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6. 旦那様、悲恋でしたのね?!

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 フィリスは朝一番で嘔吐に見舞われ、げっそりとした顔で自室のリビングのソファに凭れ掛かった。

「はぁ、子を身籠って、こんな事になるなんて聞いてないわよ······」

 自分の母もこうだったのだろうか?

 あの日の盛大なリバースデビューから、症状は良くなる気配はない。
 むしろ、ゆっくりと悪化していっているような気さえする。

「私、これから死ぬまでずっとこんな具合なのかしら?」

 楽しみになりつつあった公爵家の素晴らしい晩餐も、今や食べることだけでなく、見ることすらも叶わないのだから。視覚、嗅覚がすべて嘔吐反応に直接結びついている気がする。

 メイドを入れなくなったのも、ずっと気を使われることすらストレスで嫌になってしまったから。
 元侯爵令嬢といえど、フィリスは一人でなんでもこなしてしまうような性格である。だから、一人でこの豪華な部屋に居るのは苦ではなかった。

 むしろ、羽伸ばし放題!
 
「このままどこかに飛んでいきたいくらいだわ」

 一人、クスクスと笑ったフィリスは、日課となった部屋の換気を行う。
 窓を全開にするとバルコニーに出た。脚を少し蹴り上げれば、ヒールのついた靴がスポーンと弧を描いて飛んでいく。バラバラに落下、着地した二つの靴を気に留めることなく、フィリスは柵に掴まると目の前に広がる景色に目を向けた。
 眼下に広がる豪華な庭園。大きな噴水と美しい花々が咲き乱れる様は流石公爵家だろう。

 フィリスは両手を広げると顔を空に向け、大きく深呼吸をした。

「っはぁ~!気持ち良いわ!やっぱり外の空気を取り込むのは大切よね」

 そして、先日のノアルファスとの会話を思い出す。

「っふ、はははッ!あの人、本当に面白いわ!私がここから身を投げるなんて発想をするなんて」

 フィリスは柵に手をかけると下を見下ろした。
 バルモント公爵家は三階建て。夫婦の寝室を真ん中にして、右がフィリスの部屋である。三階といっても防犯防止の意味も兼ねて、かなりの高さがある。飛び降りる者はいないだろう。

「やっぱり高いわね。まあ、着地を上手くすればこれくらいでは死なない気がするのだけど······でも流石に痛そうだわ」

 大切なことだ、もう一度言おう。
 ここから飛び降りる阿呆はいないだろう、と。

 そんな中、フィリスが目線をズラせば、庭園の中の木の脇に立っているノアが目に入った。

「あら、あの人旦那様······散策かしら?お花でも摘んでるとか?······だったら笑うわね」

 大きな木が邪魔で何をしているのかは見えないが、誰かと話をしているようだ。
 
「まあ、あの強面でいつも眉間に皺を寄せている彼がお花なんて······ありえないわね」

 そう呟いたとき、ノアが歩きはじめる。
 そしてその片手には自分で摘んだらしい花束が握られていた。その光景にフィリスは思わず腹の底から声を出す。

「っへぇええ?!旦那様、わたくし、そんなお花が似合わない方を見たのは初めてでしてよ!」

 あまりに意外な組み合わせにフィリスはポカンと口を開け、その直後噴き出した。

「っふははは!一切笑うこともしない貴方がお花を?!面白い事もあるのですわね?······ん?あら?あれは······、」

 その瞬間、ノアがぎこちなく微笑んで、その花束を無造作に差し出す。
 それを受け取ろうと、大きな木の影から歩いて出てきたのは······あの巨乳ボインメイドだった。

「ああ!ボインちゃんだったのね!やはり、そういう関係でしたのね?そうであれば言ってくだされば良いのに!」

 フィリスは柵に両肘をつくと、両手に顔を乗せてじっと彼らを観察した。

 ~身分差の叶わぬ恋。公爵の嫡男として産まれたノアルファスと、それを幼い頃からメイドとしてお世話してきたボインちゃん。いつしか二人は惹かれあう。だけど、この身分差は埋められず、結婚は叶わない。だから、代理の正妻を用意しなくてはならなかった。~
 子供が、跡継ぎができれば、その妻はもう必要ない。
 あとは、二人でその子供と共に新しい家庭を増やしていけばいい。

「ああ、なんて可哀相な悲恋なのかしら。というかそうならそうと言ってくださればいいのに!本命のボインちゃんに私のお世話をさせるなんて旦那様もどうかしているわ?」

 そう””脳内ストーリーを描き上げて、納得したフィリスは、次いで自分の身体を見つめた。

 ボインメイドと比べれば貧相な胸。身体は筋肉質よりで女の子らしいふわふわした要素はない。顔も平凡で、なんの取柄もない自分。
 加えて、子を身籠ってからは引き籠りがちだし、外に出ればところ構わず嘔吐しているだけなのだ。
 確かにそんな女より、清楚感があり母性を感じられるボインメイドの方がいいに決まっている。
 
 そう、分かってはいるけれど······。

「契約結婚だってわかっていても、誰かと比較されるのはあまりいい気分ではないわね。それなら、あんな······優しくするような言葉なんて、要らなかったのに······」

 ゆっくり互いを思い合うように庭園を歩く二人を見ながら、感傷に浸るフィリス。
 直後、その背後で焦ったようなレオンの声が聞こえて、フィリスは慌てて後ろを振り返った。


「フィリス義姉ねえさま!!?た、たいへんだ······義姉さまがいない!もしかして······義姉様ねえさまがッ!!!」
 
 この展開······つい最近同じような事があった気がする······。
 咄嗟にフィリスは声を張り上げた。

「ちょっと、いるわ!!いるわよッ!身を投げたりなんかしないんだってばああぁぁ!」

 本当に、このバルモント公爵家の兄弟はどうしてこうも自分が絶望に陥ってバルコニーから身を投げる等と思うのか。
 その思考回路が全く分からない!

 フィリスは片手を蟀谷に押し当てながら、慌てた様子でバルコニーに向かって走ってくる義理の弟レオンハルトを見つめた。
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