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☑愛染はかく語りき2☑
愛染はかく語りき2
しおりを挟むところ変わって、ここはある事務所の一室。
この事務所の社長という人が、かなりの贅をつくして、内装から、インテリアから、その土地、土台まで拘りつくしただけあって、外観内観ともに、けちをつけるところが見つからないほどの完成ぶりの事務所である。
オーク素材の重々しい社長机に、装飾過多なシャンデリア、トルコだか、ペルシャだかから取りよせたやたらと豪奢な絨毯などなど、まあ見物するには、一見の価値ありだが、事務を取りしきる場所としてはあまりにも物々しかった。
それに何より、現在この事務所を取りしきっている八俣彰人の趣味には適わないものだった。しかし、あくまでも代役に過ぎない彰人が、この、ある意味では完璧に整えられた事務所を改装する権利を持つわけもない。
またそれ以前に、そんなことをしようものなら本来の社長が、非難を浴びせかけるに違いないのだ。彰人はそこまでの蛮勇ではないし、その程度の妥協は心得ている。
そんなわけだから彰人は、ささやかな抵抗として、自分の書いた字を壁に所狭しと飾るのだった。
さて、今はその肝心な主も生憎の留守だ。これはある意味チャンスでもある。八俣彰人を知るのに良いチャンスなのだ。
八俣彰人という男は、一見すると隙もそつもない天然培養男のように見えるのだが、意外にそうでもないところもある。
それをなぜか、この私だけが知ることが出来た。偶然が幾つか重なってのことだ。
彰人が墨と、それを浸した筆で私を描いたこと、私が偶々それを知ることのできる角度で壁に貼り付けられていたという偶然だろう。あとはそう、彰人がこの部屋でそうしたやり取りを行おうとしたこともその偶然にはいるかもしれない。
ああそうか、自己紹介をまだしていなかった。
私は、愛染。
彰人によって生を受けた、人間の言葉で言うところの、文字だ。
つやつやと光る机の上に、幾つも重ねられたノートがある。
うずたかく詰まれたそれは、綺麗に片づけられた机の上で、異様なほどの存在感を放っている。
それだけでもノートがひどく価値のあるものだと私には分かる。
それは今も昔も彰人の考え方の糧となっているものなのだ。感づいたこと、出来事、誰かとの言葉のやりとり、そういったものを余すことなく記しているこのノートには、彰人自身にとっての世界がここに顕現している。
なるほど確かに、彰人は天然培養された青年かもしれない。
常にひとや自分に問い、教えを素直に受けいれようという姿勢を遅れて見につけるのは中々大変なものだから。
しかし、こう御託を並べてみても、一体何のことやら、と思われることだろう。
論より証拠ということで、そのノートの中を覗いてみようと思う。
これ幸いなことに、私は字なので、ノートの中に所狭しと書かれた彼らと直に話すことができる。彼らは彰人に書かれたときの感情を覚えている。
それに今はひどく退屈しているらしく、語りたくて語りたくて仕様がないらしい。
彰人という変わった人間を理解するのに、これ以上上等な教材はないだろう。
さっそく、私は一等下のノートに声をかけた。最初の頁から話をきかせてもらうために。
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