ストーリーテリング

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第23話 四門出遊

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 僕らは、次の日、北の公園で待ち合わせた。
 街では少し大きめの公園の中を2人で歩き、少し入り組んだ道に入っていく。
 都会を忘れさせるような木立が生い茂る中、忘れ去られたようにポツンと置いてある古ぼけたベンチに僕らは座った。
 リコと出会ってからのこの1週間、笑顔にさせると言いながら、その願いは未だ叶えてあげられていない。
 さまざまな人の人生に介入してきたこの1週間は、まるでどこかの名探偵のような事件の遭遇率だった。
 ただ、僕が何かできたことなんて、この1週間ほとんどなかった、変わろうとする人達へのきっかけになれたくらいのものだ。
 少なくとも、僕自身の変わっていくきっかけにはなれていたのではないかと思う。だから僕はリコと向き合うために自分と向き合ってみたい。

「僕は、自分の中で困っている人たちをただ助けられればいいと、そう思ってたけどそれはもはや、やはり自己満だったのかもしれない。リコと出会って1週間、いろんな人と出会って、笑顔にも色んな形があるんだなと知ったよ」
「そう……笑顔って、幸せとか愛とか健康とかいろんなものが混じってる。それは身近なようで遠い、単純なようで奥深い、ジレンマであり虚構のるつぼみたいなものなのかも」

 そう、僕から見たらリコのようなものとも思える。近づくと見えなくなる、遠いとぼんやり見える。いろんなものが混じりあっているのにそこは純粋なようにも感じる。

「少し……今までのことを振り返ってみようか」
「……うん」

 リコは、静かに揺れる木々を見ている。
 鈴の音を微かに音を奏でながら。

「三鹿野さんの悩みについて関われた時、三鹿野さんたちは、笑えてはいたけど、なんか悲しそうだった。お互いの結婚式への想いのすれ違いから、その想いを互いに打ち明けて、お互いの納得できる選択をして、それが最終的に三鹿野さんたちを知る人たちみんなを巻き込んでわやくちゃになった時、ただの笑顔は清々しい笑顔になってた気がしたんだ」
「うん、私は、ヒトが交わることで、こんなにもいろんな物語が派生していくんだなぁって。自分の中では見えてこないものが。それは当たり前のことなのかもしれないけど、私にとっては当たり前じゃなかった。でも、アルトを通して、三鹿野さんたちを通して、私の当たり前は当たり前じゃないことに気付いたし、興味を持つようになったの」
「うん、あの時から、リコの表情は、三鹿野さんたちと携わっていくに従って、柔らかくなっていったように感じたよ。僕も、ただリコのお助けがしたいという想いから、君をよく見たいと思うようになった」
「あの時から、いろんな笑顔があるんだと思うようになったの。自分の中の虚構に縛られて笑うことができないと思う自分は、本当にそうなのかなと、だから、自分でももっと体験してみようと思ったの」

 リコは、自分の中に閉じこもり続けて、見るのを避けていた他人を知ることで興味を持った。
 それが笑顔につながるのかなんて分からない。でも、僕から見えているリコは確かに三鹿野さんたちを通して変わっていった。
 三鹿野さんたちの『結婚式』を巡るお互いの悩みが、大衆の中にばら撒かれたことで、様々な化学反応を起こしていった。そこでは、様々な結び目が強くなり弱まり繋がり外され、いろんな表情が溢れていた。
 自分の世界からあまり顔を出すことのなかったリコにとっては、とても新鮮で無茶苦茶でカオスな世界に見えていたのかもしれない。

「桃慈《ももちか》さんは、あれからも、楽しかったのか、反応が良かったのか、SNSで昔の写真を投稿し続けているしね」
「……そうなんだ。桃慈さんらしいね」

 ……うん、やっぱり、リコは優しく、角が取れてきている気がするんだ。

「マンタの……井ノ瀬さんたちの時も、だから、リコは積極的だったんだもんね。飛び降りようとするマンタを助け、大切なものを失う連鎖を止められなくなりそうだった井ノ瀬さんたちに日記の架け橋を渡してあげた。あれはリコがいたからこそ見れた笑顔や涙だったと思うよ」
「……私は、ただ、今まで自分を見てきたように、マンタ君を、井ノ瀬さんたちを見てみただけ。自分のことで精一杯だったはずなのに……ね。他にももっと精一杯な人たちがいて、その人たちに、井ノ瀬さんたちに興味を示すことで、そんなことしてたら自分ももっといっぱいいっぱいになると思っていたら、なんだかココロが楽になるようなそんな気がしたの」
「うん、僕はいつものことだけど本当に何もしてなかった。素直にリコのことをすごいと思ったよ。ヒトの笑顔を変えられるリコは、自分の笑顔も変えられるんじゃないかと、そう思ったよ」
「私は、アルトにされて嬉しかったことを自分なりに真似してみただけ。私のことをすごいと思うのなら、それはアルトが気付いてないだけで、それがあなたの凄さなの」

 僕の凄さ……か、どうなんだろう。僕も多少は変われたのかもしれない。でも、リコの変容に比べれば僕のなんてちっぽけなもんのように感じてしまう。
 僕はリコを見て、僕と向き合わなければいけないと思った。リコは、僕を見て、他人と向き合わなければいけないと思った。
 井ノ瀬さんたちは、失った記憶によってバラバラになりそうだった家族を思い出を共有することで補完していって、変わらないようでいて新しい家族へと歩き出していった。
 リコは、まさにバラバラになりそうだった綻びを見つけて、繋ぎ合わせていったんだと思う。

「僕の凄さはやっぱり僕には分からないけど、リコにすごいと思ってもらえてるなら、マンタにも怒られないですみそうだ」
「マンタ君に? そう……それは私も嬉しい」

 リコはマンタのぎゅーにナニカを得て、僕もおこぼれを頂戴した。
 マンタの笑顔と共に僕らも色々と受け取ったんだ。
 少なくとも、リコは、自分と自分外の垣根がどんどん小さくなっていく節目にはなっていたんじゃないだろうか。

「新渡さんとお婆ちゃんは、結局、お爺ちゃんを探す方がいいのか、探さなくなるべきなのか。答えなんてあるのかないのか、何かできたのかできないのか、とても難しい感じだったね」
「うん……私は、あれでいいんだと思う。認知症は難しいし分からない。でも、理解できないものでもない。無知を知って対話をして無知をまた知る。その繰り返しが不安な分からないを、安心できる分からないにしてくれるのかなって思ったの」
「うん、分からない良さ。それは投げやりじゃなくて、色々知ったからこそ、向き合ったからこそ、見えてくる曖昧な分からない良さがあるのかなって僕も思ったよ。僕らは無意識に何にでも答えがあると思い込んでいる。絶対的な答えなんてないんだから、分からないなりに瞬間瞬間を一生懸命に生きるべきなのかなってね」
「そう、きっとその積み重ねがいろんなものに現れてくる、影響されていくんだと思う」

 僕らの行動がお婆ちゃんの、新渡さんの笑顔に繋がったのかは分からない。
 でも、僕の中で勝手に思い描いていた、健康はこうあるべき、最期はこうあるべきっていうのは、実際のリアルを体験していくことで揺らいでいった。
 無意識に作り上げていた答えの中で僕は自分に他人にいろんなものを押し付けようとしていたんだ。
 きっと、リコにも、押し付けていたのかもしれない。笑っている方が幸せなんて限らない。リコが笑いたい理由も僕はきちんと分かっていないのに。

「お婆ちゃんは、今日もまたお爺ちゃんを探してるのかな?」
「うん、探しているかもしれないけど、彷徨ってはいないと思うの」

 僕は、リコの彷徨いも止めてあげたい。
 何がいいかは分からない。だから、知りたいし向き合いたい。
 近いようで遠く、見えてきたようで分からなくなるリコときちんと向き合うために自分と向き合う、そうすればきっと見えてくるはずだと信じて。

「僕は、三鹿野さんたちと、井ノ瀬さんたちと、新渡さんとお婆ちゃんと、一緒に笑ってきたから、向き合ってきたから、見えてきたものがあると思うんだ。今なら、自分ともリコとも違った形で向き合っていけると思う、そうしたいんだ」
「私も、そんなにアツくはなれていないけど、同じように思っていたの。いろんな人と向き合ってこれたから、見えてくる自分がいるんじゃないかって」

 また、僕は1人暴走気味だったのかもしれない、そんなにアツいトークを繰り広げてしまっていただろうか。
 なんだか恥ずかしい気持ちを抑えながら、僕も自分と向き合う覚悟を決める。
 まずは、ずっと置き去りになってしまっている自分と、向き合っていかなくちゃいけない。
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