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第31話 帰還
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「リーザ様のご帰還だ!」
離宮の衛兵であるブランドンに抱えられるようにして、リーザは戻ってきた。
「姫様!」
乳母のネリーニが駆け寄ってきた。
「姫様、一昼夜もどちらへおいでになっていたのですか?捜索隊が出るところだったのですよ!」
「すまない、ネリーニ」
今にもひきつけを起こさんばかりの乳母の剣幕に、リーザは心底すまなそうに謝る。
「皆が心配いたしましたよ。私もあなたの姿を見失ったとわかったとき、心臓が止まるかと思いましたよ。
相当、消耗しておいでだ。お休みになられるか」
腹心の部下であるリーデイルも控えていた。
今回の魔族狩りはリーデイルが随行していたので、リーザの安否が知れるまで生きた心地がしなかっただろう。
愁いを帯びた瞳をウェーブがかった長い金髪からのぞかせていた。
「リーデイルか。いや、休むには及ばない。それより、王宮に今回のことを釈明しに行かねばならないな。魔族狩りの途中で行方不明になったのだ。さぞ大騒ぎになっただろう。支度をしてくれ」
「王宮に来る必要はないよ」
金髪碧眼で中肉中背の男が部屋の入り口に立っていた。
「リージェント!」
リージェントは現王の息子でリーザの従兄であり、婚約者でもある。
髪は短く整えられ、姿勢がやや猫背気味である。。
顔の造作はリーザに似ている。
「君の釈明は僕が聞く。許可なく部隊から離脱した罪は重いよ。
理由によっては、懲罰の対象になるかもしれない」
リーザは怒りを爆発させた。
「何を白々しい!お前たちがわざと私を魔の森に拉致したのだろうが!」
「・・・なんの話?」
「魔族狩りの休憩時、私は何者かに薬を嗅がされ、気がついたら魔の森にいた。夜になり、魔族に襲われて命からがら逃げてきたところだ。
休憩時は見張りが立っていたから外部からの侵入者の仕業ではない。・・・内部の犯行だ」
「・・・何だって?うちの部隊の誰かに襲われたというのか?」
リージェントの顔が険しくなった。
「とぼけるな!邪魔な私を殺そうとしたくせに!」
「リーザ、誓って言うけど、婚約者の君を殺す理由が僕たちにはないよ。
君は不本意かもしれないが、リーネ王族の直系の女性は君だけだ。君はやがて僕の妻となってリーネ族の王妃になる身だ。大切な君を傷つけるものか」
「じゃあ、私を襲ったのは誰なんだ!?」
「君の言うことが本当なら、由々しき問題だ。部隊のメンバーの身元を洗うよ。
・・・だが、リーネ族の者が魔の森に入って無事だったのも何だか引っ掛かるな」
リージェントは疑わしそうにリーザを一瞥した。
「それを言うなら私を拉致した奴も、リーネ族なら、よくぞ魔の森を使ったものだ。私が抜け出れたのは運が良かっただけだ。
それより、しっかり旅団のメンバーを詮議してくれ。また拉致されて魔の森に連れ込まれたんじゃ身がもたない」
「犯人の目的を知りたいね。未来のリーネ王妃に手を出すことはリーネ族全体への攻撃だ。
リーデイル、従者のお前がついていながら何という不始末だ」
「申し訳ありません。気がついた時にはリーザ様のお姿は見えず・・・」
「・・・ふん、まあいい。今回のことは王に報告する。追って沙汰を待つがよい。リーザ、君は当分、出歩くな。お姫様はお姫様らしく、美しく着飾り優雅に暮らしたまえ」
身なりにあまり気遣わず、武芸の鍛練ばかりしている従妹に釘を刺したあと、リージェントは踵を返して去っていった。
リージェントが完全に去るのを待ってブランドンが口を開いた。
「あの様子じゃ、リージェント様は犯人ではないようですね」
「さあ、どうだか。・・・しかし、犯人が私をすぐに殺さず魔の森に置き去った理由がわからない。生きたまま運ぶ方が手間だと思わないか」
しかも、オークと魔王ラディリオンが日没とともに出現したタイミングもよすぎる。
まるでわざと魔族に引き合わせられたかのような・・・。
昨晩のことが思い出され、羞恥から頭をふった。
「あれ、リーザ様、顔が紅いけど・・・」
ブランドンがリーザの様子に気づき声をかける。
「何でもない!・・・すまない。やはり少し休む」
リーザは自分の部屋に向かい、慌ててネリーニが追いかけた。
自室に戻るとリーザはベッドに身を投げ出した。
生きて戻ってきたことを実感して、ほうっとため息をついた。
あの男、魔王ラディリオン。
真剣な眼差しだった。
神々の再来のような美貌と漆黒の瞳。
・・・昔、どこかで会わなかっただろうか。
ラディリオンに抱きしめられた時、何かを思い出しかけたが、めくるめく苦悩と甘美な一時に記憶は沈んでいった。
リーネ族と魔族の融合、父が夢見て結べなかったものを私たちが実現できるだろうか。
魔族とは長い間、戦火を交えて、双方に多数の死者を出している。
リーザの血縁や友人、その家族にも戦で亡くなった者は多い。
魔族は、元はといえば、神々の戦いで破れた神々の末裔であり、神々の亜種であるリーネ族とルーツは近い。
共存の道を探り、互いの未来を変えられるのだろうか。
ラディリオンに触れられた体の部分が熱く火照り、下腹部が疼いた。
「リーザ様」
香草茶を持ってきたネリーニが呼びかけた。
「リーデイルをあまり信用しないほうが良いと思います」
「ネリーニ?」
「あの男、常にリーザ様の姿を目で追っているのに、魔族狩りの時だけ、気がついたら姿を見失っただなんて。絶対に変です」
「ネリーニ、リーデイルを疑うのか」
それはない、というように手を振った。
「リーデイルは私の遠縁だし、幼い頃からの付き合いで気心も知れている。今まで散々、機会はあったろうに、今さら私を拉致する必要はないだろう。王女お付きの武官と言えど、たまにはヘマもするさ」
リーザは取り合わなかった。
なぜ、この時ネリーニの話を軽くみたのか、リーザはやがて激しく後悔することになる。
離宮の衛兵であるブランドンに抱えられるようにして、リーザは戻ってきた。
「姫様!」
乳母のネリーニが駆け寄ってきた。
「姫様、一昼夜もどちらへおいでになっていたのですか?捜索隊が出るところだったのですよ!」
「すまない、ネリーニ」
今にもひきつけを起こさんばかりの乳母の剣幕に、リーザは心底すまなそうに謝る。
「皆が心配いたしましたよ。私もあなたの姿を見失ったとわかったとき、心臓が止まるかと思いましたよ。
相当、消耗しておいでだ。お休みになられるか」
腹心の部下であるリーデイルも控えていた。
今回の魔族狩りはリーデイルが随行していたので、リーザの安否が知れるまで生きた心地がしなかっただろう。
愁いを帯びた瞳をウェーブがかった長い金髪からのぞかせていた。
「リーデイルか。いや、休むには及ばない。それより、王宮に今回のことを釈明しに行かねばならないな。魔族狩りの途中で行方不明になったのだ。さぞ大騒ぎになっただろう。支度をしてくれ」
「王宮に来る必要はないよ」
金髪碧眼で中肉中背の男が部屋の入り口に立っていた。
「リージェント!」
リージェントは現王の息子でリーザの従兄であり、婚約者でもある。
髪は短く整えられ、姿勢がやや猫背気味である。。
顔の造作はリーザに似ている。
「君の釈明は僕が聞く。許可なく部隊から離脱した罪は重いよ。
理由によっては、懲罰の対象になるかもしれない」
リーザは怒りを爆発させた。
「何を白々しい!お前たちがわざと私を魔の森に拉致したのだろうが!」
「・・・なんの話?」
「魔族狩りの休憩時、私は何者かに薬を嗅がされ、気がついたら魔の森にいた。夜になり、魔族に襲われて命からがら逃げてきたところだ。
休憩時は見張りが立っていたから外部からの侵入者の仕業ではない。・・・内部の犯行だ」
「・・・何だって?うちの部隊の誰かに襲われたというのか?」
リージェントの顔が険しくなった。
「とぼけるな!邪魔な私を殺そうとしたくせに!」
「リーザ、誓って言うけど、婚約者の君を殺す理由が僕たちにはないよ。
君は不本意かもしれないが、リーネ王族の直系の女性は君だけだ。君はやがて僕の妻となってリーネ族の王妃になる身だ。大切な君を傷つけるものか」
「じゃあ、私を襲ったのは誰なんだ!?」
「君の言うことが本当なら、由々しき問題だ。部隊のメンバーの身元を洗うよ。
・・・だが、リーネ族の者が魔の森に入って無事だったのも何だか引っ掛かるな」
リージェントは疑わしそうにリーザを一瞥した。
「それを言うなら私を拉致した奴も、リーネ族なら、よくぞ魔の森を使ったものだ。私が抜け出れたのは運が良かっただけだ。
それより、しっかり旅団のメンバーを詮議してくれ。また拉致されて魔の森に連れ込まれたんじゃ身がもたない」
「犯人の目的を知りたいね。未来のリーネ王妃に手を出すことはリーネ族全体への攻撃だ。
リーデイル、従者のお前がついていながら何という不始末だ」
「申し訳ありません。気がついた時にはリーザ様のお姿は見えず・・・」
「・・・ふん、まあいい。今回のことは王に報告する。追って沙汰を待つがよい。リーザ、君は当分、出歩くな。お姫様はお姫様らしく、美しく着飾り優雅に暮らしたまえ」
身なりにあまり気遣わず、武芸の鍛練ばかりしている従妹に釘を刺したあと、リージェントは踵を返して去っていった。
リージェントが完全に去るのを待ってブランドンが口を開いた。
「あの様子じゃ、リージェント様は犯人ではないようですね」
「さあ、どうだか。・・・しかし、犯人が私をすぐに殺さず魔の森に置き去った理由がわからない。生きたまま運ぶ方が手間だと思わないか」
しかも、オークと魔王ラディリオンが日没とともに出現したタイミングもよすぎる。
まるでわざと魔族に引き合わせられたかのような・・・。
昨晩のことが思い出され、羞恥から頭をふった。
「あれ、リーザ様、顔が紅いけど・・・」
ブランドンがリーザの様子に気づき声をかける。
「何でもない!・・・すまない。やはり少し休む」
リーザは自分の部屋に向かい、慌ててネリーニが追いかけた。
自室に戻るとリーザはベッドに身を投げ出した。
生きて戻ってきたことを実感して、ほうっとため息をついた。
あの男、魔王ラディリオン。
真剣な眼差しだった。
神々の再来のような美貌と漆黒の瞳。
・・・昔、どこかで会わなかっただろうか。
ラディリオンに抱きしめられた時、何かを思い出しかけたが、めくるめく苦悩と甘美な一時に記憶は沈んでいった。
リーネ族と魔族の融合、父が夢見て結べなかったものを私たちが実現できるだろうか。
魔族とは長い間、戦火を交えて、双方に多数の死者を出している。
リーザの血縁や友人、その家族にも戦で亡くなった者は多い。
魔族は、元はといえば、神々の戦いで破れた神々の末裔であり、神々の亜種であるリーネ族とルーツは近い。
共存の道を探り、互いの未来を変えられるのだろうか。
ラディリオンに触れられた体の部分が熱く火照り、下腹部が疼いた。
「リーザ様」
香草茶を持ってきたネリーニが呼びかけた。
「リーデイルをあまり信用しないほうが良いと思います」
「ネリーニ?」
「あの男、常にリーザ様の姿を目で追っているのに、魔族狩りの時だけ、気がついたら姿を見失っただなんて。絶対に変です」
「ネリーニ、リーデイルを疑うのか」
それはない、というように手を振った。
「リーデイルは私の遠縁だし、幼い頃からの付き合いで気心も知れている。今まで散々、機会はあったろうに、今さら私を拉致する必要はないだろう。王女お付きの武官と言えど、たまにはヘマもするさ」
リーザは取り合わなかった。
なぜ、この時ネリーニの話を軽くみたのか、リーザはやがて激しく後悔することになる。
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