2 / 69
第一話①
しおりを挟む
「俺、先生のことが好きなんです」
突然の告白でも、非常に真面目だった。
副島一成は目の前で座る生徒を、無言で見つめ返した。お昼時の休み時間、相談室でだらだらと過ごしていた一成のもとを訪れたのは、先月、吾妻学園に入学した一年生である。黒い学生服がまだ初々しいその生徒は、一成もよく知っている相手だった。
「どうした、いきなり」
その生徒の担任である一成は、慎重に教え子の様子を探った。この相談室は生徒をサポートするために設置されていて、今年一成は筒井順慶と共に担当になった。困ったり悩んだりしていたら、迷ってないでぜひいらっしゃいと、いつでも気軽にドアを開けられる雰囲気をつくるようにしているのだが、二人が担当となってからは、開店休業状態が続いている。生徒は基本的にシャイだからと、二人の担当は早々に諦めているが、生徒たちの間では、睨みつける三白眼が怖いと評判の一成と、心の辞書にデリカシーという言葉が欠けていると評判の順慶のペアでは、好きな食べ物でも相談する気が起きないということで一致している。そんな名誉を捧げられていることなどまだ知らない当事者たちの前に現れたのが、入学してから一ヶ月しか経っていない新入生だった。
「何か、あったのか?」
相談がありますと言ったので、そこのソファーに座らせた。恒例の五月病の季節である。きっと学校に慣れない云々の話だと思って、意気込んで話を聞こうとした一成に、好きな人がいるんですと、教え子は堂々と言った。
「誰だ?」
「先生です」
桐枝伝馬はまっすぐに担任を見つめていた。
「俺、先生のことが好きなんです」
伝馬が相談室のドアを叩いてからこの会話になるまで、五分もかかっていない。
「……」
一成の三白眼が胡乱な目つきになる。聞いた瞬間、正直、もう来たかとうんざりした。男子校に教師とて着任してから、早数年。この手の話は、もうお腹いっぱいなほど見聞きしていた。
「……桐枝」
仕方がないなとため息をつくのも我慢した。一番性に敏感な年頃なのに、周囲に男しかいないのであれば、同じ男に関心が向かうのは当然の帰結だろう。だが、それが本物なのかは当人もわからないに違いない。
「いったい、どうしてそう思うんだ?」
去年も大体今頃、誰かへ同じ質問をした覚えがある。その誰かは、その後確か彼女ができたとか騒いでいたような気がする。
「俺のどこを好きになったんだ?」
それにしてもストレートに告白してきた伝馬に、少しだけ驚いた。一年三組の担当クラスでは、そろそろ新入生たちが自分の個性を出し始めている。その中でも、伝馬は特別に目立つというわけでもなく、かといって地味というわけでもなく、それなら普通かと言われれば、何か首を傾げたくなるような、そんな生徒である。担任の自分がきちんと把握していないからだと一成は憮然となったが、今目の前にいる伝馬はひどく落ち着いていて凛々しく感じた。背は低くはなく、体つきも悪くはない。黒い学生服がとてもよく似合っている。顔立ちも精悍で、頑固で意思が固そうだ。その証拠に、一度も自分から目を逸らしていない。十五歳にしては、根性もありそうだ。
突然の告白でも、非常に真面目だった。
副島一成は目の前で座る生徒を、無言で見つめ返した。お昼時の休み時間、相談室でだらだらと過ごしていた一成のもとを訪れたのは、先月、吾妻学園に入学した一年生である。黒い学生服がまだ初々しいその生徒は、一成もよく知っている相手だった。
「どうした、いきなり」
その生徒の担任である一成は、慎重に教え子の様子を探った。この相談室は生徒をサポートするために設置されていて、今年一成は筒井順慶と共に担当になった。困ったり悩んだりしていたら、迷ってないでぜひいらっしゃいと、いつでも気軽にドアを開けられる雰囲気をつくるようにしているのだが、二人が担当となってからは、開店休業状態が続いている。生徒は基本的にシャイだからと、二人の担当は早々に諦めているが、生徒たちの間では、睨みつける三白眼が怖いと評判の一成と、心の辞書にデリカシーという言葉が欠けていると評判の順慶のペアでは、好きな食べ物でも相談する気が起きないということで一致している。そんな名誉を捧げられていることなどまだ知らない当事者たちの前に現れたのが、入学してから一ヶ月しか経っていない新入生だった。
「何か、あったのか?」
相談がありますと言ったので、そこのソファーに座らせた。恒例の五月病の季節である。きっと学校に慣れない云々の話だと思って、意気込んで話を聞こうとした一成に、好きな人がいるんですと、教え子は堂々と言った。
「誰だ?」
「先生です」
桐枝伝馬はまっすぐに担任を見つめていた。
「俺、先生のことが好きなんです」
伝馬が相談室のドアを叩いてからこの会話になるまで、五分もかかっていない。
「……」
一成の三白眼が胡乱な目つきになる。聞いた瞬間、正直、もう来たかとうんざりした。男子校に教師とて着任してから、早数年。この手の話は、もうお腹いっぱいなほど見聞きしていた。
「……桐枝」
仕方がないなとため息をつくのも我慢した。一番性に敏感な年頃なのに、周囲に男しかいないのであれば、同じ男に関心が向かうのは当然の帰結だろう。だが、それが本物なのかは当人もわからないに違いない。
「いったい、どうしてそう思うんだ?」
去年も大体今頃、誰かへ同じ質問をした覚えがある。その誰かは、その後確か彼女ができたとか騒いでいたような気がする。
「俺のどこを好きになったんだ?」
それにしてもストレートに告白してきた伝馬に、少しだけ驚いた。一年三組の担当クラスでは、そろそろ新入生たちが自分の個性を出し始めている。その中でも、伝馬は特別に目立つというわけでもなく、かといって地味というわけでもなく、それなら普通かと言われれば、何か首を傾げたくなるような、そんな生徒である。担任の自分がきちんと把握していないからだと一成は憮然となったが、今目の前にいる伝馬はひどく落ち着いていて凛々しく感じた。背は低くはなく、体つきも悪くはない。黒い学生服がとてもよく似合っている。顔立ちも精悍で、頑固で意思が固そうだ。その証拠に、一度も自分から目を逸らしていない。十五歳にしては、根性もありそうだ。
5
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる