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36. え”ぇ?僕のいない間に何が起こったんだ?!

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「おい!どうなっているんだ!どうにかならないのかッ!!」

 旦那様の怒鳴り散らす声······

「申し訳ございません、私がお傍に居ながら!!」

 ライラが泣きながら謝る声も······

「医師としては安静にして、様子を見守る事しか······こればかりは神のみぞ知るものゆえ」

 ボルマン医師の悲壮感漂う言い方······

「クソッ!誰かこの国にどうにかできるヤツはいないのか!!」
「本当に申し訳ございませんでしたっ······」

 ねぇ、そんなに怒らないで。
 ボインメイドちゃんは何も悪くないし、誰も悪くないから。
 旦那様、怒らないで······

「だ······、」
「フィリスっ!動いては駄目だ。本当に······本当に心配したのだぞ!」

 真っ白な天蓋と、覗き込むノアルファスの不安げな表情が見える。
 だから、フィリスは手を伸ばして彼の顔に触れた。
 彼が少しでも安心できる様に。

「だんなさま······怒らないで。誰も悪くないの······」
「フィリスッ!良かった······貴女が無事で、本当に良かった」
 
 ノアはその手に自分の手を重ね合わせると、ぎゅっと握りしめた。

「······私、そうだお腹が痛くて······」

「フィリス様、お腹が痛くて倒れられたのですよ。御子も大丈夫でございます。心配は要りません。ですが、少し収縮が見られるのです。この時期のソレはあまりよろしくありません。
かと言って、今この国では安静にするしか方法がなく······」

「だからフィリス、動いては駄目なんだ。分かるな?」

「安定期に入るまでは絶対安静ですので······、基本寝たままでいて頂く事になります」

「え?そ、そうなのですか······。安定期まで······とは?」
「はい。フィリス様の安定期はもうすぐです。あとひと月、ふた月ほどでしょうか?」

「公爵様、すみません。一つご提案があるのですが······」

 後ろから口を挟んだのは、医師ボルマンの息子で、フィリスの家出に一緒にエレインの家までついて来てくれた医師見習いだ。
 ノアが頷くと、彼は申し訳なさそうに言葉を続けた。

「弟君のレオン様は魔法がお得意だったと記憶しているのですが······」
「ああ。だからどうした?」
「治癒魔法が少しでも使えれば、この問題を緩和できるのではと思ったまでであります」
「おお!確かに!その手がありますな!」

 ボルマン医師が立ち上がって、大きく頷く。
 その隣でノアは手を顎にあててじっくりと考えた。

「まあ、背に腹は代えられないな」

 ノアは直ぐにレオンから緊急を要する時に使ってくれと言われている”魔法の手紙キット”を取り出した。
 直ぐに、フィリスの件を記し、机に置いて魔法陣を書いていく。
 それが完成すると、ノアは自分の指を少し噛んで切り傷を作った。
 血を魔法陣に垂らせば、手紙は魔法陣に吸い込まれるように消えていく。

「凄いものですね······それは」

 ボルマン医師の息子が感嘆の声をあげ、ノアはそれを閉まった。

「ああ、アイツはこういうモノも作るんだ。これであれば魔法の使えない俺でもレオンには手紙を送る事が出来る。レオンの魔法の能力はズバ抜けて高いんだ」
「なるほど······これを自作とは······素晴らしい才能をお持ちですね」



義姉ねえさま!!!義姉ねえさまあああ!!」

 レオンが帰ってきたのは、その日の夜だった。
 通常3~4時間はかかるギプロスからロザリアまでの道のりを、本当に急いで戻ってきたらしいレオンは、公爵家の玄関を開けるとそう叫んだ。

「レオン、今フィリスは寝ている。少し静かにしてくれ」

「······兄上。すみません」
「いや、良い。それにしても早く帰ってきてくれたのだな、助かったぞ。疲れただろう、今のうちに何か食べておくといい」

 レオンはそのノアの対応に目を見開いた。
 何がどうなって、兄にして現公爵、最上位貴族の模範の様な男が、弟の自分などを労う言葉などかけるようになったのか······と。

 ダイニングに座ると、晩餐が目の前に出され、レオンはチラチラとノアを見ながらそれに手をつけた。

「学園はどうだ?楽しんでいるか?」

 卒業はできそうか?何かあれば助けになるぞ。と言葉をペラペラと続けた兄、ノアにレオンは流石に焦った。
 今まで16年間共に生きてきてこんなに饒舌に喋っている兄を見たこともない······。

「······はい。それはそうと、兄上、どうかされたのです?何か······ありましたか?」

「いや、そういえば。お前、もう約一年で成人だろう?舞踏会の準備や、婚約者の選定をした方が良いな」
「あ······兄上、それは、少し待って頂けませんか?」
「何故だ?」

 自分だってその歳になるまで、結婚どころか婚約すらもしていなかったのに!
 レオンはノアを固い意思で見つめた。

「兄上も、遂この間結婚したばかりではないですか。それに、義姉あねうえとの契約が「フィリスは俺が責任を持って生涯大切にする事にしたから、お前が心配することは何もない」

「っ······それは、どういう意味ですか?!」
「どういう意味もこういう意味もない。そのままだ。俺はフィリスと ”夫婦” 、だからな」

 彼が少し自慢げにそう言った時、ダイニングの扉がノックされ、ボルマン医師の声がして二人はそちらを見た。

「奥様がお目覚めになられました!」

「分かった。今向かう」
「······兄上っ、」
「この話は後だ、今はお前の力で、彼女を助けてやってほしい」
「······分かりました」

 渋々話を終わらせることに納得し、頷いたレオンはノアの後ろに付いてフィリスの······いや、フィリスとノアの夫婦の寝室へと入った。

 やはり自分のいなくなった後、何かが変わっている。
 今まで、フィリスはフィリスの部屋で生活していた筈なのに、今では夫婦の寝室を解放して、そこを使っているなんて。
 
 これじゃあまるで······本当の夫婦のようじゃないか······。

「フィリス、おはよう、大丈夫か?具合は?」

 そして部屋に入るや否や、直ぐに寝台に駆け寄ってフィリスの手を握りしめた兄に、レオンは目をひん剥いた。

『う"え"ぇえ?!本当に僕のいない間に何が起こったんだよ!!』

 そのレオンの様子に気付いたらしいフィリスが、顔に苦笑いを浮かべる。

「レオン様、今日は私の為に急遽来て下さり······本当にごめんなさい」

 レオンはフィリスの言葉で意識を引き戻すと、彼女の隣(勿論兄のノアとは反対方向)に回り込んで手を握りしめた。

義姉ねえさま······!義姉ねえさまは、何も気にしなくて良いんですよ。僕はいつだって義姉ねえさまの為に「ん"ん"っ、レオン。急ぎ、診てやってくれ」

 自分と義姉ねえ様の感動の再会に、言葉を被せる様に遮った兄ノアを、レオンはギロリと睨む。

「兄上。僕は義姉ねえさまとの再会を堪能しているのです。邪魔をするなら、出て行って下さい!」
「はあ?!此処は、俺とフィリスの夫婦の寝室だ。お前がでていけ!」

「あの······御二方······奥様が困惑していらっしゃいますし。それに今レオン様に出て行かれてしまっては······治癒が施せず······」

 ボルマン医師が額に汗を浮かべながら慌てふためくのを見て、フィリスは思わず笑った。

「っふ、うふふふ······っあはははは!」

 両隣で、公爵家の兄弟二人が気まずそうに立っている姿が、叱られた直後の子供のようで可愛くて。フィリスは自分の置かれた状況に反して、とても温かい気持ちに包まれる。

 こうしてこの日、フィリスは全信頼を寄せてレオンに治癒を施してもらう事になった。
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