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8. 何故、何故、何故なんだ!!
しおりを挟むノアルファスは朝早く目覚めた。
いつも早く起きて仕事をする、所謂、彼の癖だ。
「はぁ、まだこんな時間か」
蜜月を一週間で明け、すぐに隣国との外交に行ったノアルファス。
新妻が妊娠したにも関わらず、国王に手紙の報告だけで済ませようとしたのは確かに事実だった。実際、彼は邸に帰ってくるつもりはなかったのだ。
だが、国王にこっぴどくお叱りを受けた。
『妊娠した新妻を一人領地に残し、公務を続けるとはなんたる事!半月ほど頭を冷やせ!この大馬鹿者!』という······王命の元、此処にいるわけで。
「本当に······跡継ぎを早くしろ、と言ったのはアレク、お前ではないか······」
このロザリア王国、国王アレクサンダーはノアルファスより少し年上の幼馴染。
王太子と公爵家嫡男として幼い頃はよく共に遊んだ仲である。そして彼は最愛の人を皇后とし、相思相愛、子宝にも恵まれ三十歳を過ぎた今も、とても仲睦まじい事で有名なのだ。
その彼曰く、”人生の変化はすべてに意味があり、学びである”という。
子を持ち、親となり、初めて親の気持ちが分かり学ぶことがあるように。
秘訣は最大限に妻を労わり、愛すことにあるんだ!
フィリスとの結婚が決まった際に長々と説教の様に聞かされたその話は、ノアルファスには全く分からない話だったため、彼は右耳から左耳へと聞き流していた。
だが、それが裏目にでたらしい。だから、国王から鉄槌が下ったということだろう。
「さて、今日はどうするか······」
ノアルファスは夫婦の繋ぎ部屋の扉を見た。
この行動も、最近ノアの日課となりつつある。フィリスがいるはずもないと分かっていて、でも気になってしまうのだ。
あの部屋を使ったのは、彼女を邸に迎い入れて一週間のみ。
一緒に同じ寝台で眠るというのが何故か気恥ずかしくて、寝る時は必ず自室に戻っていた。だから、使っていないも等しいのだが······。
それに、契約結婚だからそこまで深入りする必要はない、と思っていたのも事実。
だが、なぜ、こんなに彼女の動向が気になるのか。
彼女が自分の子を身籠ったからだろうか?
······いや、それはないだろう。だって懐妊の報告を受けたときは、こんな思いはしなかったのだから。
では······なんで······?
直後、ノアの脳裏には邸に帰った日のダイニングでの事が鮮明に蘇った。
弟のレオンがフィリスを心底気にかけている様子。
「······俺も、少しは彼女を労わらないといけない、と言う事か······」
ノアは、あまり深く考えるのをやめ、漸く朝日の昇り始めた外を見た。
朝焼けに照らされて、キラキラと庭園に咲き誇る花々を見て、何故かフィリスを思い出す。
「花······か」
この国で女性への贈り物は宝石やドレス、そして簡易的なものは花、と相場が決まっている。であれば、とノアはゆったりめのシャツとスラックスという軽装に身を包むと部屋を出た。
庭にでる手前で庭師の使う道具を借りて、庭園の花々を眺めながらゆっくりと歩く。
色とりどりの花々がノアを出迎え、真面目しか取り柄の無い彼の心に、感情という色を宿していく。
次に来るときは、フィリスも誘って二人で庭園散策というのも良いかもしれないな······。彼女の顔を思い出しながら花を見れば、彼女の反応が手に取るように分かり、ノアは一人頬を緩めた。
「ふっ······、あんなじゃじゃ馬娘が花など、本当に喜ぶのだろうか?まあ、ドレスも宝石もあまり興味はなさそうだ。馬の遠乗りとかの方が喜びそうだしな」
花束を手にしたら、『ありがとうございますわ。でも、私はあまり花には興味がないのですよね』などと、また可愛くないことを言うのだろうな。と想像してクツクツと一人で笑ってしまう。
ノアは庭園を物色した挙句、最終的にありきたりなバラにすることにした。
花言葉は分からないが、どうせ彼女だって分からないだろう。
赤バラは情熱的だと聞くから······
「オレンジあたりにしておけば大丈夫だろう」
ノアは少し濃いオレンジ色の薔薇を摘み取っていく。そして、その隣の木に咲いていた美しい紫の花に目を奪われた。
「これも、いれておくか。酷い配色だが······仕方ないな」
花を摘んで誰かにあげるという行為すらしたことがないのだ。
花を綺麗だと思って見に行ったこともない。すべてが初体験。
ノアは、それらを一纏めにすると、自室に戻ろうと庭園を歩き始めた。
「ノア様っ!お帰りなさいませ!」
直後、背後から馴染みのある声が聞こえ、ノアは立ち止まった。
後ろを振り返れば、黒髪の短髪(と上半身)を揺らしながら、走ってくるメイド服の女性が一人。
「ああ、ライラ。ただいま」
ノアはふっと笑みを零すと、目の前まで来た彼女の頭をポンポンと撫でた。
「良かったです。本当にノア様が帰ってきてくださって!奥様がとてもお辛そうでしたのですが、私たちメイドにはできることが限られますので······」
「いや、お前達にしかできないこともあるだろう?」
「奥様はまだ我々使用人にはお心を開いてくださらず······」
悲しそうな表情をして俯いたライラの背中に手を回し、上下にゆっくりと擦る。
「大丈夫だ。いつか心を開いてくれる」
子供を産んだ後、彼女が出て行ってしまうかもしれないが······。とノアは心の中で考えた言葉を声には出さずに飲み込んだ。
「っ、はい。でも、ノア様!もうこうゆうのはやめて下さい!私はもう大人、なのですよっ!」
「悪かった」
顔の赤いライラを見て、ノアはふふっと軽く笑う。
直後、ライラはノアの手にある花束を見て首を傾げた。
「それは?奥様に、ですか?」
「ああ、何も贈り物をしてないと思ってな。とりあえず花を、と思ったのだが。俺はあまり花には詳しくなくてな」
「確かに、私もあまり花は詳しくありません······。お手伝いできず申し訳ございません。この公爵家で花に精通して者は庭師のルディくらいしかいないのでは?」
「ああ、そうだな。だが、奴は忙しそうだから」
二人で苦笑いをしながら庭園を横切る。
途中まで歩いて、ライラが急に思い出したように声を出し、立ち止まった。
「あ、でも大変だわ」
「ん?どうした?」
ノアがライラを振り返ると、ライラは焦ったような表情をした。
「ノア様、その花、なんですが······もしかしたらフィリス様には香りが強すぎるかもしれません。先日私もレオン様に言われたのですが、妊娠中は香りの強いものはあまりよくないと······」
”でも、捨てるのは花には悪いですね。一旦お見せしてから、玄関かお二人の寝室に飾りましょうか?”
そう言いながら悩み始めたライラを見て、またレオンか。とノアは一瞬顔を歪めた。
どうせ全く花に精通していない自分が勝手に選んだ花だ。そんな使われていない寝室や、ましてや公爵家の顔とも言える玄関に置く必要はないだろう。
「そうか······だが、そんな所に飾る必要ない。では、これは······ライラ、お前が引き取ってくれるか?確か、お前の母は生前花が好きだったからな。飾ってやってくれ」
「ノア様······。では、いただきますね。母もとても喜ぶと思います」
ライラがノアから花束を受け取り、二人で彼女の亡き母を思い出すように微笑みあう。
その直後、邸の上から大きな女性の声が聞こえた。
「これは······フィリスの声······か?」
「そうですね。あの方向はフィリス様の部屋ですし······何かあったのかしら?!」
少し焦った様な声を出したライラと共に、彼女の部屋のバルコニーをじっと見つめる。
そして次の瞬間、見えた光景にノアは愕然とした。
この間と同じ、恥じらいなど知らないような薄い夜着。
その隣でレオンが顔を真っ赤にして羽織りを手渡している。
何故、レオンが······彼女の部屋に。
何故、彼女はあんな恰好を。
何故、何故······!と彼の心を灰黒い感情が覆っていく。
そして最後に視界に入り込んできたそれに、ノアは声を荒げた。
「嗚呼!何故、貴女はいつも裸足なんだ!!!本当に!本当に、それで淑女教育を受けていたのかッ!?」
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