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第一章

生贄の村その六

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十一

青空に上がった太陽の周囲には、日輪が浮かんで見えた。
向こうから飛んできた鳥達が、さあっと軽やかに日輪を横切っていく。
アーヴィンは村々にある方々(ほうぼう)の家の戸口を叩き、一軒ずつ訪ねて回っていた。

「こりゃあ、先生、どうも」
戸口から顔を出した村人が、アーヴィンを一目見るなり頭を下げた。
「調子はどうだい?」

「ええ、すこぶるいいですよ。これも先生のおかげです」
「そりゃ、良かった。今日も薬を置いていくから、毎日欠かさず飲むといいよ。疲れ知らずで病気にもならなくなるから」
そう言って、アーヴィンが薬の入った包をいくつか置いていく。

「ありがとうございます。この薬を飲むと頭がすぅっと晴れて、身体も軽くなるんですよね。
疲れた時に飲むとそりゃもう、良く効きますよ」

「うん、とにかく続けることが大事だよ」

アーヴィンは男に言い置いてから、次は隣の家へと向かった。

十二

ロザリーは、下女と一緒に台所で料理の下拵えをしていた。
「準備は出来たし、鍋の湯も沸いたわね」

そう言うと、狐色になるまで炒めた玉ねぎや、
皮を剥いて角切りにした野菜をキジの肉と一緒に弱火で煮込んでいく。
それから赤ワインを加えて刻んだ香草をまぶし、味と香りを整えていった。

小皿に入れて味見をすると、炒めた玉ねぎの甘みとスパイスの辛味がほどよく効いている。
それから日が落ちる頃になると、村を廻っていたアーヴィンが帰ってきた。

下女が食堂のテーブルに皿を並べ、シチューやパン、
それに炙った豚肉の切り身とサラダの盛り合わせを用意していた頃合だった。

テーブルに座り、みなで食事を取る。
下男も下女もここでは一つのテーブルで食事をする。

「アーヴィン、今日もお疲れ様。村の人達はどんな様子だったの?」
ロザリーの問いかけに千切ったパンをシチューに浸していたアーヴィンが、
「みんな俺の調合した薬が気に入ったようでね、どこも悪くなくても欲しがってる有様だったよ」と答える。

「へへ、アーヴィン先生の薬は効果てきめん、良く効きますから村の衆ならみんな欲しがりますだよ」
下男の一人の言葉に他の下男や下女が、同意するように首を縦に振る。

「薬だけじゃないよ。治療の腕前だって抜群さ」
林檎酒を飲んでいたマルカが、コップを掲げながら言った。

「そりゃ、勿論だ。ここにいるマルカの婆さんが生き証人だべな」
「違いねえだな。あんな寝たきりがこんなに元気になっちまったんだから」

それから一同は半刻(一時間)ほど雑談を交えながら食事を楽しんだ。

十三

人々が寝静まった深夜の時刻、居間にはアーヴィンとマルカの姿があった。

「蛇神を誘い出し、討つには婆ちゃんの協力が必要だ。だけど婆ちゃん、もしかしたら村長もろとも、
婆ちゃんも蛇神に食われるかもしれない」
テーブルの上に置いた小瓶をマルカが手に取る。

「それは望むところだよ、アーヴィン。わたしゃ、もう長く生きてきたんだ。
これから先のことを考えてもロザリーのお荷物になるだけだしねえ」

老婆がどこか寂しそうな笑みを浮かべ、窓を眺めた。
そんなマルカの胸裡には、様々な思い出が流れていった。

若かりし日の思い出、息子と過ごした日々、孫娘が誕生した夜のこと、
そして村長のカインが息子と嫁を蛇神の生贄に捧げた十五年前の忌まわしい記憶。

「ロザリーが悲しむよ、婆ちゃん。それでもいいのかい?」
アーヴィンが真っ直ぐにマルカの瞳を見つめ返した。

「野暮はいいっこなしだよ、アーヴィン。ロザリーは十七の花盛り、私は七十の枯れ木だよ。
それよりもアーヴィン、あんたに頼みがあるんだ」

「言ってくれ、婆ちゃん」
「孫娘を……ロザリーをあんたに頼みたいんだ。この村の人間は誰もが歪んでるよ。
こんな村に可愛い孫娘を置いとくわけにはいかないんだ……でも、アーヴィン、あんたなら信用できる。
お願いだよ、私の頼みを聞いておくれ」

「もしも俺が悪人だったら、どうするんだ、婆ちゃん?」
静かな声でアーヴィンはマルカに問うた。

「その時はもう八方塞がりだね……でもね、アーヴィン、わたしゃ、あんたを信じてるよ。
そして、もしもあんたが悪人だっていうなら、わたしゃ地獄でロザリーに詫びるよ」

マルカが顔を上げ、アーヴィンにすがるような視線を向けた。
「……わかった、俺もできる限り、ロザリーを助けるよ」

「ああ、ありがとう、ありがとうよ……アーヴィン。これでもう、思い残すことはもうないよ……」

そういうとマルカはアーヴィンの手を取り、強く握り締めた。
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