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第二話①
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地元でも古き伝統校として名高い吾妻学園の入学式は、春爛漫に咲き誇る桜に囲まれた校舎内で催される。
その学園の新入生として入学する伝馬は真新しい学生服に身を包んでマラソン選手のごとく走っていた。入学式に保護者として参列するのをワクワクして待っていた両親は、その前日に前祝いと称して大好きな生牡蠣を食べて揃ってお腹を壊し寝込んだ。どうも中ったらしい。食あたりになったら嫌だからと食べなかった伝馬だけが無事で、たった一人で仕方なく入学式に臨むことになった。しかも当日は父親が車で送迎してくれるはずだったのだが、布団の上でお腹を押さえて唸る父親に運転できるわけがなく、急いで自転車を出して乗った瞬間にタイヤがパンクするという不幸が重なった。タクシーを呼びなさいという母親の呻き声に、伝馬は入学式を欠席して救急車を呼ぼうとした。だが両親から、自分たちは大丈夫だから入学式に急ぎなさいと、全く大丈夫ではない調子で言われ、ちょっと悩んだ末に走って行くことにした。タクシーを待つ時間ももったいなく、それほど学校から離れているわけでもない。しかも伝馬は運動神経が良く、走るのは得意な方だ。走れば何とか式が始まる時間にはギリギリ間に合うと判断して、とにかく走った。走れメロスの実写版のように走った。結果、開始時間十数分前に校門に到着した。
荒々しく深呼吸しながら、額にかいた汗を手のひらでぬぐう。入学式と達筆にでかでかと書かれた看板が設置されてある校門前には、当たり前だが誰の姿も見えない。もう全員校舎の中だろう。新しい高校生活が始まるんだという感動もそっちのけで、とりあえず教室へ駆け込もうと校舎へ向かって走った。
目前に見えてきたのは豪快に咲いている桜だった。
生徒たちが出入りする昇降口から校舎に沿って桜の木が植えられている。今咲かなければいつ咲くんだとばかりに満開で、可憐なピンク色一色に染まっている。
伝馬は思わず歩調をゆるめて、桜並木を眺めた。綺麗だった。幹はどっしりとして太く、しなやかな枝にはふんだんに花がついている。互いの枝がぶつからないような間隔で木は成長していて、見事に桜の花を咲かせている一連の光景は、まるで一種の晴れ姿のようだった。
伝馬は入学式に間に合わないかもしれないという現実を一瞬忘れて、桜に手招きされるようにぶらっと校舎沿いに奥へ行こうとした。
「おい」
いきなり背後から声をかけられた。
その強面風な声色に、伝馬はハッと我に返って慌てて振り返る。
ちょうど桜色に染まる花弁がふわりと散ってきた。そこに男性が一人、仁王立ちでいた。
その学園の新入生として入学する伝馬は真新しい学生服に身を包んでマラソン選手のごとく走っていた。入学式に保護者として参列するのをワクワクして待っていた両親は、その前日に前祝いと称して大好きな生牡蠣を食べて揃ってお腹を壊し寝込んだ。どうも中ったらしい。食あたりになったら嫌だからと食べなかった伝馬だけが無事で、たった一人で仕方なく入学式に臨むことになった。しかも当日は父親が車で送迎してくれるはずだったのだが、布団の上でお腹を押さえて唸る父親に運転できるわけがなく、急いで自転車を出して乗った瞬間にタイヤがパンクするという不幸が重なった。タクシーを呼びなさいという母親の呻き声に、伝馬は入学式を欠席して救急車を呼ぼうとした。だが両親から、自分たちは大丈夫だから入学式に急ぎなさいと、全く大丈夫ではない調子で言われ、ちょっと悩んだ末に走って行くことにした。タクシーを待つ時間ももったいなく、それほど学校から離れているわけでもない。しかも伝馬は運動神経が良く、走るのは得意な方だ。走れば何とか式が始まる時間にはギリギリ間に合うと判断して、とにかく走った。走れメロスの実写版のように走った。結果、開始時間十数分前に校門に到着した。
荒々しく深呼吸しながら、額にかいた汗を手のひらでぬぐう。入学式と達筆にでかでかと書かれた看板が設置されてある校門前には、当たり前だが誰の姿も見えない。もう全員校舎の中だろう。新しい高校生活が始まるんだという感動もそっちのけで、とりあえず教室へ駆け込もうと校舎へ向かって走った。
目前に見えてきたのは豪快に咲いている桜だった。
生徒たちが出入りする昇降口から校舎に沿って桜の木が植えられている。今咲かなければいつ咲くんだとばかりに満開で、可憐なピンク色一色に染まっている。
伝馬は思わず歩調をゆるめて、桜並木を眺めた。綺麗だった。幹はどっしりとして太く、しなやかな枝にはふんだんに花がついている。互いの枝がぶつからないような間隔で木は成長していて、見事に桜の花を咲かせている一連の光景は、まるで一種の晴れ姿のようだった。
伝馬は入学式に間に合わないかもしれないという現実を一瞬忘れて、桜に手招きされるようにぶらっと校舎沿いに奥へ行こうとした。
「おい」
いきなり背後から声をかけられた。
その強面風な声色に、伝馬はハッと我に返って慌てて振り返る。
ちょうど桜色に染まる花弁がふわりと散ってきた。そこに男性が一人、仁王立ちでいた。
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