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三角形への希求
アンガーマネジメント不可
しおりを挟む今朝、姫サマからフロントをつないで電話があった。
「なんだか知らない人達が、事務所をぐちゃぐちゃにかき回してったの。かのちゃんなんとかしてよ」
そんな感じの電話だったのだが、なんでも、訪れてきたのは、強面でガタイのいい怖い風体の人達だったらしい。
つまり、想像に難くなく、社長の逃亡について、アチラ側(つっても数多あるうちのどの金融会社だかオレには判らないけど)にも報告がいったのだろう。
昨日今日の騒動で、情報が筒抜けになるなんて、仕事が早いのか、既に目を付けられていたのか、あるいは、誰かが直に連絡を入れたのか。
誰かって、彰人が?んなバカな。
でも、橋本の彰人黒幕説を一蹴してしまえるほどの情報のないオレには、彰人を疑うのが妥当なのか、そうじゃないのか、見当がつかなかった。
現われるタイミングの良さや、前々から、オレがあそこに居ることを知ってたことも含めて、彰人には怪しいところがありすぎる。
彰人が怪しくなかったことなんて、思えば今まで一度もなかったわけだけど、今回ばかりは事情が違う。オレひとりを弄ぶ不可解さなら、いざ知れず、口にするのも憚られる借金が関わってくれば、話は別だ。
勿論、顔見知りのあいつに、そんな疑いがかかるのが、嬉しいわけなんかない。
朝食を摂りに行くためにオレはスーツの上着を羽織る。
ルームサービスとして食事を運んできてもらうこともできるらしいが、今日はやめておいた。
部屋のサイドボードの上に置かれていた冊子には、ホテルでの過ごし方に関するあれこれや、男娼に許されている権限だとか、逆に禁止されているものだとかが書かれている。
その内容を要約すれば、同伴者なしに館内から出ることは禁止。
しかし、それさえ守れれば館内を自由に歩き回っても良いっていうようなものだった。
オレは、その権限をありがたく使わせてもらうつもりで、部屋を出た。不健康極まりない館で、部屋にこもってるなんて更に不健康だもんな。
廊下を暫く行って、エレベーターに込もうとすると、その丁度正面の部屋のドアが開いた。
「すみませんでした。また、しに来てください」
「ああ、また来る。そっちの方は、で頼む」
「はい」
「え?」
部屋の中からは、スーツの男と肌蹴たワイシャツの少年が出てきた。
そう何も事情を知らない人間は描写するんだろうけど、オレは知っていた。それは、昨日売られてきたという男娼と彰人だった。
同じ部屋から出てきて、しかも片方の衣服が乱れているっていう状況から、想像できることは、まあ、なんていうか、そんな多くないよな。
「彰人、お前」
オレが声をかけると、少年の方は気づいたようで、こっちを確認する。彰人は、そんな少年に淡々と、
「尻尾を出すまで、そう長くはないだろう。それまでは頼む」
という別れの辞を述べて、スタスタと行ってしまう。
こっちが寄ってきて欲しくないときには、粘着質にアプローチしてくるクセに、こういうときは、さらりと無視するのが彰人の通例だ。それを分かっててもオレは、
「おいっ、彰人、シカトすんなよな!」
そう呼びかけてしまうわけだけど。あと数回は呼ばないと、応答すらしてくれないんだろうな、って思いながら、
「彰人」
もう一度声をかける。
「橋本はどうした」
彰人はゆるりとふり向くと、そう言った。
「橋本は、仕事があるからって、昨日早いうちに帰ったよ」
「ダンスパーティには出ていないのか?」
「で、出てないけど」
「なら良い」
「なら良いって、なんだよ。お前、ここに何しに来たんだよ?」
今の状況を何か弁解して欲しかった。
「お前に言うべきことじゃない」
「じゃあ、言うべきことはねぇの?」
「橋本から目を離すな」
「意味が分かんねぇよ。何で橋本から」
すっと脇から件の少年が割り込んでくる。
「悪いけど、彰人さんは俺のお客様だから。君のお客様は今日また更新されてると思うよ。カウンターから書類を受け取って来ると良いんじゃない?」
そいつは、明るい笑顔でそう言う。そして笑顔の裏にはこれ以上彰人に話しかけるな、っていう心うちが透けて見えた。
「だけど」
俺のお客様。
気分が悪かった。オレをこんなわけの分からないところに押し込んで、自分は呑気に男娼遊びかよ。
そんな風に思いたくなんかないのに、彰人が否定しないから、オレは心を持っていく場所を失う。だから、別の拠り所が欲しくて、
「彰人、お前が社長の逃亡に一役買っているってのは、ホントなのか?」
そう聞いた。
「それは誰から聞いた」
「お前が答えてくれたら言う」
「答える義務はない」
「義務、はないかも知んないけど。でも、それが誤解なら、その誤解を解くくらいのこと、してくれたっていいだろ?」
「必要があるならな。だが、その必要はない」
「彰人さん。そろそろ行かないと、マネージャーさんがヤキモキしますよ。それにフロアマネージャーにも挨拶しに行くんでしょう?」
なんかこいつ、妙に親しげに彰人に話しかけるんだよな。オレが横目で見ると、そいつは気づいて、綺麗な形に口角を上げて、不適に笑う。嫌な感じだ。
「ああ、分かっている」
そう言って彰人は、オレの目を見る。彰人の目は一見涼しそうな趣で、でも、じっと見てみると、奥のほうが深遠だ。
オレは、変にドギマギしてしまう。
「玲二。間違っても軽率な行動だけはとるな。大人しく客と雑談に勤しんでいろ」
そう言うと今度は立ちどまることなく、廊下の向こう側に消えていった。
彰人は無駄な言葉は言わないから、これは真面目な忠告なのかもしれない。だけど、心がぐわらぐわらと揺れていたオレには、温度の低い捨て台詞にしか思えなかった。
「オレだけ蚊帳の外ってことかよ」
「君って、鈍感だね」
ひとり言のつもりだったから、言葉がそう重ねられて驚く。
「蚊帳の外どころか。二重三重と蚊帳に囲まれて、狡獪な蚊から身を守られているっていうのに、鈍感だよ」
「どういうことだ?」
「彰人さんが口にしないことを、俺が口外するわけは行かないよ」
「だけど、彰人は何も説明してくれないし、それじゃ彰人がしていることを理解しようたって、無理だろ?」
「彰人彰人彰人。そう押してばかりいると、いつか飽きられちゃうよ?それも、近い未来の「いつか」。彰人さんあれでかなりモテるから」
「そんなのな、知ってんだよ」
高校のときだって、取りまきに囲まれているほどだったのに、何でオレに構ってくるんだろうって思っていた。
更に、彰人に心酔してる女子も、彰人がオレに構うことに反感を覚えるでもなく、寧ろ応援してるから、奇妙な図式だと思っていたのだ。
その疑問は今も晴れないままだ。
「あいつは、自分の演出でオレをからかって遊ぶのが好きなんだろ。飽きるとか、飽きないとか、それ以前の問題なんだよ」
「鈍感」
少年は、目をすうっと細めて、嫌そうな顔を作ってそう吐き捨てた。
「お前に、そう言われる筋合いねえよ」
オレは踵を返して、エレベーターに乗り込んだ。
一階のボタンを押すと、閉扉ボタンをいつもよりきつく押した。部屋に戻る少年の後姿が、ドアの向こうに閉じられていく。
アンガーマネジメントをしてみる。9秒数えてから、自分の感情を言語化するのだ。
オレはイライラしてる。
それはきっと、昨日から満足にグミを食えてないからだ。
そう本当の答えから遠いものを引き合いに出してみるけど、虚しいだけだった。
本当は、そう、分かってる。
オレはあの男娼に妬いてるんだ。
オレの知らない彰人の事情を知っていて、オレが知らない間を一緒に過ごしていた。それだけなら、きっと他に当てはまる人物は他にも沢山いるだろう。
きっと決定的なのはあいつが彰人に、好意を持っているだろうこと。そして彰人もそれを拒絶していないように見えることだ。
壁に背中をつけ、ズルズルと床へしゃがんでいく。そして、いじけたガキみたいにそこに座り込む。
「ムカつく」
ムカつくんだ。
手で触れようとすればかわすのに、諦めようとすれば寄ってくる気まぐれな彰人が、ムカつく。
これは一過性じゃない。
持続的に、心の芯を震わせて不安を隆起させようとするみたいにぐらぐらぐらと、ムカつくのだ。
彰人はオレのものじゃないし、オレも彰人のものじゃない。彰人の感情もオレの感情もそれぞれはそれぞれのものでしかない、はずだ。
そんなこと、高校時代に思い知らされていて、そんな発想自体、頭の中のゴミ箱に豪快に詰めこんで棄ててしまったはず。
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