話ができるとは思わなかった。彰人とはまずできない会話だ。
やつがオレのゾーンに関心を示すことなんてないだろうから。そう思うと少し虚しくなる。
彰人から関心を向けて欲しい、そんな風に思うことはバカげていると思う。
「どうしたの?顔色が優れない気がするけど」
と橋本が気にかけてきたので、何でもないです、と濁した。あまり食べたくないということだけど、何か軽食くらいなら口にできる?と橋本。
それほど腹が空いているわけではなかったが、軽いものなら、とオレは答える。すると橋本はうなずいて、じゃあ、場所を移動しようというのだった。ボルダリング場でシャワーを浴び、スーツに着替えなおしてから、タクシーで場所を移動することにした。
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