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☑裏の裏の目的☑
糖度をおびて
しおりを挟む八俣様がこの男娼館の他に、【cour】の取締役を勤めておいらっしゃるのは、ご周知のことかと思います。その【cour】で昨今、奇妙な出来事が起こっているのでございます。
というのは、【cour】のタレントがそれまでは一切それらしい素振りも見せずに、突然事務所を辞めると言い出す事態でございます。
それははやり病のように、【cour】に広がっており、ただならぬ自体だと判断した八俣様は、その原因の追究に乗り出したのでございます。
事務所を辞すると宣言したのは、ほとんどが若い男性タレントで、それも潮流に乗っております。つまり、下世話な言い方になりますが、稼ぎ時の方ばかりなのです。
また、タレント業から降りる理由も曖昧模糊のまま、とにかく辞めたいの一点張り、という共通項があり、問題は事務所の環境、仕事の状態云々ではなく、他にあるのではないか、と八俣様は判断なされました。
まず可能性として考えられたのは、外部からタレントへ何かしらの接触が行われた可能性でございました。
その中でも有力なのは、【cour】よりも良い待遇で、他の事務所に迎えいれられる可能性でした。ですが、どの事務所にも彼らが移籍した痕跡はなく、彼らは【cour】をやめた後に、文字通り、タレントを辞めているようでした。
結局、他の事務所に移籍するという可能性は潰れる結果になったのでございます。
こうした一連の出来事は、そのままでしたら、彼らは単にタレントを止めた者、八俣様は人材を失った者、の図式のまま、処理されてしまう出来事でございました。要するに、事態は頭打ち状態でございました。
けれど、君塚様のアパレルブランドの新作発表会で、【cour】を辞めたはずのタレントが目撃されたとの情報が入ったため、状況は好転いたしました。
様々な方面から情報を仕入れたところ、君塚様のところには、目撃されたタレントのほかにも、元【cour】のタレントが多数身を寄せているということが分かったのでございます。
早速、君塚様にその事実を問い合わせてみたところ、詳しい事情は何も知らないという返答でございました。
けれども、順当に考えをめぐらせますと、【cour】から出たほとんどのタレントが、君塚様の下で働くことになるというのは、どう鑑みても不自然さを否めません。
とういうわけで八俣様は……。
「君塚を探ってるってわけなのか」
結局、1階のカフェでコーヒーを片手に話を聞くことになった。彰人が一言、ウェイターに声をかけただけで店内にはオレ達だけになり、完全な人払いがなされていた。
オレはアメリカンをすする。
「そのとおりでございます。幸い梢様と君塚様は旧知の仲。君塚様は、かねてより好んでこの男娼館にも足を運んでおりました。それを端緒にして、君塚様の身辺を探らせていただこうというわけでございます」
「そういうことだ。君塚を絡め取るために、ここには多数のスタッフを配置した。茶亜莉伊もそのひとりというわけだ」
「なるほどな、それでこいつは、へんに事情に通じてたわけか」
斜向かいに座る茶亜莉伊に視線を注ぐ。
茶亜莉伊は、アールグレイティーを口にしている。単なる従業員にしては、鷹揚だと思ったんだよな。今もこうして、呑気に茶をすすってるし。
「ところで、茶亜莉伊。スタッフの配置については、代替案を出してもらわなくては困るのだが?偵察に出していた男娼と玲二とを無断で交代させてしまったんだからな」
「代替案は、簡単なものだと存じ上げます。その役割をすべて、狩野様に託してはいかがでございましょうか?」
弾かれるように顔を上げ、彰人はオレの目を見る。
「な、なんだよ」
「心許ないな。上手く丸め込まれ、取り入られてしまうのがオチだと思うが」
「ですが、八俣様。あの男娼よりも狩野様のほうが、「明らかに」君塚様の好みのタイプでございます。好みであるかそうでないかは、君塚様が相手である以上、必須事項でございます」
茶亜莉伊がしれっと言うと、彰人は眉をひそめる。
「玲二。まさか既に君塚のダークサイドに触れてはいないだろうな?」
「ダークサイド?」
「業界では有名な、君塚様の「ご趣味」のことでごさいます」
「ふ~ん、趣味?多分、触れてねぇと思うけど?だって、まだ、今日会ったばっかだし」
「そうか。なら良い」
そう言って、彰人はエスプレッソを一口飲む。変なやつ。だけど、事情を聞かせてもらえたのは、嬉しかった。すごく。
彰人のことになると、オレはどうも単純になって困る。
「だが、気に入らないな」
彰人は、テーブル越しにオレのネクタイを掴み、引っぱると、
「な、何が?」
首の匂いをかぐ。
「お前からは、君塚と橋本のフレグランスの混じった匂いがする。即刻シャワーを浴びるべきだ」
真面目な顔をして言うことがこれというのも、彰人らしいっていうか何ていうか。
「たく、お前って潔癖症だよな。たしか高校の頃からそうだよな?」
何となく思い出したことを口にする。
すると彰人は、怪訝そうにオレを見つめてくる。
「彰人?どーかしたか?」
「どうもしていない」
「空気が糖度を帯びてまいりましたね。私は居場所をなくしてしまいそうでございます」
茶亜莉伊はすくっと立ちあがる。
「どこに行くつもりだ?」
「フロアマネージャーの職務を全うして参ります。お二人は、残りのパーティを楽しまれてはいかがでしょうか?」
「パーティを楽しむたって、オレは君塚を探さねぇと。橋本と何か怪しげな話をしてたから、席を外してきたんだ」
「橋本と。やはりそうか」
「やはりでございます。けれど、それは想定内のことでございます。やはりここはおふたりでパーティを楽しまれるのが良いかと思われます」
「何でそう、楽しめ楽しめってゴリ押ししてくるんだ?」
「個人的なことを申しあげるのであれば、君塚様と狩野様が親しくなされるよりも、八俣様と狩野様が親しくなされる方が、大変興味深いことだからでございます」
「は?」
「美、いや茶亜莉伊。余計なことは良い」
「はい、それでは失礼いたします」
慇懃に会釈し、茶亜莉伊は去っていった。
「変なやつ」
オレは茶亜莉伊の背中を見送った。
こうして彰人と二人取り残されたわけだけど。
いつも彰人は突拍子もなく表れて、好き放題するっていうのが慣例だったから、なんだかこうしてあらためて向かい合っていると、どうして良いのか分からなくなる。
事情の説明をしてもらわなければ、とついさっきまでは、彰人と話さなくちゃいけないことがあったけど、今は。今は、何を話して良いのか、逡巡してしまう。
彰人と、話したい、こと。
仕事上だとか義務上だとかのことは割りきりが効くし、大義名分があるけど、個人的にしたいことは、歯止めをかける自信がない。オレの感情に左右されるから。
「パーティに行けと勧められたが、お前の意見はどうだ?」
オレが黙っていると、静かな瞳でまっすぐこちらを窺い、彰人が口を開いた。
「どうだって言われても。お前こそ、忙しくてオレの相手なんかしてられないんじゃねぇの?」
「今晩はさほど忙しくはない。タレントの騒動も、表面上では鎮静化したからな。あとは君塚を問い質して、何が出てくるかだ」
「そっか。え、と。まあ、お前大変だったんだな。オレ、全然そういうの知らなかったから。なんか、悪かったな。お前が説明してくれないのを勝手にいじけてて、無神経だったよな」
「お前が無神経なのは、今に始まったことじゃない。そういった性質を今更指摘したところで、生産的ではないと思うが」
生真面目な顔をして彰人は言う。
「あ、あのなぁ。けど、そっか。お前に時間があるなら、茶亜莉伊に言われたとおりパーティにでも行ってみるか?あ、でも、君塚にオレとお前が一緒にいるのバレたら、ヤバい……のかな?」
「そうだな。では行こうか」
彰人は立ち上がる。
「は?彰人、オレの話聞いてたか?」
「聞いていた。時間があるのならば、パーティに行こうとお前は言っていたのだろう?違うのか?」
「まぁ、その通りだけどさ」
「ならば問題はないな。早く行かなくては、終わってしまう」
そう言って彰人は受付に声をかけ、カップを片づけるように言う。
「では行こうじゃないか。玲二」
そう声をかけ、先を歩く彰人の背中がワクワクして見えたのは、オレの欲目か?
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