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5章 大混乱

●まほりおねえさん

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 中庭に着いて周りを見渡してみると、さっきまで危険な動きをしていたまほりは、テーブルの上に置かれた機械の下の方を覗き込んでいた。
 火恩寺君も木から下りてきていて、まほりが覗き込んでいる何かを一緒に見ている。
「まほ……」
 まほりに火恩寺君、何してるの?
 そう口にしかけて、自分の姿を思い出し、
「椎名にタツヒコ、何してんだよ?」
 と幸太郎仕様に言い換えて、二人に声をかける。
 ちょうど後ろからのアプローチになり、二人がこちらを振り返る。
「あ、コータロー君」
「こぉたろぉか」
「何してるの?」
 ついつい地の話し方で尋ねてしまうと、まほりが不思議そうな顔をする。

「今ね、この龍尾山の魔力の量を量ってたんだ。何か前より魔力の量が少ない気がして」
「か……タツヒコも一緒に?」
「俺は山の様子がおかしいのを感じたんで出てきた。ひょっとすりゃあ、山の守り神に何かあったんじゃねぇかって思ってな」
「守り神って……焔生の龍だよね?」
「焔生の龍を知ってんのか?」
「うん、まあ……」
 実は、前に火恩寺君に教えてもらったの。
そんなことを言っても今の状態じゃ変人扱いされるのが関の山だ。
「それで魔力の量はどうだったんだよ?」
 蓄音機の土台にあたる部分についているメーターをまほりが指さす。
「うーん、いつもの3分の1くらいかな」
「いつものって、前も量ったことがあるの?」
「うん、月いちでね。そういうのもサークルの活動の中に入ってるから」
「そ、そうなんだ……」
 知らなかった。まほりは奥が深い。
「山の魔力が減ったってことは……火恩寺君が言うみたいに龍に何かあったって考えるのが自然だと思うんだ。この龍尾山は焔生の龍に守られているはずだから」
「やっぱりそうか……」
「龍に何かあったら、どうなるの?」
「何か、良くないことがじゃんじゃん起きちゃーうかも?」
 何だか急にテンションを高くしてまほりが言う。
「うん、知ってたよ……。まほりがそういう何か起きちゃうの好きだって言うのは」
 思わずまほりのテンションに乗せられてそう口にしてから、まずい、と思った。
 まほりも火恩寺君も怪訝そうな顔でわたしを見ているからだ。
「気味のわりぃ野郎だな……」
「うーん、でも……」
 まほりは真っ直ぐな眼差しでわたしの目を見る。

「え、えーと……椎名?」
 じぃー……じぃー……。
と音がしそうなほどに見つめられて、どうしていいか分からなくなる。
「あの椎名さん、お取り込み中のところ悪いんですが……」
 そうしている間に、所在なげにしていた火恩寺君が、
「俺はこの辺で親父達に報告しに戻ります。龍に何かあったとなりゃ一大事なんで」
 そう言った。
「うん、またねー」
 とまほりが声をかけるや否や火恩寺君はすぐさま木に登り、木から屋根、と亙り軽々と宿舎を越えて出て行ってしまった。
 
 それからまほりと二人残されると、まほりはまたわたしの顔を見あげてくる。
 そして眼球が乾きそうなほどに目を凝らしてくるので、正直恐怖すら感じ始めていた。
「し、椎名、さっきから……どうした?」
「うん、あのね、思ったんだけど……。コータロー君って中身が違う人でしょ?」
「な、何でそれを……」
「コータロー君が話すたびに、ひずみが生まれるのが何となく分かるからなの」
 そう言ってから、この辺に、とわたしの顔の前にくるくると円を描いてみせる。
「あと、目の奥のムードが何となく違う気がする」
「すごいな、まほり……」
「わたしのこと、まほりって言うしね」
「うん……」
「ねえ、コータロー君の中身さん。あなたは誰?」
「わたしは――――まほりの知らない人だよ」
 昼間聞いたときに、まほりはわたしのことを知らなかった。
 友達のまほりに存在そのものを知られていないのは悲しいけれど、それが今わたしの置かれている状況なのだ。

 わたしが口にすると、
「わたしは知らないけど、あなたはわたしのこと知ってるんだね」
 まほりは少しかしこまった調子でそう言ってくる。
「うん、そうなるね」
「でも、今、わたしもあなたのこと知ったよ。だから、友達だね」
 そう言いながらまほりは手を差し出してくる。
 柔らかい笑顔でそうするものだから、胸がぎゅっとつまる思いがした。
「ありがとうまほり」
 そう言って、まほりの手を取る。
 まほりと友達で良かった。
 少し目元を潤ませながらそんなことを思ったわけだけれど……。
「それはそうとして。それじゃ教えて?あなたの置かれている、とっても大変で面白い状況の話!」
 その前の流れをスパッと切り、俄然勢いづいてまほりがそういうものだから、出てきた涙がすうっと引っ込んでしまった。
 まほりの興味の対象は主にそれだったみたいです……。
 ただ、まほりの力を借りられれば力強いのは事実なので、
「うん、それじゃ話すね――――」
 今までのことをすべて説明することにした。


 すべて話し終えると、まほりは予想通り早い飲み込みで、
「つまりー、ミサは、ミサの姿をしたコータロー君を見つけだしたい、ってことだよね。わたしはそのお手伝いをすればいいの?」
 そう言ってくれた。いつの間にかわたしのことをいつものようにミサとも呼んでいるし、適応能力が半端じゃない。
「うん、まほりに手伝ってもらえれば心強いから」
 わたしがそう言うと、まほりはきょとん、とした顔をして、それから、
「ミサはきっと可愛い女の子だね」
 と脈絡のないことを言う。
「はいぃ!?何でそういう話に?」
「大丈夫。可愛いミサには、おねーさんが手伝ってあげるから~」
「おねーさんって、誕生日がちょっと早いだけなのに……」
 そう言って、こんなやり取りをそういえば一週間くらい前にもしたことを思い出した。
 そうあの、おまじないのマークを描いてもらった日にも似たようなやり取りをしたっけ。
 あれをきっかけに、次から次へと色々起こった。
 クラスメイトなのに、ちゃんと話したことがなかった穂波君や松代君や、火恩寺君達と過ごす機会が増えて、面倒くさいながらも少し楽しい一週間ちょっとだった。
 そう思うと、今誰もわたしの存在を知らず、わたしの中だけにしかその記憶がないことがとても寂しいことのような気がした。

 ――――寂しい世界。
 そして、その世界には、幸太郎がいない。
 犬になったり半分戻ったり、ちゃんと戻ったと思えばわたしになったり、と一番面倒で騒がしかった幸太郎がいない。
 昔から意識することなくそばにいた幸太郎がいない、という事実は、広大な砂漠の中一人取り残されたかのような、絶望感をともなう。
 話すことも、幸太郎のとんでもない行動に突っ込みを入れることも……一切出来ない。
 いたらいたで邪険にするし、鬱陶しいに違いない。
 でも……それでも、いてくれたほうが何倍もいい。
 少なくとも、こんなに寂しい世界じゃないはずだ。
 いなくなったとたんにこんなことを思うのは、きっと、わたしの勝手なエゴだけれど。

「ミサ、どうしたの?」
 急に黙り込んだわたしを心配したのか、まほりが顔を覗きこんでくる。
「ううん、何でもないの。ただ、コータローを見つけないとって思って」
「そっか。いないと、困るね?」
 わたしの顔を見て、まほりは笑う。
 ひょっとしたら、実は何もかも知っているのかもしれないとすら思わせる、寛容な笑顔だった。
 だから、さっき閉じていったはずの涙腺が再び緩み、
「いないと困る」
 まほりのTシャツの裾を掴みながら、何とかそう言った。
 端から見たらきっと、女の子に泣きついた情けない男だったと思う。
 まほりはそんなわたしの頭を撫で続けてくれた。

 そして、わたしが落ち着いた頃に、
「キーパーソンはやっぱり戸田さんだと思うんだ。ミサの話を聞いてて、ちょっと見えてきたことがあるから。作戦を使えば楽勝で捕まえられるよ、きっと」
 まほりはいかにもワクワクした表情でそう言った。
 確かに、まほりはお姉さんかもしれない、とそのとき思った。
 このマイペースなまほりに、わたしは救われているな、とも素直に感じていた。
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