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6章 パニックの終焉
●七つ子の魂と、末法系
しおりを挟む「魔法9日目(友引)」
追いついたわたし達が見たのは、大きな白い袋を抱えた穂波君だった。
ずりずりと袋を引きずりながら、合宿所の廊下を闊歩しているところを見つけたのだ。
袋の中からは、
「痛い!」
「ずってる、ずってるぞ!」
と人の声が聞こえる。
プリンスが次から次へと生徒を袋の中に投げ込んで、お土産にしているのだ。
そんな様子を見た周りの生徒は、さぞかし驚いているだろう、と思えば……。
「きゃああ、何あれ!手から身体が生えてる!」
「き、気持ちわりぃ!」
「塩投げたらいいんじゃない?」
「悪霊退散!」
そう、わたし達のほうが遙かに化け物でした。
でも、さっきから道を行くたびに色々なものを投げられてきているので、こちらとしては、そういう反応にもいよいよ慣れてきている。
塩の代わりに投げつけられたスリッパを幸太郎が掴んで投げ返している間に、わたしはプリンスへと走りよる。
「プリンス!穂波君の身体と龍の玉のかけらを返して!」
「ああ、欠陥お土産さんたちか」
プリンスは、ゆっくりと振り向いて、こちらに手をかざす。
「欠陥お土産さんって……どれだけ頭の中お土産のことでいっぱいなんだよ」
「父上は珍しいものが好きだからね。さっき、興味深い女の子二人手に入れたんだ。そばにいた男もおまけに放り込んでみたけど。一人は、俺のことをやたら興味深く聞いていてね。魔界のプリンスだと名乗ったらすごく喜んでくれたから、じゃあ連れて行ってあげようと思って捕獲した」
魔界のプリンスと聞いて、喜ぶ女の子には心当たりがある。
「まさかそれって、猫みたいな目をした女の子とロングヘアーのちょっと大人っぽい女の子だったりして?」
「君はすごいね。俺の身の上だけじゃなく、お土産の中身まで当てるなんて。君は俺に興味があるみたいだし、やっぱり君も、魔界へ連れて行ってあげよう」
「い、いや、全力で遠慮するよ!」
「ん?椎名様、本田さんの声がしたような気がします」
「ミサ?ミサー聞こえるー?すごいよー!この中、四次元なんちゃらみたいー」
「暗い!怖い!出口はどこにあるのだ!?アメフラシ師匠!助けて下さい!」
ああ、この声。松代君もいるみたいだ。
「俺らの知り合いが中にいるのは、間違いないみたいだな。それに多分、その他の人も中に放り込んだんだろ?」
「食堂のおばちゃんというものも魔界にはいないから中に入れたし、運動場なるものも見た事がなかったので入れたかな。あとは、毛だらけの生き物が地をはっていたので、数匹入れた」
「け、毛虫も……」
「どんな選別だよ……」
「と、とにかく、そのお土産ぶくろに放り込んだもの全部返してもらうから!」
色々なものが放り込まれているのは分かったけれど、みすみすお土産にさせてしまう気はない。
「けちだなあ。少しくらい良いのに……」
プリンスはそう言いながら、わたし達の前にかざしていた手を一度閉じ、それからぱっと勢いよく開いた。
すると、紗のような淡い壁がわたし達とプリンスの間に現れる。
壁は触れてみると、軽く弾かれる感覚があり、それ以上プリンスへ近づくことを阻んでいる。
「もう少し物色してから、帰らせてもらうよ」
プリンスは、捨て台詞のようなものを吐いて、例によって例のごとく空中に、指で輪を描き始める。
後手に回っているわたし達では、そのプリンスを止められない――――。
「焔ちゃん!」
わたしが呼びかけると、ガッシャンとすごい音を立てて、廊下の窓ガラスが割れる。
同時に窓から焔の塊が飛んできて、目の前の紗の壁を焼き払う。
「!?」
プリンスは慌てて飛びのき、指の動きを止めた。
更にたくさんの窓ガラスを割りながら、焔生の龍が窓から身体をはい入れてくる。
『うむ。良い焔が身体にくすぶっておる。まだ何か燃やすか?』
「いや、もういいよ。ありがとう焔ちゃん」
田畑を焼き尽くしてしまったら、焔の縁伝説再来になってしまう。
「人間界には、中々に面白いものがいるんだね。でも、ドラゴンなら魔界にもいるから、お土産にはならないな」
プリンスは、再び指を動かし、去ろうとするけれど――――。
黒い影がプリンスの後ろに飛んできて、その両手を掴み、ねじりあげる。
「タツヒコ!?」
「悪りぃな。けど、あんたは俺を負かした穂波さんじゃねぇからな。さっさと出ていけ」
「そんなこと言っていいのかな?君は僕の姿が怖いんだろ?顔色がずいぶんと悪いけど」
「……そんなことねぇ」
確かに、火恩寺君の顔色が悪いのは相変わらずだ。穂波君の中にいるプリンスの本当の姿が見えているせいなのだと思う。
「ミサキ、タツヒコが抑えてくれてるうちに何とかしねーと。あいつ、限界が近いぞ」
遠まわしになじるプリンスの言葉に、火恩寺君顔は土気色になりつつある。
「何とかって言っても……」
『燃やすか?』
「却下」
プリンスは出て行くかもしれないけれど、その前に穂波君が丸焦げになってしまう。
穂波君の中にいるプリンスを追い出すには、どうしたらいいのかな?
何か衝撃を与えるとか?
そんなことを考えていたけれど、その間にも火恩寺君の手が緩んでいくのが分かった。
このままではまずい。そう思ったとたんに、体が勝手に動いた。
「火恩寺君、どいて!」
わたしはプリンスへと駆け寄ると、その勢いのまま、利き腕でその胸元へとラリアットをかました。
短い悲鳴を上げて、倒れたプリンスの上に馬乗りになって逃げられないようにする。
「うわ、痛そー……」
「だって、こうでもしないと逃げられちゃうでしょ……。けど、これで出て行ったかな?」
「出て行ってはいないよ」
「え!?」
「どうやら、この穂波和史というものの身体は気絶してしまったみたいだけど」
目をつぶったままの穂波君の身体から、穂波君とは別の声が話しかけてくる。
「しかし、不意をついて、二度も俺の上に乗っかるなんて、君はよほど俺のことが好きらしい」
「二度!?」
幸太郎が不審な目でこちらを見る。
「あ、あれはたまたま乗っかる形になっちゃっただけの事故だよ。こんなこと言って、こっちの動揺を誘って逃げる気でしょ?穂波君の身体だって、あわよくばお土産にする気でしょ?」
「逃げるなんて、それは正しくない。こうしてのっとっていると、身体の主の感情が流れ込んでくることがあるのさ。この青年はどうやら自分の容貌が好きではないみたいだ。だったら、俺が魔界に持ち帰って、外出用の身体として有効利用されてもらおうと思っているだけさ」
プリンスの理屈はまるでおかしいけれど、それよりなにより、穂波君のことだ。
「容貌が好きじゃない?顔がいやってこと?」
「……多分な」
「コータローは何か知ってるの?」
「この世界のカズシが、俺の知るカズシと一緒なら……。あいつ、ファザコンをこじらせてたから、おじさんに似ていく自分の顔がいやだったんじゃねーかな」
「お父さん?」
そういえば、龍の見せた過去の記憶の中で、穂波君はお父さんに何か思う所があるみたいだった。
「でも、どうしてコータローがそんなことを知ってるの?」
「ガキの頃、勝負をしたから。あいつが自分の顔を好きになれるのが先か、俺が――――」
言葉を区切って、わたしの顔を見る。
「俺が自分の顔を好きになれるのが先か?」
「な、何でだよ!?顔にコンプレックスがあるように見えるのか!?」
「だったら、穂波君だってコンプレックスがあるみたいには見えないよ。だって……」
「ドックブルーに似てかっこいいもんな。どんだけレッドが活躍しても、ブルーかっこいい!って、何だよ。顔が良ければ良いわけか?どーせ俺は、ブルーにはなれねーっつーの。コータローはどう見てもレッドタイプだって、父さんにも言われたっつーの!」
何か幸太郎が愚痴りモードになっているのですが……。
「そんな10年前くらいのことを言われても困るんですけど」
「じゃあ、今は、カズシの顔かっこいいって思わねーのかよ?」
びしぃっと穂波君の顔を指差して、聞いてくる。
そう言われ、わたしは気を失ってしまっている穂波君の顔を見る。
長いまつげに、細面に、バランスよく配置された目鼻口。
正直、かっこいいか悪いかで言ったら、断然かっこいい。
特に、昔大好きだったヒーローのことを思い出した今となっては、かっこよかったドッグブルーの役がオーバーラップしているから尚更そう見える。
「う、うーん。かっこいいはかっこいいよね」
嫌な予感がしながらも、素直にそう言えば、幸太郎は鬼の首を取ったように、
「ほら見ろ、七つ子の魂百までもだ!」
言ってくる。
「いや、それを言うなら、三つ子でしょ」
「七歳の頃のことだから七つ子なんだよ」
「うっさいなあ、昔のことをぐだぐだと。わたしは穂波君をかっこいいって言って何が悪いわけ!?」
「ひ、開き直ったな……。悪いっつーの、幼なじみなんだし、俺が一番かっこいいって思ってて欲しいだろ」
「はあ……」
とりとめもない、正直どうでもいいことにこだわる幸太郎に嫌気が差してくる。
どっちがかっこいいとか悪いとか、わたしには、そんなのは大した問題じゃない気がするからだ。
というか、小学校低学年のときの喧嘩の原因を今掘り返すなんて馬鹿らしい。
「コータローは、麻美とか沙紀とか、その他運動部の女の子達とか先輩とか、割とモテてらっしゃるみたいですしー。そういう子たちにかっこいいって崇め奉ってもらえばいいでしょ?」
「崇め奉る……?つーか、な、何でそれを知ってるんだよ……」
「さあねぇー。わたし今横堀幸太郎ですからー。色々とコータローを取り巻く状況を知らせてもらったよ」
バイオレンス過ぎるサッカー部のメンバーの寝相とか、お風呂の王者になりたい幸太郎とか、色々を。
けれど、そんなことを知るよしもない幸太郎は何故か動揺している。
「い、色々?」
「君たち、ちょっといいかな?」
「「え!?」」
「人のお腹の上で喧嘩するのはやめてくれないかな?それに、色々なものを完全に置いてけぼりにしているよ」
そうプリンスに言われて周囲を見渡すと、袋から出てきた様子のまほりや戸田さんに、松代君、食堂のおばちゃん、そして、その他諸々の生徒からの好奇の視線が一様にこちらに向けられていた。
火恩寺君と龍に至っては、その隅のほうで、呆れた様子でこちらの動向をうかがっている。
わたしたちのやり取りなんかより、龍がこの場にいることのほうが注目に値する気がするけれど……。
「と、まあ。こんな感じで、穂波君が顔にコンプレックスを抱いていようと、わたしはかっこいいと思うから、プリンスが持ち帰る必要はないね」
「強引にまとめたな……」
「とにかく、プリンス、穂波君の中から出て行って。それに拾ったかけらは、龍に返して欲しいの」
「いいよ」
突然、穂波君が目を開いて話しはじめたので、少し驚いた。
気を失っていた穂波君自身が目を覚ましたのだと思う。
「今、いいよって……」
「この青年の身体も、龍の玉のかけらとやらも返してあげようということだよ。中々面白いものを見せてもらったからね。より面白くなるような種を蒔いて、時期を見てまた人間界に来ようと思うんだ」
「どういうこと?意味が分からない」
さっきまで変な理由をつけて、穂波君の身体を手放したくないと言っていたのに、突然話を呑むといわれても、胡散臭さしか感じない。
「分からなくても構わないさ。これは、すぐには分からない秘密の――――」
穂波君、もといプリンスが上半身を起こしたのが分かった。
けれど、そこで不意に、例の頭の芯がとろけるような感覚に襲われる。
「しまった……!」
多分これは、魔法なんだろう、とぼんやりとした頭で思う。
暖かくも冷たくもなく、ただただ何かが触れているという不思議な感覚、これには覚えがあったからだ。
ただ、口元になぜかぽっと具体的な温かみを感じた。少し湿ったような空気と、熱。
「な、な、な――――!?」
左方向から聞こえる幸太郎のうるさい声に呼ばれるようにして、わたしは目を開けた。
「あれ、何……?」
肌色の何かが目の前にあった。
「今回のお土産はこれだけにしておくよ」
そう言って、それが少しはなれたところで穂波君の顔だと気づいた。
口元の感覚は、つまり、その、そういうこと……?
ハッとして、穂波君の方を見ると、頭の上のほうからなにやら米粒のような形をした白い何かがはみ出している。
するするすると穂波君の頭からそれは、抜けていき、
「はははは!ざまーみろ横堀幸太郎!俺だって人間の幼なじみが欲しかった!」
高笑いとともに、光に包まれ消えていった。
「プリンスお前ぇぇ!」
「……」
キスされちゃった、どうしよう?
そんなリリカルな思いも心によぎったけれど、二人の下世話なやり取りを見ていたら、どうでも良く思えてきた。
「……やなもん見ちまった」
「えーでも、ビジュアル的にはありじゃないかな?」
「なんて言うんですか、耽美系?」
「えーと確か、ボーズ系?」
『末法系かもしれぬな』
そう、見た目上は、穂波君が幸太郎にキスしたようにしか見えないのだ。
火恩寺君達をはじめにして、周りにいた生徒達もざわめき始める。
龍があたり前のように会話に参加しているけれど、みなさん、見とがめる様子もない。
「ミ、ミサキ……」
幸太郎は青い顔をしてこちらを見る。勝手になんとか系にされて、ソッチ側の人にされても困る、と言いたいらしい。
でも、
「んん……胸元に激痛が……。ん、何で横堀が上に?」
一番の被害者は、勝手に身体を使われた挙句にわたしにラリアットされ、幸太郎にキスすることになった穂波君だと思う。
「ごめん、ちょっと色々立て込んでいて」
わたしは穂波君の上から退き、手を貸して彼が起き上がるのを手伝う。
「何だかよく分からないけど……」
穂波君はわたしの顔を見て、目をしばたく。
「あれ……横堀、何か感じが変わった?」
「うん、変わったかもしれない――――」
わたしは、穂波君に手を差し出す。
こんなタイミングでこんなことをしても、変に思われるだけだと思う。
何のことだか、穂波君にはきっと分からないだろうから。
穂波君は不思議そうな顔をして、それからわたしの手から生えている幸太郎にぎょっとして、と百面相をしながらも、わたしの手を握り返してくれる。
多分、この穂波君はわたしのことを知ることはないだろう。
それは寂しいことのような気がするけれど、全てが片付いた先で、またちゃんと出会えるから、今はこのままでいい。
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