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5章 大混乱
●ある勧誘の成功例
しおりを挟む戸田さんが、『可愛いイッセイ君』とやたらと強調しながら話してくれたその話を聞いて、わたしはどうしても戸田さんに言いたくてしょうがないことが出来てしまった。
幸太郎のことを責めるわけでもない、単純な感想を言いたくてたまらなくなる。
「戸田さんが松代君のことをとても好きなのは、分かったけど……」
「す、好きだなんて、そんな……ハッキリ言わないで」
「どうして、こんなとってもまわりくどいまねを?占い師として暗躍するより、松代君に直接、結婚相手探しなんて止めて、って言ったほうが楽だったんじゃ……?」
そうすれば、独自の占いを開発してみたり、幸太郎に取引を持ちかけてみたり、龍の身体をのっとってみたり……というとんでもない労力は必要なかった気がする。
わたしがそう言うと、戸田さんはあっけらかんとして、
「ふふふっ。本田さんは変なこと言うんだね。わたしが、イッセイ君の決めたことを止めさせることなんて出来るわけないの。イッセイ君の決定は絶対だもの」
言う。
「じゃ、じゃあ……好きだって伝えて、結婚するならわたしにして、って言ってみるとかは?」
「きっとどうして急にそんなことを言うんだ、って言われちゃうもの。それに、イッセイ君に一生懸命わたしのことを考えさせるのなんて、可哀想だし、そんなの……許せない。わたしが日陰で動けばそれでいいなら、イッセイ君に負担をかけることないでしょ?ふふっ、これも愛だと思うんだ」
衝撃的だった。まさか戸田さんがここまでの人だとは思わなかった。
「ダメ男プロデューサー戸田」
まほりがあだ名を呟く。
確かに話を聞いていると松代君はちょっとダメっぽいところがあるし、戸田さんがそれを助長している気もしないでもない。
ただ、わたしにとってそれは、他人事ではない気がしたのだ。
「ミサキが嫌がるから」と言って、ただただ見守るに徹してくれていた幸太郎のことを思い出したから。
戸田さんの言っていることは、幸太郎のしてきてくれたことに似ている。
わたしが恋愛を面倒くさがるから、わたしといるときはそんな要素を見せないでいてくれた幸太郎に。
だからきっと、わたしと松代君は似ているのだと思う。
見守られていることに気づかない鈍感なところが、とても似ている。
「でも、戸田さん。今まで我慢していた分が爆発しちゃったから……こうやって変な世界になっちゃったんだよね?松代君と戸田さんは仲が良くなくて、『わたし』がいなくて、『コータロー』もいない――――」
「ごめんなさい、本田さん……」
「ううん、責めてないよ。そうじゃなくて……わたしが言いたいのは、別のこと。鈍感な人にはガツンと言わないと分からないんだと思う。わたしも、分からなかった。まほりの魔法で色々なことが起こるまで、自分を取り巻く思いなんて、何にも分からなかったんだ。それって、戸田さんからしたら、ぐしゃあってしたくなっちゃうくらい鈍感なのかもしれないけど……。でもね、ちゃんと伝えれば、鈍感な人もちゃんと考えると思う。すぐに答えは出せないかもしれないけれど、ちゃんと考えて答えようとすると思う。だから、負担かけるのは可哀想って言って、諦めちゃわないで欲しいんだ。幼なじみなのに、戸田さんだけが大変なのは、おかしいもん」
「ミサ……」
まとまらない物言いで、まるで、ここにいない幸太郎に弁解するみたいだった。
ううん、幸太郎だけじゃなくて、まほりや、穂波君、火恩寺君や松代君にも。
わたしが面倒くさいと言って見ないでいたものの中には、他の人にとって、とても大切な思いがあったのかもしれない。
そう思うとやるせなくなる。
『わたし』も『幸太郎』もいない、こんな世界になってから気づくなんて遅すぎるけれど、それでも、気づかないでいるよりは、良かったと思うのだ。
隣にいて同じ様に過ごしてきたはずの幸太郎が見ていた別のもの。
同じ教室にいるクラスメイト達の抱えている、わたしの知らない感情。
それを知ることは、ひょっとしたら、わたしにとってとても大切なことなのかもしれないからだ。
わたしがそう話すと、
「ふふふっ。本田さんのそういう考え方は、好きだよ。優しくて一生懸命で、ちょっと恥ずかしいくらい真っ直ぐ。でもね、きっとこれは、鈍感じゃない方の人の狡さの問題でもあると思うの。ハッキリ言わなければ気づいてくれないなら、そ知らぬふりして一緒に居られるもの。きっと横堀君もそうだったんじゃないかな?」
戸田さんは以前のような穏やかな調子で、そう言った。
「そ、そうなの……?」
「ふふっ。それは彼にしか分からないことだね。……でも、そうだね。鈍感な人を信頼してみるのもいいかもしれない。本当のことを伝えたら、関係が変わっちゃうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。それも楽しいよね?」
戸田さんは柔和に笑う。そんな表情を見ていたら、肩の力がするすると抜けてきてしまう。
まだ何も解決したわけじゃないけれど、明るい笑顔は、何かも大丈夫、と根拠のない安心を与えてくれる。
「そのためには、この状態をどうにかしないとだね。何か方法があるといいけど……」
わたしがそう口にすると、今まで地面に魔方陣のようなものを書きながらわたし達の話に耳を傾けていたまほりが顔をあげ、
「取っ掛かりは、焔生の龍、かも」
そう言った。
「龍?確か、火恩寺君が龍に何かあったのかもって言ってたよね」
「うん。多分、戸田さんが龍の力を使ったことで、焔生の龍に何か異変が起こったんだと思う。龍に会ってみれば何か分かるかもしれないよ」
まほりの言葉に、戸田さんの肩がびくん、と跳ねる。
「わ、わたしのせいで……山の守り神が?勢いに任せてあんなことをしてしまったけど、山の守り神がいなくなってしまったら、どう償えば……!天変地異に人心の乱れ?ああ、末法!?」
戸田さんは、良く分からないことを口走りながら、頭を抱え地面にしゃがみこんでしまう。
何というか……振れの大きい人だ。
面倒だな、放っておいてもいいかな、と薄っすらと思ったけれど、
「代わりにわたしがいなくなれば、龍は戻ってきてくれるかもしれない……。わたしが龍の対価になんてならないかもしれないけど、それでも……!」
と、本格的に自分を追いつめ始めてしまったので、フォローに入ることにする。
「戸田さん……大丈夫だよ!あの龍しぶとそうだし、いなくなって欲しくてもいなくなってくれないと思うよ。だから、戸田さんが力を使ったくらいじゃ問題ないよ、きっと!」
「ミサも結構ひどいね。でも、ミサの言うとおり、龍は消えてないと思う。ほんのちょっとだけど、魔力の匂いがするから」
まほりがそう言うと、よろよろと立ち上がってきた戸田さんが、
「椎名さんは、魔法のことに詳しいね。アホマホサークルに入っているからなの?」
不思議そうに尋ねた。すると、まほりの目がきゅぴーんと光る。
「それもそうだし、一応名誉会員だからね。見よ!」
まほりはジャージのポケットからカードケースを取り出し、その中から例の会員証を出して、掲げてみせる。その表情はとてつもなく生き生きとしている。
「きゃあ!まぶしい!」
と戸田さんは大げさなほどにリアクションする。
ナニコレ?
「その会員証ってそんなにすごいの?」
わたしがそう口にすると、戸田さんは信じられないという顔をする。
そして、諭すような口調で、
「アホマホサークルはね、人間界だけじゃなくて魔界、天界からも代表を募っているMPC――――魔法普及委員会との太いパイプを持っていて、同時にMO2――――奇跡観測機構にも情報提供をするくらい、その世界ではかなり有名なサークルなの。そしてその会員証は、魔法と人との関わりについて精通している会員だけに送られる、まさに名誉の証。すごいの一言じゃ表しきれないほどのものなんだよ」
そう教えてくれる。
でも、話を聞いても、MPC……MO2……何それ、音楽を録音するアレですか?と思考が停止しかけているわたしには、正直そのすごさがいまいち分からない。
いや、そもそも分かりたくない。天界や魔界が出てきた時点で、わたしの出番じゃない。
けれど、
「そんなすごい人が同じクラスにいたのに気づかなかったなんて……。すみません、椎名様」
「様なんてつけなくていいよ。でもどうしてもつけたいなら、名誉会員まほり様って読んでくれると嬉しいな」
「……」
「名誉会員まほり様、この騒ぎが収まったら是非、わたしの占いを見てください。名誉会員まほり様の目から見てどうなのか、知りたいんです」
「うん、謎男先生ほどじゃないけど、わたしも占いには興味があるから。戸田さんの占い、見てみたいなー」
「あと、良ければ今度魔法の講義をしてくれませんか?わたし、狭い範囲でしか魔法のことを知らなくて」
「うん、いいよー。わたしもちょうどサークルの活動に刺激が少なくなっていたところだし、人に教えるのも、いい気分転換になりそう」
俄然盛り上がる二人を前にすると、わたしのアホマホサークルへのスタンスこそが変なのかもしれないとも思い始めてくる。
「……わたし、一人で龍に会いに行ってこようかな」
疎外感から出たわたしのそんな呟きもものともせず、そのあとしばらく二人はアホマホサークルについて盛り上がっていた。
「今度わたしもサークルに入ります。イッセイ君みたいにまずビジターから入るのがお勧めですか?」
「名誉会員は、懇意にしている相手を会員へと推薦することが可能なんだ。だから、戸田さんの素行しだいでは、推薦することが出来るよ?」
「そんな!ありがたいです!ふふっ。これからの楽しみが増えちゃった」
……。
……わたしもアホマホサークルに入ろうかな。
二人の話が終わるまで、そんな風に心が揺れていた16の夏の朝だった。
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