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6章 パニックの終焉
●お土産第一主義
しおりを挟む火恩寺君に連れてこられたのは、合宿所内の屋内運動場の前だった。
換気のために開け放たれた入口からは、バレー部やバスケ部が練習をしている様子が見える。
穂波君はここでもバスケ部なのかな?
「この中に穂波君がいるの?」
わたしがそういうや否や、見る見るうちに火恩寺君の顔色が悪くなっていく。
生徒であふれる屋内の中の一点を見つめ、
「何であんなのがいやがる。米粒の化け物か……?」
苦々しくそう呟く。
米粒の化け物?何その意味不明な表現。
という突っ込みを胸に、火恩寺君の視線の先を追うと、練習試合の最中の穂波君の姿に行き当たる。
「穂波君がどうしたの?」
「てめぇには関係ねぇだろ」
と言うけれど、火恩寺君は立ち尽くしたまま一向に動こうとしない。
このまま待っていても埒が明かない。
「わたしが一人で行ってくるね」
「女一人に行かせられるか」
「でも見た目は男だよ」
「俺には男に見えねぇ。見えてれば楽なんだろうがな」
そう言いながら、ため息をつく。
「火恩寺君は、何か怖いものが見えるの?」
わたしが尋ねると、火恩寺君はためらいながらも、
「昔から、そいつの本質が見える。とりわけ厄介なものを抱えてやがるやつの本質が」
そう話してくれる。
そういえば、前に、幸太郎と入れ替わったわたしを、「見えた」と言って当てたことがあった。
ひょっとしたら、あの時の火恩寺君は、今、目の前にいる火恩寺君のように、「見て」いたのかもしれない。
でも、あの時の火恩寺君は、恐れる様子もなく、嫌がる様子もなく、見えることをとても自然に扱っていたような気がする。
そのことを思わず口にすると、火恩寺君は目を丸くする。
「さっき火恩寺君の伯父さんに話したとおりの、別の世界の火恩寺君のことだけどね」
別の世界、と口にしたとたん、その存在自体が嘘っぽく思える。
でも、わたしが『わたしたち』のいない世界を受け入れてしまったら、すべておしまいだ。
「お前の知る俺はきっと、俺とは違うんだろう。ただそれだけのことだ」
「でも、気になるよ。火恩寺君は……」
火恩寺君は?
何て言おうとしたのか自分でも分からない。
けれど、わたしの心の変化はわたし自身が良く知っている。
「?」
「友達だから」
多分、そういうことなのだと思う。
おまじないに引き寄せられて、火恩寺君がぶっ飛んだ登場をしてくれなければ、きっとわたしは彼のことを忘れたままだったと思う。
毎日面倒事に振りまわされて、走り回って気絶させられて……。
ほとんど痛みと面倒で埋め尽くされた出来事ばかりだ。
けれど、その中で出会った人たちは、何故か、失いがたいと思う。
その人たちに忘れられたら寂しいと思う。
きっと、それは友達ってことだよね。
「火恩寺君の、凄む顔とかすごい運動能力とかにはまだ慣れないけどね」
「ああ……」
すると火恩寺君はため息のような声をもらす。
「火恩寺君?」
「その俺は幸せなやつかもしれねぇな」
火恩寺君は優しい目をしてわたしを見つめてくる。
そんな様子に、恥ずかしいようなどうしていいか分からないような気持ちになる。
だから、つい野暮なことを言う。
「えーと……そう言うってことは、今の火恩寺君は幸せじゃないの?」
「どうだろうな」
するとそれ以上は語りづらそうにして、
「穂波さんのとこに行くぞ」
火恩寺君は表情を引き締めるのだけれど……。
「俺がどうかした?」
唐突に背後からかけられた声に、彼の目玉が飛び出しそうなほどに目を見開かれる。
振り返ると、想像に安く、スポーツタオルで汗を拭く穂波君の姿があった。
「穂波君?あれ?練習してたんじゃなかったの?」
「練習?それならさっき一旦休憩になったけど……」
そう言われて、運動場内を見ると三々五々、休憩をとっている生徒の姿が見えた。
火恩寺君と話をしている間に、練習は終わってしまったようだ。
けれど、それならそれで、この場で話が出来るからラッキーだ。
わたしはそう思うけれど、火恩寺君は、
「背後を取られるとは……」
ぶつぶつと呟きながら、顔色を悪くしていく。
穂波君の本質に、何が「見え」ているというんだろう?
「横堀に、タツヒコ。俺に何か用?」
「用は用なんだけど、ここだと話しづらいことなんだ」
休憩中の生徒がその辺をうろうろしている中で、龍の玉のかけらがどうと話はしづらい。
「そう?だったら、場所を移そうか」
そう、穂波君の了承を得たところで、場所を移動しようということになった。
のだけれど……。
穂波君を先頭に合宿所内を歩いていたはずのわたし達は、いつの間にか、視界の両サイドを岩場に囲まれた道を歩いている。
どこをどう通ってきたのかはまったく分からず、今こうして気づいた瞬間に、ぽんとこの場に放り出されたかのような感じがした。
どう考えてもおかしい。
「……気をつけろ」
と横を歩いている火恩寺君が小さく声をかけてくる。
そう言われても何に気をつければいいのか分からない。
「ほ……カズシ、ちょっと待てよ」
わたしは、周囲の変化に気に止める様子もなく先を行く穂波君に声をかける。
すると、穂波君は軽やかに振り返ると、
「無理しなくて良いよ」
微笑を浮かべながら、そう言う。
「無理?」
「無理して横堀幸太郎であろうとする必要ないってことだよ。本田さん」
「え?」
「あれ?間違っていたかな。君、本田美咲さんって言うんじゃないの?」
「ど、どういうこと?わたしのことを知ってるの?」
「教えてもらったんだよ」
「教えてもらったって、誰に?」
わたしがそう口にすると、穂波君はそれに答えることなく、わたしのそばに寄ってくると、顔を寄せ、
「見た目がこれじゃ、興ざめだな。けど、そのアンビバレンスがいいのかな」
そう言う。
穂波君から不思議な香りがして、クラクラとよろめきそうになり、わたしは慌てて飛びのいた。
「ああ、残念。優しくしとめてあげたかったんだけど」
怪しい笑みを浮かべる。
「何をする気なの……?」
頭の芯が甘くとろけるような感覚がまだ残っている。
これが魔法の力?
「父上へのお土産を考えていてね。奇妙な石は手に入れたものの、それだけじゃ物足りないだろ?だから、君を連れて帰ろうかと思って。見た目と中身が別人なんて、魔界でも中々お目にかかれないからね。素材が人間というのもいい」
ある単語に引っ掛かりを覚えた。
MAKAI。
「ときに穂波君、まさか魔界からやって来たなんて言わないよね?」
「その通りだよ。見聞を広めて来いと父上に言われて、やって来たんだ」
「ちなみに王子様だったりする?」
「君はどうしてそんなに俺のことに詳しいんだ?確かに、魔界では王位継承権第一位の王子だけど」
「……」
まさか、数日前にまほりが言っていた話が本当になるとは思わなかった。
どうしよう?と火恩寺君の方を伺うと、彼はわたし達のやり取りを、固唾を飲んで見守っている。
かと思いきや……いなくなっていた。
「火恩寺君!?」
「タツヒコなら、ちょっと遠くに行っていてもらったよ」
「そんな、いつの間に……」
「君に気づかれるようなバカな真似はしないよ。警戒されると面倒だからね」
「もう十分警戒してるけどね……」
非常にまずい状況だ。
魔界のプリンスと戦っても、勝てる要素はほぼない。
しかも相手はわたしをお父さんへのお土産にしようとしているときている。
ここは、砂利を蹴り、穂波君(偽)の気を逸らした瞬間に逃げるしかない。
そう思い、足を動かそうとするけれど、わたしの意に反して足は一切動かない。
「嘘、どうして!?」
「大切なお土産をみすみす見逃す手はないよ。君の足に動かないようお願いしたのさ」
そう言う穂波君(偽)はとても楽しそうだ。
「ど、どうしてそんなに楽しそうなの?」
「どうしてだろうね?確かに楽しいような気がする。狩人の心地というのかな?」
「そ、その……考え直す気はない?わたしなんてお土産にしても喜んでもらえないよ、きっと」
「父上がいらないというなら、俺の小間使いにでもなってもらうさ。いずれちゃんとした姿に戻して、正室に迎えても構わない」
「わたしはすっごく構うけどね!魔界になんて絶対行きたくないですけど!」
そう決死の抵抗をするも、聞く耳を持たない穂波君(偽)はじりじりと距離をつめてきて、左手の中で光の塊を練りまわす。
これは、まずい感じがいたします。
その光の塊は魔法ってやつじゃないでしょうか……?
後ずさりをし、岩を背に徐々に追いつめられていく。
こんな状況はもうこれで三度目くらいだ。
犬男幸太郎に、龍に、そして今。
そういえば、こんなときに龍は何をしているんだろう。
力を取り戻しに行くと言っていたけれど……。
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