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☑裏の裏の目的☑
きな臭いゆで卵
しおりを挟む夜までの宙に浮いた時間を過ごしていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
夢を見た。
夢の中でオレは誰かをずっと待っている。
なぜかオレは動くことが出来なくて、はらりはらりと粉雪がふる中、ただじっと誰かを待つことしかできないのだ。
雪は、どんどんその粒を大きくし、オレの肩を埋めていく。誰かはきっと来る。そう信じているけれど、雪がその嵩を増すにつれ、脱脂綿にたらした墨汁のように、疑いはじわじわと信用を蝕んでいく。
ああ、そうだ。
オレはこの結末をすっかり知ってしまった。だから今、墨汁の黒がすっかり綿に馴染んでしまっているんだ。
降る雪も、積もる雪も、黒く染まる。
なあ、後どれだけ待てば良い?
結末を知っているのに、後どれだけ、希望を持ったフリして待てば良いんだ?
夢の中のオレは、これが夢だと気づいてしまっていて、だからこそ、知り尽くした結末の、待ち人が来ないことを繰りかえすことが耐えられないようだった。
そして、目覚めたオレはといえば、君塚浩二というアパレル会社の社長の横にいる。
「ふぁははは、なんてふぉーちゅん。君みたいな童顔美少年と出会えるなんて、予期せぬ運命だ」
男はパシパシとオレの肩を叩く。
君塚はふくよかな腹と、つやの良い頭皮をしている、ゆで卵を思わせる男だ。
「ありがとうございます。でもあの、それよりも良いんですか?さっきから沢山お誘いを受けているのを見たんですけど、行かなくても?」
さっきからずっと、壁沿いのスツールに並んで腰掛けたままだ。立食を終え、ダンスが始まる中、無関係を決め込み、こう座り込んでいるのは、オレ達以外にはいない。
「ふぁははは、今わたしの羽振りが良いのを狙っているような連中だ。放っておけば良いさ」
そう言い、男は身を寄せてくる。そして、妙にいやらしい手つきで、腰の辺りを撫でる。
うう。
やめてくれよ。
このオッサンと触れ合うことが、どう彰人の手伝いになるっていうんだ?
「それにしても、良い屋敷だなぁ。こうピチピチとした少年に満ち溢れているとは、エデンだよ、ここは」
カクテルを配り歩いているのも当然男、接客に勤しんでいるのも当然男、そういった光景を目で楽しみながら、君塚は言う。
「き、君塚さんは、良くここにはいらっしゃるんですか?」
「そうだね。この館主の橋本梢とは旧知の仲でね、時折こうして、息抜きに来させてもらっているんだよ」
「そうなんですか」
「予約を入れていた男娼がキャンセルになったと聞いて、不平不満たらたらだったんだが」
君塚の赤ん坊のように丸く、けれど赤黒く皮の厚い手が、オレの耳に触れる。
「寧ろ、君になって良かった」
君塚は、人さし指でお出でお出でして、オレに上を向かせる。
「綺麗な目だ。今はわたしが客として来ているから、従順を装っているが、本当は中々飼いならせない、やんちゃな目をしている」
君塚のぎょろりと大きな目玉に見つめられ、背中がしゅんっとした。
「あ、ありがとうございます」
「礼を言うことはないんだよ。ただちょっと、君とは、客としてではなく話したいことがあるんだけどねぇ」
「どういうことですか?」
「ああ、あつらえたように役者が揃った」
君塚は、ホールの入り口を認める。
「え?」
「どおりで予約が取れないと思ったら、君塚さんの相手をしていたのか」
「あ、一喜さん?」
橋本は、パープルの派手なスーツに身を包み、颯爽とやって来る。
「玲二君、昨晩はどうもありがとう。楽しい夜だった」
「そ、そうですね」
「橋本くん、聞いたよ。君も良くここに出入りしているそうじゃないか。彼を既に指名していたとは、頭が下がるよ」
君塚は重い腰を上げ、オレも仕方ないのでそれにあわせて立ち上がる。
「はは、玲二君のことですね。きっと君塚さんの好みのタイプだと思いました」
「そうそれだよ」
バシンっと、まるで風船が破裂したかのような大きな音で手を打ち、君塚は布袋顔になる。
「橋本くん、例の話は考えておいてくれたかい?勿論、その件はお母様には内緒にしているだろうね?」
「信用がないなぁ、勿論ですよ。母に話がいけば、彰人にも話がいく。そういう循環は目に見えていますから」
彰人にも話がいく?何のことを話しているのか分からない。
「まぁ、その話は後々しようじゃないか。ところで今日はこの後空いているのかい?」
「本当は会議が入っているんですが……。社長は、人脈戦術にだけ気を配っていてくださいと社員に追い出されてしまって、仕方なく時間をつぶしてる感じなんですよ。君塚さんとの一件も、言ってみれば、人脈戦術なのかなぁ」
「その辺りは情状酌量をもらって、ね?」
君塚の目が妖しく光る。
橋本も顔こそ笑っているが、なんだか、只ならぬ雰囲気だ。
「あの、おれ、少し席を外しましょうか?」
「ふぁはは、気を使わせてしまったかな。私としては、居てくれて一向に構わないんだが。ここはひとつ、君の配慮をありがたく頂いておこうかな、ねぇ、橋本くん?」
「そうですね。悪いね玲二くん」
「いえ、それじゃ」
オレは、ホールを抜け、一階のロビーで過ごすことにした。大窓の脇のソファに腰下ろして、外の庭園を眺める。
さっきふたりがしていたのは、どう聞いてもきな臭い話だ。それにあのオッサン、客としてじゃなくオレに話があるって言ってたし、きっと何か裏がある。
茶亜莉伊からは、詳しい話は聞いてないけど、あのオッサンが何かのキーだとするなら、席を外したのはミスだったかもしれない。
どーすっかな。
こっそり戻って聞き耳を立ててみるか?そう思い、オレはホールに抜き足差し足で戻った。
ホール入り口の巨大なアーチの影に隠れて、オレはふたりを探す。一望した限りでは、ふたりの姿は見当たらない。
ヤバそうな話は、然るべきところでするってことなんだろうか?
「こんなところで何をしている?」
「ひゃ!」
突然後ろから声をかけられ、思わず飛び上がる。振り返ると、彰人と茶亜莉伊がいた。
「どうしてお前がここにいるんだ」
彰人は怪訝そうにする。
「どうして?お前がここに無理やり押し込んだからだろ!忘れただなんて言うなよな?」
「どうなっている?今日の客人は、高松義彦だったはずだが」
オレじゃ埒が明かないと思ったのか、彰人は茶亜莉伊に尋ねる。
「そのとおりでございます。本日狩野様は、高松義彦様の、個展を祝したレセプションパーティに参加することになっていました。つまり、ここに狩野様がおられるのは、全くもっておかしなことでございます」
「おかしなことでございます?ちょっと待てよ。お前が客を変更したんだろ?」
オレが言うと、彰人はすうっと例の温度の低い目を作って茶亜莉伊を見る。
「美、茶亜莉伊、それは本当のことか?」
さすがの茶亜莉伊もあせった顔で、顔の前に両手を出してみせる。
「坊ちゃん、そんな怖い顔をしないで下さい」
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「は?ぱらぐらふ?」
彰人はオレの方を見る。
「なるほど」
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「君塚を?何で?」
オレは彰人を見る。語りたがらない瞳がオレを見つめかえす。
「教えて、くれるわけねぇか」
「坊、いえ八俣様。よろしければ、私が説明をいたしますが、どうでしょうか?」
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