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出会い編

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「出、出ました! 提督!!」

 その緊迫した声に、イングレス女王国の若き海軍提督ノーフォーク候バスター・アンドーレ・バデーリは甲板を足早に横切ると、帆船ロイヤル・ネルソン号の先っちょにいて長い望遠鏡を目にあてていた下士官からその望遠鏡を引ったくり、自分の目にあてて覗き込んだ。丸いレンズの視界の遥か中央に、青い大海原に浮かぶ一つの帆船見える。よく目を凝らすと、マストには大きな黒い旗が翻っていた。

「――間違いないな」

 隣に立った副官のエセックス伯ハックフォード・デ・ラファイエに望遠鏡を手渡す。ハックフォードも目に押しあてた。

「おやおや、確かに間違いない。海賊どものブラッディ・フラッグです。ようやく見つけ出せましたね」
「半月かかった。くそっ。見つけては消えて、追いかければ消えた。腕の良い魔術師プログラマーがいるのだな。一緒に捕まえて縛り首だ」

 バスターは踵を返すと、船上で息をひそめて見守っていた兵士たちへ高らかに命じた。

「戦闘準備だ! 海賊どもを捕まえるぞ!」

 おお! という歓声を合図に、イングレス女王国の海兵たちは武器を取りに船の下へ慌しく走ってゆく。帆船の両脇に搭載している大砲にも駆け寄り、砲弾を込めてゆく。

 にわかに喧騒が増した甲板で、ハックフォードは一人望遠鏡でまだ見ていた。黒い旗の帆船は全く動く気配がない。

「いつ見つけたのだ?」
「つい先程です。この望遠鏡で周囲を見回していたら、突然海の上に現れました」

 勤続三十年のベテラン下士官キャッスルフォードは、きびきびと答える。

「妙だな」
「はい」

 女王国の英雄の名を授けられたこのロイヤル・ネルソン号に若き提督よりも長く乗船している二人は、そろって首を傾げた。

「あの連中は今まで我らを小馬鹿にするように、目の前で堂々と消えていた。まあ、実際小馬鹿にしていたのだろうが、あれではまるで我らが近づいてくるのを待っているようだ」

 バスターの命令で、ロイヤル・ネルソン号は目下最大速度で海賊船に突き進んでいる。

「あの連中にも、我らの船は見えているはずだが」
「目前まで近づいて、またドロンと消えるつもりでしょうか?」

 キャッスルフォードは黒い顎鬚を撫でる。

「ありうるな。我らの提督閣下の血圧がまたあがりそうだ」

 ハックフォードはその様子が脳裏に浮かんだのか、甘い端整なマスクに苦笑を滲ませる。

「さて、何を考えている、隻眼の男め」




「かしらー、きましたぜー」

 マストの見張り台から、つるっぱげのテッドがでかい声で叫んだ。

「バデーリ爺さんの船か?」
「そうでっせー。すごい勢いで向かってきてますよー」

 甲板にいるサンタ・マリア海賊団の海賊たちは、まるで物見遊山の雰囲気で、ロイヤル・ネルソン号が全速力で向かってくるのを囃し立てていた。

「どうする? いつものどおり目の前でトンズラするか?」

 副船長マルコは面倒臭そうに首のうなじをかく。

「何言っているんだ、お前ら」

 その陽気でわくわくした声に、マルコも海賊たちも甲板の中心を振り返る。真っ赤っかに茹であがった太陽の光を全身で浴びながら、七つの海に轟く有名なサンタ・マリア海賊団の栄えある船長、通称隻眼のレオンは長い黒髪を海風にたなびかせて、愉しそうに手を額にかざす。

「今日は何の日か知っているか? おう、言ってみろ」

 ハイと手をあげたおチビのルースを、ひとさし指で指名する。

「今日はクィーンガガがエーゲ海でコンサートをやる日です。俺っち、チケット買ったんで早く行きたいんですけど!」
「あ、俺も!」

 と、隣にいる二番目にチビなジャスレーも慌てて挙手する。

「クィーンガガのワールドツアーはすごいって評判なんですよ! エーゲ海のコンサートでは、魔術師を総動員して、一大スペクタクルイリュージョンコンサートをやるって評判なんです。レディーテンコーよりもすごいって話ですよ!  俺もルースも徹夜で並んでゲットしたんで、早く行きたいですー」

 ルースと手に手を取りあって、くるくると踊りだす。

「そいつは大変だ」

 レオンは男前に整った顎を感心したように撫でる。

「よく取れたな! 旧大陸じゃソールドアウトで、革命並みの暴動が起きたそうだぞ。プロヴァンス王国じゃ王族どもがまた逃げ出したそうだ。お前らよく取れたな! えらい!」

 船長に褒められて、ルースもジャスレーも嬉しそうに頷きあう。

「それだったら、さっさと爺さんに挨拶して逃げるかな」

 真剣に考えるレオンに、横からマルコが口を出した。

「別に挨拶する義理もないだろう? 相手は俺たちを捕まえる海軍なんだぞ?」

 しごく真っ当なことを、海賊団で一番真っ当な副船長が指摘する。

「何冷たいことを言っているんだ、マルコ」

 と、海賊団で一番ファンタジーな男である船長は、真面目に説教をたれる。

「今日はバデーリ爺さんの誕生日だって知っていたか? 何歳だと思う? 俺の頭が正常なら八十歳は過ぎているはずだ。そんな棺桶に両足突っ込んだ年になっても、俺のことをずっとずっと一筋に追いかけてきてくれているんだぞ? 信じられるか? これはもう恋だ。永遠に叶わない想いを、爺さんは追いかけているんだ。分かるか? この俺の胸のときめきが」

 マルコはまったくわからねえと顔で訴えた。イングレス女王国の海軍が追いかけてくるのは、自分たちが盗んだお宝を取り戻すためである。しかし一人で盛りあがっているレオンはそんな正気な副船長をスルーして、サンタ・マリア号の先頭まで立つと、へりを掴んで身を乗り出した。
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