上 下
19 / 50

18. 何?家出をした・・・だと?!

しおりを挟む
 ノアルファスは一人、ブツブツと呟きながら、自分の邸の前で馬車を降りた。
 王族に連なる権力者であるバルモント公爵。そんな彼が、地面を見ながら俯き気味に何度も復唱しているのはフィリスに言おうとしている言葉だ。

『······フィリス、この間は本当にすまなかった。貴女の体調が優れている時、一緒に庭園でお茶でもどうだろうか?貴女の事を知りたいんだ』

『······フィリス、この間は本当にすまなかった。貴女の体調が優れている時、一緒に庭園でお茶でもどうだろうか?貴女の事を知りたいんだ』

『······フィリス、この間は本当にすまなかった。貴女の体調が優れている時、一緒に庭園でお茶でもどうだろうか?貴女の事を知りたいんだ』

 邸の扉が勢いよく開いて、女性が勢いよく飛び出してきたのを咄嗟に両手で受け止めてから、目を瞑って勢いよく頭を下げる。
 
「······フィリス、この間は本当にすまなかった!貴女の体調が優れている時、一緒に庭園でお茶でもどうだろうか?貴女の事を知りたいんだ!!!」

「あ······あの、ノアルファス様······申し訳ございません!!!」

 あまりに一瞬の事で、その相手の顔も見れていなかったのだ。
 フィリスのものではない、少し落ち着いた女性の声がして、ノアルファスは顔を上げた。
 そして目の前にいる女性がフィリスではなく、ライラであることに気づき赤面する。

「っ、すまん、コレは······」
「ノア様、まずは私がフィリス様でなく申し訳ございません。ですが先にお伝えしなくてはならないことが······フィリス様が、家出なさいました」

 ”フィリスが家出をした”······フィリスが家出をした、フィリスが家出をした、フィリスが家出をした······。
 その言葉が脳内でコダマする。
 そしてその意味を理解し、ノアは邸の中に駆け込んだ。

「フィリス!」

 そのまま階段を駆け上がってフィリスの部屋の扉を開けるが、いない。

「フィリス!!」

 彼女の大好きなバルコニーにも、いない。

「フィリスッ!!!」

 彼女はもう、この家に、いない。

 その事実に、ノアは愕然とした。

「ライラ······先程、何故謝った?何かあったのか?彼女の行方は分かっているのか!?家出と言ったからには誘拐とかではないんだろうな?誘拐であれば······彼女の身に何かあれば!!!」

 ガシガシと苛立ったように髪をかきむしるノアに、ライラは無言で頭を下げる。
 直後、同じタイミングで後ろからボルマン医師も並び、頭を下げた。

「オイ!なんとか言え、ライラ!それにボルマン医師、何故お前まで頭を下げる?何かあったのか?······重大な病気?!お腹の子に何かあったとか······か?!」
「落ち着いて下さい、ノア様」
「こんなのが落ち着いていられるかッ!!!」

 ライラはびくりと身体を震わせた。今までこの公爵家で彼のこんな慌てふためいた姿を見た事はない。
 いつも冷静で、他人にはあまり興味がなく、特に女性関係は壊滅的。
 女心が分かるなどというレベルに達しておらず、コミュ障のヘタレだ。

 だが、これは······と目の前のノアをじっと見つめれば、ノアが罰の悪い顔をして顔を背けた。

「ノア様、一つお伺いしても?何故そんなに怒っているのですか?奥様とは契約結婚だから、子供を産む為の臨時妻だ、と散々仰っていたではありませんか」
「ライラ、ウルサイぞ······」
「いえ、大事な事です。大事な気持ちですよ、ノア様。今までずっとノア様が考えてこなかった気持ちですよね?有耶無耶にするのはもうやめませんか」

「ライラ!俺はお前の雇い主だぞ。立場を弁えろ」

「······分かりました。では、ご報告だけ致します。先日、ノア様が仕事が忙しいと言う理由から王城に時。エレイン様が来られました」

継母上ははうえが······?」

 ノアは、継母エレインを思い出して嫌な予感がした。
 フィリスもとてもお転婆であまり貴族令嬢らしからぬ女性だが、エレインも違った意味で負けてはいない。
 生粋の御姫様であり、天然ともいえる性格。だが、とても知的で行動力もあり、いつも心を見透かされているような気がして······ノアのあまり得意としない女性だった。

「はい。エレイン様です。奥様はエレイン様と共に、家を出られました」
継母上ははうえと?どこに行った?今すぐ取り戻しにいく!」

「それは······分かりません」
「は?だが、フィリスは身籠っているんだぞ?悪阻で体調だって優れないはずだよな?馬車の振動だって良くないって聞いたんだ!」

 ライラは目を丸くする。この主に、一体何があったのだろうか?と。
 今までには考えられない位のフィリスへの執着。そして妊娠に関する知識と身体への気遣いスキルが格段に上がっている。
 何か心変わりでもあったのだろうか······。

 そんなライラの隣で、医師ボルマンが申し訳なさそうに口を開いた。

「公爵様、ですので僭越ながら、私の倅に奥様の臨時専属医として体調管理とチェックを指示しております。倅も今頃はフィリス様と共におりましょう」
「なるほど······何かあった時の為、ということか······まあ、継母上ははうえもレオンを産んでいるのだから知識はあるだろうが······」

 『知識はあるのだろうか······なんて、全く知ろうともしなかったノア様が······?!なんて上から目線っ!!』
 ライラはそのあまりの変貌にあんぐりと開いた口が塞がらなかった。

「はい。ですので、体調管理等妊娠中のサポートはご心配なさらずとも大丈夫かと思います」

「分かった。ボルマン医師、気遣い感謝する。······だが、やはり彼女には邸に居てもらわねばならない。公爵夫人として、この邸の女主人としても、誰もいないのは困るからな」

 『奥様には公爵夫人として恥ずかしいから来客などが来ても彼女を誰にも会わせるな、と言っておきながら、この人は······』ライラは開いたままだった口を閉じると、内心で少し軽蔑の目を向けながらノアを見た。

 そんなライラの前で、ノアは再び落ち着かない様子で右往左往し始める。

「そう考えると、継母上ははうえの家に向かった可能性が高そうだな。やはり、すぐに俺だけでも継母上ははうえの元に向かおう。早く連れ戻さなければ」
「でもノア様······それが、我々には分からないのですよ」

 ライラが溜息まじりに呟けば、ノアがイライラしたように彼女を一瞥する。

「何故だ?」

「エレイン様は我々公爵家の人間に、情報を全て制限しております。誰も彼女に関する情報を持っておりません」
「なん······だって······?」

「もし分かるとすれば······ただ一人でしょう」

「······レオンか」
「はい。レオン様です」

 ノアは顔を歪める。
 今回の”フィリス拉致事件”、レオンが裏で噛んでいる事は確実。
 彼はフィリスをとても気にかけており、彼女を蔑ろにしていた自分の態度に不満を持っていたのだから。

「待て······あいつの監視は?」
「学園の面接に行かれるという事で、着いて行かれていましたよ」

 その時、そして彼の頭の中で、直ぐに点と点がつながった。
 ダンッと音を立てて、壁を拳で叩く。

「そうか!アイツ、そのタイミングを狙ったのか······。本当に面倒な事をしてくれるッ!!」

 ノアの心は、怒り、嫉妬、後悔、様々な感情で溢れていた。
 そしてその感情を自分で分析し、収拾する能力など、高度なモノは彼には備わっていなかったのだ。
 特にそれは、恋愛感情からくるものだったから······。

 その夜、『魔法学園合格したよ~!』と清々しい顔で公爵家の扉を開けたレオンに、ノアは大股で近づくと彼の胸倉を掴んで見下ろした。

「話がある、来い」

 そう言って突き飛ばされたレオンは、ダイニングへと入っていった兄ノアルファスを見つめて溜息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子供が欲しい精霊は、今日も番を誘います

小葉石
BL
精霊界と人間界の良好な関係は両界の安寧へと繋がる。 荒れ廃れた大陸に、太古の昔精霊王の血を引く者達が起こした国がマランダ帝国と言われている。その国の、精霊を愛し信頼し、その力に頼って生きている民には精霊に対する感謝が溢れていたと言う。 けれども長い年月の中で精霊に対する信頼も感謝も愛情も人々の中から薄れ、今では精霊がいたことさえも忘れ去られようとしていた。 精霊と人間の繋がりを切っては両者共に滅びてしまう。かつての関係を取り戻そうと精霊界側からある大役を務める為にリシュリーが使わされる事となった。 人間界と精霊界との架け橋となるべき"子"を授かる為に…… 意気揚々と人間界にきたものの、リシュリーは投獄されてしまう。 人間界・マランダ帝国には精霊に対する云々は忘れ去られ、精霊という迷信に惑わされることのない反帝国派の人々が、帝国の中心部までをも掌握しつつあったのだ。 サージェス×リシュリー CP固定です。 ・サージェス      精霊王の血を引く王族     金髪に薄紫の瞳、紫という精霊の     血を引く証を持って生まれた王子 ・リシュリー     精霊達に育てられた人間に嫁ぐ     ための精霊     眩しいくらいの銀髪に深い紫の瞳     を持つ     少し天然で世間知らず。 小さい子     仲間の精霊達。色々な力を持つが     今は力不足で小人の様な姿しか     取れない。     意思疎通はできるし助け手とも     なる ※人外(精霊)設定ありですが、ちゃんと人の形を取っています。 ※精霊との婚姻については同性妊娠あり *完結まで書き終えてます

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

その発言、後悔しないで下さいね?

風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。 一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。 結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。 一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。 「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が! でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません! 「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」 ※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。 ※クズがいますので、ご注意下さい。 ※ざまぁは過度なものではありません。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

調教済み騎士団長さまのご帰還

ミツミチ
BL
敵国に囚われている間に、肉体の隅に至るまで躾けられた騎士団長を救出したあとの話です

処理中です...