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 地味な聖女であるメルティアは、国内最強の聖女であった。欠損した腕や足をにょきにょきと生やし、見えなくなった視力を回復させるだけでなく、三秒前に息を引き取った戦士を黄泉の国から連れ帰ってきた、毒薬を盛っても死なない、と噂は噂を呼んで、どこまでが真実なのか明らかでない。
 そんなメルティアが国に囲い込まれるのは当然であった。メルティアと王族との婚約が正式に発表され、国中が喜びに沸いた。メルティアは歳が一番近く未婚であった第四王子と結婚した。メルティアを王妃にという声もあったが、元は平民の孤児だ。さすがに王妃は無理だとメルティア自身も固辞した。いや、メルティアは王族と連なることも拒否したが、国王陛下に頼みこまれて第四王子と結婚したのだった。


 メルティアと第四王子の結婚生活は順調だと思われた。第四王子は貴賤の意識が低く、いい女であればどんな妻でも受け入れたからだ。しかし、二人が夫婦の契りを交わすたびにメルティアの力が弱くなり、結婚して三年経った今や、メルティアは一般の聖女たちよりもか弱くなった。王国の結界の維持も他の聖女達に助けてもらって、やっとできるかというレベルになっていた。


 第四王子は貴賤を問わず、いい女ならば受け入れた。メルティアの扇情的な体形は第四王子の好みであったからだ。しかし、メルティアの力が弱くなり、第四王子に声をかける聖女が増えた。現在の筆頭聖女たるハレリーもその一人だ。メルティアほど第四王子の好みの体つきではないが、その容姿は美しく、地味な外見をしていたメルティアなど吹いて飛んでしまうほど華やかだった。





「メルティア、相談があるんだけど」

 メルティアと愛を確かめ合ったその夜、第四王子はこう切り出した。

「なんでしょうか? ユフィル様」

 突然の相談に、内容の予想がつかないまま、メルティアは答えた。


「今の筆頭聖女のハレリーっているじゃん? メルティアと離婚してハレリーと再婚しようかと思って。幸いにも、まだ子供がいないし。だって、ハレリーって美人だし、今のメルティアよりも力が強いじゃん? やっぱり妻は美人な方がいいよね? 公の場に同行させるじゃん?」

 悪気もなくそう告げた第四王子によって、あっけなく二人の結婚生活は終わりを告げることとなった。メルティアもそのような言われようをしてまで、第四王子を愛することができなかったのだ。

「あ、でも。メルティアのこと身体は好きだから、妾とかとしてそばにいてもいいよ?」

 けろりとそう告げる第四王子に、メルティアは危機感を覚えた。

「……いえ。元妻が妾として残っていては、新しい奥様が安心して寛げません。私は王宮から出ていくべきでしょう……ユフィル様、今までありがとうございました」

 メルティアがベッドから降り、ぺこりと頭を下げると第四王子は色気を漂わせながら言った。

「そう? 確かに、僕よりもメルティアの方が人の心をわかるか。じゃあ、メルティアの思う通りにしていいよ。あ、生活に困らないようにいろいろ持って行って?」

 第四王子の気が変わらぬうちにとメルティアは身支度を整え、王宮を出て行った。










§

「……軽薄なお方だとは思っていたけれど、私のことを愛してくれていると思ったのに……」

 王宮から離れると、メルティアの目から涙がこぼれ落ち始めた。涙がこぼれ落ちたことは、メルティアにとって想定外だったようで、こぶしで涙を拭う。荷物はメルティア専用に軽量魔法を施して作り上げられたカバンに詰め込まれており、身軽に見える。

「……王族に人間を愛せという方が無理だったのね。……ただ、可愛がっていたハレリーにまで裏切られるなんて、私ってそんなに悪いことをしたかしら?」

 メルティアはそう言って、王国内から姿をくらました。すでに力のほとんどない聖女であったメルティアが一人、国を抜けようと王国側は気にも留めなかった。








§
「メルゥ、次の患者さんを頼みますよ」

 メルティアはメルゥと名前を変え、隣国の教会に身を寄せた。

「わかったわ!」

 弱くなったといえども、母国以外では聖女の力はどこにに行っても必要とされており、メルティアは活躍を続けることとなった。

「メルゥ、次の患者さんは毎月通っているいつものお方さ!」

「はぁい!」

 元気に返事をしたメルティアは、次の患者を待ち受ける。平民の、若い男だ。2階の屋根から落ちた古傷が痛むからと定期的に通っている。


「あ、ジーナスさん、お久しぶりですね? では、いつものようにやっていきますよー?」

 メルティアは手早く癒しの力を出現させる準備を整える。

「いつもすまないな、メルゥさんには感謝しているよ」

「はいはい、御託はいいからささっと治療しますよー」

 メルティアが患者を治療し、席を立つように促す。

「はい、終わりましたよー。また来月いらしてくださいね?」

 呆然とした患者は、古傷のある右手を開いたり閉じたりして言った。

「……メルゥさん、また腕を上げたか? メルゥさんに診てもらった当初より治療時間も短くなっているし、先月よりも痛みが引いている……メルゥさんは一度聖女の力を計り直した方がいいと思うぞ」

「え、そうかな? いつも通りな気がしてたけど……また機会があったら、調べてみるよ!」
 
 そう笑顔でメルティアは患者を送り出し、治療を続ける。


「……そんなに自分の力が変わった感覚はないけど、私の聖女の力が戻ってきているなら、嬉しいな。まぁ、そんな調子のいい話なんてないよね」

 メルティアはそう言って、教会近くの森へと帰っていった。メルティアは基本森の中の小屋で一人暮らしをしている。定期的に教会で聖女として働くことで、生計を立てているのだった。






§
「ハレリー様。例のお方はどうですか?」

「今のところ、この国の者には居場所がばれていないし、無事力も取り戻しておいでよ」

 ハレリーと呼ばれた筆頭聖女は、弱々しくそう答えた。

「ハレリー様……お力が弱まっていらっしゃる……もう、限界なのではないですか?」

「だめよ。今私が逃げ出したら、あのお方が特別だとばれてしまうじゃない。絶対にダメ」

 そう首を振った筆頭聖女ハレリーは、横にいる聖女から小瓶を受け取り、飲み干す。


「ハレリー様……あのお方のお作りになった回復薬、それ何本目なんですか?」

「……大丈夫。あのお方の決めた一日の最高接種量は超えてないから」

「……あのお方はこうもおっしゃっていましたよ? 一日の最高摂取量は、前後に接種している日がないことを前提に決めています、連日の摂取は避けなさい、と」

「……うっ、」

 苦しみ始めた筆頭聖女ハレリーは、床に這い蹲り、周囲の聖女たちが必死に声をかけ続けた。





「ハレリーの体調はどう?」

 筆頭聖女ハレリーのもとに、夫である第四王子が現れ、ハレリーの世話をしていた聖女たちは頭を下げ、隅に寄った。


「殿下。ハレリー様はお風邪を召されたようで……今はお薬で眠っていらっしゃいます」

「ふーん。メルティアは風邪とか引かなかったけど、聖女でも風邪をひくんだね」

「もちろんでございます。メルティア様はその、お身体が大変丈夫でいらっしゃいましたから」

 冷や汗を流しながら、聖女の一人が第四王子の問いに答える。

「そっか。まぁ、早く治してよ。聖女なんだからそれくらい余裕でしょ? 明日の儀式にハレリーがいないと映えないからさ」

「こほ……殿下。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。すぐに業務に戻りますわ」

 咳き込みながら目を覚ました筆頭聖女ハレリーを周囲の聖女たちは必死に横たわらせようとする。

「あ、目が覚めた? じゃあ、もう大丈夫だよね? 明日の儀式、よろしくね」

「殿下の御意のままに」

 筆頭聖女ハレリーが頭を下げ、他の聖女たちも不満気にそれに倣った。

「ハレリー様、お身体が限界を迎えてしまいます。ご無理をなさらないでください」

「大丈夫よ。王族に人間のことを理解させようなんて、無理だわ。神のご意思に従い、私はただ、あのお方の平穏を守ることのみよ」

 そう微笑む筆頭聖女ハレリーの顔には、影が現れていた。









§
「メルゥさん、聞いた? 隣国の神の儀式で筆頭聖女様が倒れたって」

「え?」

 いつものように教会で治療に当たっていると、教会の聖女仲間から祖国の情報を聞かされたメルティア。

「……ハレリーはそんな体調を崩すような子じゃないのに……」

「え? メルゥさん、何か言った?」

「ううん、なんでもない」



「聖女様! 誰でもいいから、早く! 魔物が現れて、人が襲われたんだ!!」

 そんなメルティアの考えが吹き飛ぶほど、多くの人が教会に飛び込んできた。

「メルゥさん! 早く!」

 同僚聖女に声を掛けられ、メルティアは騒ぎの中心に駆け込んだ。

「重症の方はどなたですか?!」

 聖女たちの姿に人が道を作り、メルティアが到着した先には、平民の男が倒れていた。

「!? ジーナスさん!?」

「ごほ、メ、ルゥさん、まじゅ、う、倒した、から、だい、じょう、ぶ」

「しゃべらないでください! こんな重症……」

 メルティアの瞳は不安げに揺れ、意を決したように治療のために祈りの姿勢をとった。

「我が神、メルストに祈りを捧げます。あなた様の忠実な僕であるメルティアに、癒しの力をお授けください。あなた様の力を同じく忠実な僕の治癒のために用います」

 メルティアが真名で祈りを捧げると、メルティアを中心に光がともり、平民の男の傷が塞がっていった。

「メルゥ、さん……すまない、力を使わせてしまった、すまない」

 周囲がわっと沸き、歓声に包まれる中、謝罪を何度も口にする平民の男に、メルティアは不安げに問いかける。

「ジーナスさん、あなたは一体どこまでご存じなの……? いえ、今は安静が優先よ。皆さん、重症患者をベッドに運ぶわよ!」


 担ぎ上げられた平民の男は、ベッドに移され、一人残ったメルティアを一匹の烏が見つめていた。










§
「ふーん、メルティアが力を取り戻したんだね。……邪魔が入ったから、しっかりとは確認できなかったけど。じゃあ、弱ってきたハレリーは用済みか」

「え? 僕、ハレリーと別れないといけない? 美人だから気に入っていたんだけど」

「それこそ、ハレリーを妾としておいたらどうだ? あれも所詮、貴族に養子入りした元平民にすぎぬ」

「そっか、それならいいかも。さすが兄上だね」

 第四王子はそう微笑んで、手に持っていたグラスから酒をあおった。
 部屋の外で偶然話を聞いてしまった聖女の一人は、筆頭聖女ハレリーのもとへ向かう。

「む、話を聞かれたようだが、聖女など恐れるに足りぬ」

「でも、退魔用の聖女の力を使われたら、僕たち滅ぼされてしまうよ?」

「その力を使ったら、奴らも殺戮者として滅せられる。そんな愚かなこと、聖女がするはずがない」










§
「ハレリー様、第一王子と第四王子の話を聞いてしまいました……。あのお方を連れ戻すつもりのようです」

 ベッドで療養に当たっている筆頭聖女ハレリーのもとに、話を聞いた聖女が報告に訪れた。その報告を聞いた筆頭聖女ハレリーは身体を起こし、聖女の手を握ります。

「知らせてくれてありがとう。そんなこと……私がさせません。やっと魔の手からあのお方を救い出し、あのお方はきっと聖女の力を取り戻したでしょう。あのお方の平穏こそ、神の願い。私たち聖女は、それを守る単なる一兵卒にしかすぎません」

「ハレリー様……」

「今こそ、王族……いえ、魔の者が油断しているとき。あなたたちは、民を守りなさい」

 そう言って、筆頭聖女ハレリーは立ち上がり、聖女のローブを身にまとった。

「ハレリー様……私にも手伝わせてください!」

「駄目よ。……私一人で倒しきれなかったときに備え、聖女は一人でも多く残したいわ。……すべては民とあのお方を守るという神のご意思のままに。……行きなさい。私はあなたと共に過ごせて幸せだったわ」

 微笑みを浮かべた筆頭聖女ハレリーは、残されていた回復薬をすべて飲み干した。見る見るうちに力を取り戻し、筆頭聖女ハレリーは王宮から王族を逃さぬよう、特殊結界を張った。







§
「……ハレリー?」

 メルティアが隣国で民の治療に当たっていると、特殊結界の気配を感じた。

「あなたは何をしようとしているの?」

 思わず手を止め、祖国の方向を見つめていると、声をかけられた。

「メルゥさん? 私の治療を頼んでもいいかな?」

「あ、ごめんなさい。……終わりました、次の方?」


 メルティアが治療していると、教会に一人の男が飛び込んできた。

「メルテ、メルゥさん!」

「ジーナスさん?」

 慌てた様子の平民の男に、メルティアは首をかしげる。

「君の祖国で、聖女たちが謀反を起こしたらしい! 今、潜伏している我が国の手の者から、連絡がきた。首謀者は、君の育てあげた聖女だ」

「あなたはいったい……? いえ、今はそれどころじゃないわ。ハレリーのもとに行かないと」

「我が国の外交用の転移魔法の使用許可はある。私と一緒にだが、それでもいいな?」

「もちろん、ありがとうございます!」

 平民の男に手を取られ、メルティアは転移魔方陣まで走る。

「ハレリー……お願いだから、無事でいて」























「あ、ぁ、メル、ティ、ア、さま……」

 メルティアが祖国の王宮にたどり着いた時、筆頭聖女ハレリーは、血だらけになって玉座の前に倒れていた。

「ハレリー!? ハレリー、しっかりして!」

 メルティアは筆頭聖女ハレリーの元に駆け寄り、血だらけの手を取った。

「最、後に、メ、ルティ、ア、さ、まに、会えて、私、は、嬉し」

「ハレリー! 今、聖女の祈りを捧げるから!」

 メルティアがそう言って、筆頭聖女ハレリーの手を離そうとすると、筆頭聖女ハレリーはもう片方の手でメルティアの手を握り締め、首をゆっくりと振った。

「殺、戮者、とし、て、裁、き、を受け、ます」

 メルティアが筆頭聖女ハレリーの手を繋いだまま、神に祈りを捧げた。涙をぽろぽろと瞳からこぼしながら。

「我が神、メルスト、に、祈りを捧げます。あなた様の忠実な、僕である、メルティアに、癒しの力を、お授けください。あなた様の力を、あなたの、忠実な僕である、聖女、ハレリーの、治癒のために用います」

「メル、ティ、ア、様、少し、痛みが、和らいで、きました」

「ハレリー!?」

「ごほっ、ごぽっ、」

 咳き込んだ筆頭聖女ハレリーの口からは、血がとめどなく流れ出ている。

「ハレリー! だめ! 死なないで!」

 メルティアの必死の祈りは、神に届かなかった。

「最後に、メル、ティア様に、会えた、神に、感謝、を」


 そう言って、筆頭聖女ハレリーの目は閉じた。




「いやぁーーー!!!」

 メルティアが泣き叫びながら、筆頭聖女ハレリーに抱きつき、平民の男ジーナスがメルティアを後ろからそっと抱きしめた。

















§
「ハレリーは、どうして謀反なんてしたの?」

 メルティアは、残った聖女たちを集め、問いかけた。

 一人の聖女が泣きながら、メルティアに伝える。

「ハレリー様は、民とメルティア様をお守りするために、神のご意志に従うために犠牲となったのです」

「ハレリー……あなたが全てを担わなくても、私にも一緒に、その重荷を担わせてくれたらよかったのに」

 メルティアも涙を拭いながら、拳を握る。

「筆頭聖女ハレリーの犠牲によって、この国は救われました! ずっと、魔の者に支配されていました。私も結界の力で魔の力が抑えられるのなら、それでいいと甘く考えていました。国民たちは何も知りませんでした。しかし、ハレリーはその危険に気づき、魔の者の支配を退け、全ての王族を亡き者にしました。私は、ハレリーの犠牲を無駄にしないため、聖女が治る国、神聖王国を設立します!」

 メルティアはそう宣言し、それを聞いた平民の男が付き従った。

「私が助力を申し出よう。隣国の第四王子である私、ジーナスティウスが」


 聖女たちは嗚咽を飲み込み涙を拭いながら、頭を下げた。

 神聖ハレリー王国と名付けられたその国は、聖女たちによって末長く守られ続けたのだった。
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